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光り合ういのち
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光り合ういのち
倉田百三
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Chapter 8 of 13

3

尾道での年少の私の憧憬はもとより思春のものだけではなく、文化と学芸と――いのち一般の美しいもの、価あるものへの思慕であった。もし尾道という土地にそうした、施設と雰囲気とがありさえしたら、私は勿論燃えるような熱情をもってそれに向かって行ったであろう。しかし不幸にして尾道には商業学校以上の学校もなく、芸術的なサークルもなかった。私のいのちの中の一番のエレメントを引き出す空気が欠けていたことは惜しむべきことであった。実際私はどんな高い文化と教養との素地的な訓練にも応え得る玉のようなナイーブさと、鋭い感受性とを持った少年だったのだ。周囲は私にとって常に足りないものであったことは今なお憾みとせずにはいられない。

思えば私は尾道でも美しいもの、価あるものを掘り出すように探し求めていたのだ。美しい、温かい瀬戸内海的な自然、クラシカルな匂いのある寺々、それは尊いものであったが、人間のつくり出す尾道のカラーは、美しい時にも多少商業的な卑俗性をもったものであった。しかし殷賑な通商、豊富な漁猟によって生気を帯びた生活エネルギーは、比較的不便な陸路のために封鎖的になったこの港街に独特な精彩と活況とを与えた。そしてそれが幾世代に渡り保存されたので、由緒ある港としてのいぶしがかって浅膚さからすくわれていた。年少の私はそうした空気の中から美と生命とを探し出そうとしていたのであった。

尾道の思い出が、少女達との思春の絵本や、手習いのすさびのようなものしかないのはそのためであった。

※の裏門から出て、千光寺山へ登る山ふところに林にかこまれた神社があった。丑寅神社と言って氏神であった。或る日私は氏子総代の伯父につれられてこの神社に参詣した。拝殿で私たちのためにお神楽があげられた。拝殿の反り気味の欄干の側には楓の樹が燃えるように夕日に映えていた。白い装束をつけた神主が玉串をささげて祝詞をささげたが、冒頭に、

秋山にもみぢ葉燃ゆる神無月、大神のみ前につつしみて申さく、氏子、倉田大人、みめぐみもて、うから健かに、なりわい栄えて……

私は冠をかぶったその神主の品格のある挙措と、静かな、よく透る声と、祝詞の美しいのに引きつけられた。神道もいいものだなと思った。

拝が終ると、極くささやかな、内輪的な神事が執り行われて、巫女がただ一人扇と鈴を以て舞をまった。横笛太鼓との物静かな伴奏に合わせて、ゆるやかに輪を描いて舞うその小さな巫女を私は美しいと思った。彼の女は青畳の上に俯すように身をかがめたり、また仰向きに反り身になったりして、鈴と扇とを品よくあしらった。彼女の髪は長くて、いく度も畳に届いた。緋の袴をはいて薄くお化粧していた。もとより一言も私たちに口をきかず、舞い納めると簾の奥に静かにかくれてしまった。

伯父と家に帰った私には何かの移り香が残っていた。

万葉集にある

めづらしと吾が思うきみは秋山の初もみぢ葉に似てこそありつれ こう言ったような気もちであった。しかし私はいつしか忘れてしまっていた。

が或る日丑寅神社の境内にある機械体操の鉄棒で私がヱビ上りなどやっていたら、人が来て見ていた。私は少し得意になって、やれるだけの技を演じていた。が疲れて止めて、ふと見るとベンチに赤ん坊を抱いて子守りしている少女は、いつか見た巫女であった。服装のまるで違った彼女は、女学生じみていたが、それでもミスチックな顔をしていた。富士額で、刻んだような美しい鼻を持ち、背丈が高く、鹿を連想させた。

私は咽喉がしきりに乾くので、境内の井戸から釣瓶で汲みあげて、口飲みに飲もうとした。

「あら、その水は飲めませんよ」

と少女は言った。

「そうですか。構いません。飲んじゃいましょう」

「お待ちなさいな。あたりますから。水あげますわ」

彼女は小走りに、自分の家の裏口に行ったので、私もついて行くと、茶碗に水を入れて持って出てくれた。

「ありがとう」

とぐっと飲んで、茶碗を返しながら、ふと開いた門から中を見ると、いつかの神主が装束下らしい着物をきて庭を掃いていた。庭は広いが荒れていた。咄嗟に私はあまり裕福ではないのだなと子供心に感じた。

私はベンチに引き返した。もう冬近いのだが汗でシャツはびっしょりしていた。

「鈴子、これ、こんなに茸を沢山とって来たよ」

と籠を持って、得意そうに寄って来たのは二十歳位の青年であった。

「そうお、見せて」

と籠を覗き込んで彼女は声をあげた。「ほんとに、まあ、よくとれたことね、兄さん」

「その代り市村奥の山をさんざん歩き廻って、くいに引っかかれたよ」

と彼はベンチの上に茸をとり出して並べた。

「松茸なんかはありふれてつまらないよ。きんたけに、大はぎ小はぎ、ひめじ、かのこ――これは何という茸だろうね」

「木の葉かずきと言うんですよ」

と私は口を出した。

「木の葉かずき――ふん。なるほどね」

「僕のくには奥だからこんな茸はよく知ってますよ」

「奥ってどこですか」

「庄原ですよ」

「はあ、庄原ですか。それだったら詳しいでしょう」

「これはね。お露がとてもおいしんですよ。一番おいしい茸と僕は思うね」

「じゃあお露にしましょう。今晩ね。……兄さん、庄原と言ったら、家のお父さんが子供のころ、勉強に行ってらした所でしょう?」

「そうだ。育英塾というのが昔あったんだそうだ。君知ってますか」

「話しに聞いてます。昔は県下でも庄原は学問が進んでいたんだって」

「尾道から庄原へ勉強に行くと言うのもへんな話だけれど、遅れていたんだな」

「今だって尾道は学問は駄目ですね」

「そうです。父がよくこぼしますよ。尾道には学問の話が出来る人がいないって」

私はいつかの美しい祝詞のことを思い出した。

「君はどこの学校ですか」

「僕はこの土地の商業学校を出ました。兄は東京の国学院大学に行っていますがね。僕は後とりじゃないし、正直なところ神主にはなりたくないからね」

彼は自分がここのお宮の子であることに、自負を持っていないらしかった。

鈴子は心持ち顔を赤らめているようであった。何か言いたそうにして止めた。

「君はどこへ来てるんです?」

「十四日町の倉田という家です」

「はあ、倉田さんですか、あの家の御主人はうちの氏子総代でよく見えますよ」

「あれが僕の伯父です」

「そうですか」

と彼は非常な親しみを見せた。

それから色々と話しをした。私は同じ年頃の少年と遇えば、すぐに学芸を比べて見る競争心を持っていたが、この少年はその方面には興味を持ってない事が直ぐ解った。この少年はもっと実際的な方面に才があり、話のしぶりも社交的であった。兄は余計なことを言うと鈴子は思ってるらしかった。が兄は構わずに、私に隔てなくしゃべった。

「君は学問が好きらしいが僕の家に遊びに来ませんか。国学の本なら沢山ありますよ」

私は直ぐと心が動いた。

「行ってもいいか知ら、僕は君のお父さんにお話が聞きたいな」

「来給え。僕がお父さんに話して置いてあげるよ。僕のお父さんは古事記と万葉集の講義が得意なんだ。僕はあまり気がないが、妹は好きで熱心に聴いている。ねえ、鈴子」

鈴子は少し赤くなって、

「あたしなんかよく解らないけれど、好きですわ」

私はしきりに心が動いた。

「僕、是非講義が聴きたいなあ」

「じゃ、やって来たまえ。――今日でもいいよ」

「そうだなあ。僕行きたいけど、帰って伯父に話してからにします」

「うむ。じゃそうしたまえ――茸飯とお露がたのしみだ。お父さんや、お母さんにも見せて、早く飯にしようよ」

彼は鈴子を促して家へはいった。

私は家へ帰ると、夕飯の時に伯父にその話をした。

「そうそう、仁田さんは育英塾に行ってたんだったな。習いに行ったらいいだろう。あの人は学者で歌よみだそうだ。お前は太夫さん(神主のこと)なんか嫌いだろうと思ってたが、そういうことならわしから仁田さんに頼んであげるよ」

「太夫さんは僕嫌いだったけれど、いつか伯父さんと丑寅さんへお参りして、祝詞を聞いてから好きになりましたよ」

「気まぐれな奴だな」

「でもあの時の祝詞と神楽とはよかったですよ」

この伯父は金光教信者で、家には神棚があって家族を率いて毎日礼拝してお祓いをあげていた。従兄も、姉も形式的にそれをやらせられていた。従兄はいつも後ろの方にいて、お祓いをあげながらコクリコクリとやっていた。私だけはいやだと言って自由行動をとっていた。伯父も他家の子だし、我儘者と見て、見のがしていた。

私は二、三日してから仁田を訪ねた。兄は生憎いなかったが、鈴子が取り次いでくれた。仁田さんはすぐに部屋へ上げてくれた。

「※さんから話があったよ。あんた国学が習いたいんだったら、四、五人習いに来てる人があるからその会にはいりなさい。学校の先生達で大人ばかりだけど。聴いてる分には差し支えないだろう」

「はい。そうさせて下さい」

私はもう先生に対する態度になっていた。

「古事記や、万葉集読んだことありますか」

「万葉集の方はちょいちょい読みました。古事記はまだ読んだことありません」

私は少し恥じを感じながら言った。

「うむ。この頃は英語はやっても、古学はやらんからな。特志の人きりやらんが、本当は実に立派なものなんだよ」

「教科書で、万葉や、古事記が尊い古典だということだけは教わりました」

「尊い古典だよ。まったく。世界に誇っていいものだ」

と何か慨くように言ったが、私を子供と思ったのか「まあ、聴いて置きなさい」

「是非会の時参ります」

鈴子が茶菓を出して、下手に坐っていた。寺とはまた違った閑寂が部屋にも、庭にも沈み、匂っていた。古びて荒れが見えてはいるが、※などにはない雅致が家のすべてにあった。庭には池があって八ツ橋がかかっていた。鯉のはねる音がした。

「鈴子や、万葉集を持って来ておあげ」

「はい」

と鈴子は立って書院の棚から和綴の本を持って来て、私の机の上に置いて、また前のところに侍していた。

「万葉集という歌集はどこをあけても秀歌ばかりなんだ」

と言って、開けたところの歌をさして、

「巻二十、大炊王の歌

天地を照らす日月の極みなくあるべきものを何か思わむ 大きな、まっすぐな歌だ。今度は巻六、船王の歌」

私は早くめくれないので困っていると、鈴子が側に来て、「なれてますから」

とその歌のところを出してくれた。そしてそのまま私の側についていてくれた。

「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山かけてこぐ舟泊り知らずも

これは如何にもはろばろとした、寂寥感が出ている。そして感じが新しいね。一体万葉は古いものだけれども、非常に現代的なところがあるんだよ。たとえば巻四、湯原王の歌にしても」

又鈴子がめくってくれた。

「月よみの光は清く照らせれど惑えるこころたえじとぞ思う

これなどは現代の、君でもよみそうな歌じゃないか。はゝゝゝゝ」

私も、鈴子も思わず笑った。

「まあ、段々と話してあげるよ、何しろ万葉や、古事記を研究しないで、文学のことなど話そうとするのは乱暴なことだよ」

私はうれしくなった。実際三つともいい歌だと私は思った。

「今度の会から、では、参ります。どうぞよろしく。有り難うございました」

と私は立ち上った。

「ああ、来給え。※さんではお祓いをあげるだろう」

「ええ、毎日あげます」

「君はあの大祓いを読んだかね」

「実はまだ読みません」

と私は廊下に立ったまま、頭を掻いた。

「あれを読まなくっちゃ。あれは傑作だよ」

と仁田さんは言った。

鈴子が玄関まで送ってくれた。

私は家へ帰ると、神棚から祝詞の小さな本を持って来て読んだ。私はすっかり魅せられてしまった。こんな厳かな、清浄な美しい詩をどうして私は食わず嫌いしていたんだろう。私はすぐに暗誦にとりかかった。何百度となく反復して一日で暗誦してしまった。そして神前で伯父が、家族や、奉公人たちと礼拝する時、私も並んで、声高く合誦した。皆驚いた。伯父は非常に悦んだ。

「どうした風の吹きまわしかね」

「伯父さん。大祓いは傑作ですよ。僕は正直な処莫迦にしていたんだけれど、僕こそ莫迦でした。この間仁田の太夫さんに教わって、初めて読んで見て驚きましたよ」

「ふうむ。それは何よりだった。どうだね、あの太夫さんは」

「なかなかエラいですよ。僕は習いに行くのがたのしみです」

私は書店で古事記と、万葉集とを買って、読み耽った。そして読めば読む程感心した。殊に万葉集は自分のためにある歌集のような気がした。私は一週間に二度、会に出席した。

商業学校、女学校、小学校の先生、書店の主人等が四、五人来ていた。ただ聴いてさえいればよかった。鈴子はいつでも出たが、兄の方は時々しか出なかった。

私は仁田さんが天真な情熱家で、そして自由な人であることを知って段々敬愛を増して行った。それは万葉と古事記から来る感化と思われた。時々おもしろい事を言って笑わせた。

「いい恋文を書こうと思うなら、万葉の恋歌を研究しなくちゃ駄目ですよ。まったく歌だけで、どんな相手でもコロリと参ってしまうようないい恋歌がありますからね」

皆笑った。胡摩塩の小学校の国語の先生が、

「先生はどの歌ならコロリと参りますかね」

「さあ」

と仁田さんは笑って「それじゃあね。この次ぎの会の時一番好きな恋歌を一首ずつ選んで来ることにしようじゃないか」

「それは面白いでしょう」

と商業学校の先生が賛成した。

「私のようにお婆さんになっちゃ少しテレくさい気がしますわ」

女学校の先生が苦笑すると、

「なあに、恋歌をよむと若返りますよ。伊藤左千夫なんて人は五十を過ぎて、顔負けするような恋歌をよむじゃありませんか」

私は鈴子のいる前で、よくこんな話をすると思って感心した。自由な人だと思った。

「僕たちはどうするんでしょう」

と私は後で鈴子にささやいた。

「そうですね。やはり選んでいらっしゃるんでしょう」

「僕は持ってきます。あなたは?」

「さあ」

と彼女は赤くなった。「これまでこんな事したことないんですもの」

「選んでいらっしゃいよ」

と私はすすめた。「その方が先生よろこびますよ、きっと」

「とにかくあたしも出ますわ。休んだことないんですもの」

と別れしなに鈴子は言った。

私は鈴子と顔を合わせることが多くなった。会の時でなくても丑寅さんの境内に行くと、よく出遇った。彼女はこの春女学校を出たばかりで、まだ女学生くさかった。

「あなたは巫女になるととてもきれいですね」

「あら、御覧になって?」

「ええ。あの舞は誰に習ったんですか」

「母に。極く小さい時から習いましたの。信一兄さんはいやがりますのよ」

「何故だろうな。僕は巫女になったあなたが一等好きだな。女学生服なんかよりよっぽどいいと思うね」

「あなたはクラシックね。本当は私も巫女になるのいやじゃありませんの。子供の時よくお友達にからかわれて恥ずかしかったけれど」

「恥ずかしいことなんかありませんよ。とてもきれいですよ。あれはクラシックというよりミスチックですね」

「そう、ミスチックですね」

「やっぱり万葉なんかやってらっしゃるから自信が持てるんですね。――明日の会、選んでいらっしゃるでしょう」

彼女は赤くなって、

「選んでは置きましたけれど、あたしどうしようか知ら?」

「持って出なさいよ。自分の恋歌じゃなし、自分のだって構やしないけれど……」

「お父さんの前だけれど――」

「文学は自由でなくっちゃ」

「あなたも勇敢ね。あなたは文学者におなんなさるつもり?」

「何だか解らないけど、僕は文学者は好きですね」

「私も好きですわ。万葉集には女の歌よみが多いわね」

「あなたは歌をよみますか」

「ええ。少しはよみますわ」

「僕に見せて下さい」

「だって恥ずかしいわ」

「構やしませんよ」

「そのうちお目にかけますわ。あなたも見せてね」

「僕見せるけれどまだ拙いですよ。初めだから。でも直きにうまくなりますよ」

「ええ、そうよ。作ってお父さんに見て貰いなさい」

「ええ。会は実に楽しみですよ」

「一緒に習いましょうね」

実際私は尾道でのただ一つの「学びごと」が出来たのを喜んでいた。それに鈴子という「稽古友だち」がいることが私を牽きつけているのは争われなかった。彼女は雌鹿のような優しい目付きをして、いつも私の歌まなびに影のように付き添ってくれたから。

翌る晩の会のときはおもしろかった。

一等初めに小学校の若い先生が自分の選んだ一首を発表した。

言に言でていわばゆゆしみ山川のたぎつ心をせかえたりけり「ふーむ。君の注釈を少し加えて見給え」

仁田さんは微笑みながら言った。

「苦しい程緊張してると思います。凡そ薄っぺらではありませんね」

と若い先生は少しせき込んで言った。「恋いる心がどんなに高調してるかが却って解りますね、僕は万葉にはこんなこころがあるから、比較的むき出しな官能表現があってもゆるされるのだと思います。でもそんなことは理窟です。どうも僕はこの歌はいいと思う」

「私も同感だ」

と商業学校の先生が言った。

「いい歌だな」

と皆言って、口ずさんだ。

次ぎは商業学校の先生の選歌であった。

「ほととぎす鳴きし即時きみが家へ行けと追いしは至りけんかも

血を吐くばかり君を思っている。と、ほととぎすが啼いた。さあ、すぐに恋人の家へ飛んで行って伝えてくれ。と言って追ったが、きっと行ったであろう。

どうも極端で、活きていると思います。

しかし秀歌が多くて一首だけ選ぶのは取捨に困りますな」

「鈴子書いて張り出しなさい」

鈴子は前のと二首書いて張り出した。きれいな手蹟なのには感心した。

「血を吐くという意味があるか、どうかは知らないがたしかに秀歌だ」

次は女学校の老先生がはにかみながら発表した。

「たく縄のながき命を欲しけくは絶えずて人を見まく欲りこそ

お婆さんの選ぶ歌はこんなものですわ」

「御実感ですな。あなたのお宅は評判の御円満ですから」

おかしみのある書店の主人がこう言ったので皆笑った。

老先生は赤くなって、

「じゃあ、あなたの選歌を発表して御覧なさい」

「私のは、

遅速も汝をこそ待ため向つ峰の椎の小枝の相は違わじ 逢い曳きの時十分遅れると、もうさっさと帰ってしまうのが、今の娘気質と聞いています。これは残念だ。椎の小枝のように、少々出足に早い、遅いがあっても、待って貰いたいものであります」

皆吹き出した。

「しかしいい歌だな」

と仁田さんは首を振った。「やっぱり違った人が選ばんと見落すね」

「今度は君の番よ」

と書店の主人が私に促した。

「久方の月夜を清み梅の花心に咲きて吾が思える君」

私はいささかきまり悪かった。

「少年らしく、純粋な感じがしていい」

と仁田さんは言ってくれた。

「今度は鈴子さん、あなたも出しなさい」

と進行係のつもりの書店の主人が言った。

仁田さんはただニコニコしていた。

「どうぞ」

と女学校の先生が促した。鈴子は恥ずかしそうにしていたが、

「茅花ぬく浅茅が原の壺すみれ今さかりなり吾が恋うらくは」

「壺すみれはいいね。可憐で、娘らしくて」

「万葉女学生と言ったところだな」

と書店の主人がまた混ぜ返した。しかし私はいい歌だと思った。

皆最後に仁田さんの選歌を期待した。

「わしは思い切って厳粛なのを出すことにする。

かしこきや時の帝を懸けつれば音のみし哭かゆ朝宵にして」 皆しんとなった。

「誰の歌ですか」

「藤原夫人の歌だ。天皇を恋し奉ったのだ。こんな恋歌が世界のどこの国にあるだろう」

私は強く打たれた。歌というものの深い世界を思った。鈴子の筆で七首の歌が書き並べて、張り出された。

皆は口吟みながらそれを眺めた。文学への愛と、恋を思うあこがれが泉のように私の胸に湧いていた。

私は会が楽しみで、その日の来るのが待ち遠い程であった。万葉の歌を沢山暗誦し自分でも作った。鈴子とは会のない日にもよく逢ったが、私が沢山歌を覚えているのには驚いていた。

「あなたは勉強家ね」

と言って自分の歌を見せた。私も私のを見せたが、どうも歌では鈴子にかなわない気がした。彼女のは私のよりも直観的で、調べが婉微であった。しかし私が彼女にそれを言うと、

「あなたのは真直ぐに、押して行くような処があって、女にはああ行きませんもの」

と言っていた。

兄の信一は歌はつくらなかった。彼はしばらくして尾道の住友銀行に勤めるようになった。彼は※の店へもよく立ち寄るようになった。快活で人に好かれ、押しもあった。

日曜日にはよく私を漁に誘った。

このあたり一帯の海は魚が豊富で、そして美味なのであった。

「僕の家は段々古びてそして、貧乏になって行くばかりだ。僕は神主なんてものは時代に合わんと思うね。『海の幸をささげまつる』なんて、漁撈の事ひとつ言うのでも父のはこうした形なんだ」

彼は舷から下した糸を指であつかいながらこう言って、半ば相談を持ちかけるのだ。

「しかし君のお父さんはエラいよ。神道というものも立派なものらしいし、僕は考えが変ったね。だいいち祝詞なんてものは素晴らしいものだからね」

「しかしそれは文学としてだろう。神主というものの社会的地位は一種のユーモアだね」

「それはひどいと思う」

「少なくとも一種の悲劇だよ」

「僕は小さい時から太夫さんの子だとからかわれるのが一番辛かった。神主的な空気から出来るだけ逃れたかったね」

「それはしかし君の素質にもよるよ。君は実際的で神秘とか、美とかいうものはあまり考えないらしいからね」

「それはたしかにそうだ。家の鈴子などは気もちが違うらしいものね。巫女になるのを恥ずかしがらないものね。彼奴なんかどうせ嫁入りするんだからいいが、長兄は悩んでるらしいよ。……おっと食いついたぞ」

と彼はちた鯛を釣りあげた。

「僕は獲得する生活が好きだね」

と彼はピンピン跳ね返る鯛を始末しながら言った。

私の鈎には下手な故かあまり食いつかなかった。彼の獲物といつも比較にならなかった。才能が違うのだ。

私は鈴子のことを思っていた。そうして古びて、取り残されて行く悲劇の家の中で、彼女はどういう運命になって行くであろうか。なる程そう言えば行く度びに目に付くのは塀や、廊下などの荒れであった。庭の立派な大名松も手入れが届かず枯枝がまじり、畳も神殿のと違ってすすけた儘であった。お母さんの着物も粗末であった。鈴子も流行の着物は着ていなかった。ただ彼女の天然の麗質と、すらりとした美しい姿態のために身について見えるのであった。

仁田の家の中で目に付くものは古び、廃れて行く物質の中に活き残る品と礼と文雅との光であった。そのため私には一層鈴子の姿が美しく、浮き上って見えるのであった。

鈴子の方でも私を文学への愛と、美への感覚のある少年として牽き付けられていたらしかった。私たちは逢うのが楽しかった。会の時は子供同士として並んで机に向かっていたし、宮の、後の林を歩く折りには花を一つ摘みとっても、歌を競う心が二人にあった。が私は彼女が草や花の名をよく知ってるのにはおどろいた。これはわれもこう、これはゆきのした、これはのりうつぎと言った風に。そして蔓草の莢がらだとか、松の花粉だとか、たんぽぽの種だとかこまかいものを直ぐに見付ける名人だった。中にも蝉のぬけがらは彼女に非常に歌心をそそるらしかった。「うつせみの」「うつせみの」と口ずさみながら彼女は林の中を歩いた。

「あなたは閨秀歌人になるがいいな」と私は或る時言った。

「なれたらなりたいわ」と彼女は気がなくもないらしかった。

「緋の袴を穿いて歌をよんだらすっかり百人一首の絵のようだ」

と私はからかった。が彼女はどうしたものか憂鬱になってしまった。「気にさわったの?」

「そうじゃないけど、何か知ら悲しい気がするわ。私の境遇が――」

「どうしてだろう。僕は緋の袴を穿いたあなたが一等好きだと言ってるのに――」

「時代ばなれしただけじゃつまらないわ」

「なあに、ミスチックな美を今風に活かせばいいじゃないの。西洋の美人の写真なんかに幾らでもそんなのがあるじゃないか」

「サラ・ベルナールという人の舞台姿に、そんなのがあったわ。学校の図書館で見たんだけれど」

「出雲のお国なんていうのは、元は大社の巫女でしょう。巫女というものは、昔から世間の檜舞台に出る因縁があるような気がするな。それから静御前なんかでも――もっともあれは悲劇だが」

ここで私はふと信一が言った悲劇という話を思い出した。どうも鈴子が悲劇の女主人公のように感じられるのであった。が鈴子の方ではさっきから私の言葉で機嫌を直していた。

「私思うのよ。万葉集の歌なんかでも、二千年も前のものが今の歌だと言っても、知らない人は本当にするようなのが幾らもありますものね。私だって、私のしたい通りにして、それで新しいといったような風に出来ない事はないと思うのよ」

「そうだ。あなたのしたい通りにしてという事が大事なとこなんだ」

「私のお父さんはそういう主義なのよ。私は思う通りにして、それで好いてくれない人は仕方がないと思うわ」

「そうだよ。歌をよむにしても自分の好きなようによまなかったらどんな事になるだろう。それで好く人は好くんだ」

「処女子と人はのらせどさみしけれ神の社にみ鈴ふりつつ

この歌はどう?」

「いいね。あなたがつくったの?」

「ええ」

「待ちたまえ」と私は苦吟して、

「鈴ふりて舞いし処女子胸にもちわれの学びのたぬしくもあるか

どうですか」

「いい歌だわ」と鈴子は赤くなった。「下の句が少し硬いけれど」

私たちは逢う度び毎に親しくなり、趣味の一致を感じた。尾道で知った少女で話しの出来るのは鈴子一人であった。

私たちは歌を競った。しかしどうも鈴子の方がうまい気がした。

或る冬の日、尾道としては珍しく雪が降って、二、三寸積った。私は鈴子と二人して庭に手頃な雪達磨をつくった。

仁田さんは雪を珍しがって、雪見をすると言って酒を暖めさした。

「あんた少しいけるか」

「二、三杯はいけます」

「盃に二、三杯か。茶碗に二、三杯か」

こんな冗談を言いながら仁田さんは酒を飲み始めた。酔いがまわると機嫌がよくなった。

「鈴子ひとつ歌をつくって見せろ」

「紫にかそか匂いておもほゆる今朝の淡雪消えまく惜しも」

「ふーむ。いい歌だ。このごろでのお前の秀作だ」仁田さんは紅くなった額をほころばして、我が娘をほめた。

今度は私に作れと言うだろうと思って、私は不安になった。盃を受けながらも歌ばかり考えていた。

「どうした。君は青くなってるぞ。歌というものは心配してはつくれん。どうでも構わんと思って、調子に乗って作るのだ。まあ、も少し飲め、歌は出来んでもいいよ」

私はきまり悪いながらも、よく解ると思った。

「広前を今朝はも掃かず白がねのこの積む雪を神のまにまに」

仁田さんは朗々とこう詠んで、ニコニコと私たちを見比べて、また盃を飲み乾した。

私は私だけ詠まないのは癪だと思って、負けじ根性がむらむらと起ったので、

「さす竹の君とつくりし雪達磨」

と上ノ句だけ一気呵成に言ったが、後が出なかった。

「いいぞその調子だ」と仁田さんは景気をつけてくれた。私はもう後さきを考える余裕もなく、「消えつつもとな燃ゆる思いを」とやってしまった。

鈴子は真赤になった。が仁田さんは愉快そうに、手を打って、「うまいうまい、とても秀歌が出来たじゃないか。いいか歌はこういう風にやらんといかん。君の歌はいつでも硬いが、今日のだけはちがうだろう」

自分でもいい歌だと思った。つくったのではなく、何か産んだような気がした。私は嬉しくなって酒を飲んだ。酒もうまかった。実際これがきっかけになって私の歌は一段飛躍した。そしてそれと共に、鈴子と私との間も飛躍した。

鈴子と私とは歌の神に媒介されたようなものだった。少なくとも歌の上だけでは二人は相思の仲であるような空気がかもされた。それから後に見せ合う歌は相聞の部に入る歌になってしまった。しかしそれは現実の恋であるよりも歌の上の恋であった。

香の高い柑橘類。燃えるような丹椿。濃く、暖かい潮の色、海べの砂州と、嶋々の浦わ、尾道の自然は歌の材料にみちみちていた。少女の追憶は歌の思い出とからみ合って、私の思春期の絵本を美しくしているのである。

私たちは万葉集の恋歌を競って暗記した。もし出されて、そんなのは知らないと言ったら恥だと私たちは思っていた。しかしそんなにしてもやっぱり知らない歌が残った。それ程万葉集には恋の歌が多いのであった。

柳こそ伐ればはえすれ世の人の恋に死なむをいかにせよとぞ 鈴子からこの歌を出された時には私は困った。下の句など見るとどうも現代人の歌としか思えないのであった。

「君がつくったんだろう」

「知らないの。こんないい歌。ちゃんと万葉の東歌の中にあるのよ」

「ふん、そうかなあ」と私は頭を掻いて、

「じゃあこの歌はどうだ。鹿のごとやさしく君が踏む路の草のあいより春立つらんか」

「万葉でしょう」

「おどろいた。僕の歌だよ」

「あなたの歌? うまくなったわね」

「馬鹿。君のことを詠んだんじゃないか。君は鹿に似ているからさ」

私たちはもうこんな言葉使いをするようになっていた。二人は夢に充ち、歌に充ちて幸福であった。

Chapter 8 of 13
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