Kembali
北岳と朝日岳
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北岳と朝日岳
木暮理太郎
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Tema
Terang
Gelap
Sepia
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 2 of 2

朝日岳

鬱蒼たる深林があり、清い谷川が流れ、其上に高山植物と残雪との美しさを兼ねた、そして人間の訪れたことのない幽邃な境地を、有るがままの姿を失わない中に尋ねて見たい。そうした考で私は友人田部、森の二君と倶に三人の人夫を伴い、越中小川の谷から黒薙川の北又に入り、支流恵振谷を遡って、白馬岳の北に尚お八千尺近い高度を保ちながら、世に忘られている朝日岳を探ったのであった。大正六年七月二十四日から二十七日に至る四日間は、短い旅ではあるけれども、楽しい思い出の深い印象となって残っている。

小川の谷は想像していたよりも荒れすさんでいた。いつも谷に入る毎に「吸い込まれる」という気持で一杯であるのに、この谷では吐き出され度さえ思った。小川温泉の元湯のある所は、谷間とはいいながら、海岸から三里足らずの距離であるにも拘らず、附近に残雪が見られたのは、如何に積雪量の多いかを語っている生きた証拠だ。涼しい声の河鹿やひぐらしは盛に鳴き立てるが、木蔭のない河原の砂や小石は日に焼けて、其上に張った天幕の中は、寝苦しい程蒸し熱かった。

小川の谷から越道峠を踰え、小さい谷に沿うた道を下って、北又に達した。峠の頂上からは残雪美しい清水、猫又の連嶺が東南に望まれる。北又の水量は思ったよりも多かった。これから流に沿うて恵振谷の落口まで遡らなければならない。徒渉二十余回、一時間を要する。中にも一枚岩の河床が雨樋のように抉れて、一丈近い飛瀑を奔下させている上を徒渉した時には、皆危く足を浚われる所であった。

魚止瀑に近づくと谷は一曲して左に折れ、絶壁の間に長い瀞をなし、四、五十間にして又右に曲り、それから奥は如何なっているか知ることが出来ない、唯だ何処ともなく轟という地響のような音が聞えるばかりである。私はここで不思議な現象を経験した。谷が左に曲る下手の所は、瀞から押出された小石が積まれて浅い瀬をなしている。其中を歩きながらふと行手を仰ぐと、すぐ前の低い尾根の梢越しに一条の大瀑が懸っている。ほんの落口だけしか目に入らぬけれども、低いとはいえ尾根を越して見えるのであるから、これは余程の大瀑であるに相違ないと想った。皆に注意して見せてやりたいと思って、暫く其処に待っている中に、皆余り遅いので、外の事に紛れて誰にもいうことを忘れてしまった。然し附近にそんな大瀑のあることは話にすら聞かない。或は魚止瀑のことを始終念頭に置いたので、それが幻覚に現れたのか、謎は未だに解けないでいる。

瀞と絶壁で前途を塞がれたので、雪崩の押した急峻な小渓を伝って尾根に登り、川の様子を窺った。どうも恵振谷の落口へは絶壁続きで下れそうもない。止むなく尾根伝いに登ることにして、木立を縫い藪を押分け、五時間も登り続けたが、前面に見えている雪までは、近いようでも容易に達せられない。人夫はこれから恵振谷へ下りて夫を遡る方が尾根を辿るよりも得策であるという。昼から少しも水を飲まないので皆喉が渇き切っている。下るとなれば一刻も早い方がよい。それで左の谷を目懸けて、竪樋のような岩の窪を木につかまりながら百五十米も下ると、細い谷に清冷な水が流れている。一同飽まで夫を飲んで漸く蘇生の思いをした。更に尾根という程でもない小さな隆まりを二つ踰えると恵振谷の河原に出て、其処に野営した。落口からは百三、四十米の高距にある地点である。

野営地の附近は水楢、橡、椈、などの大木が鬱蒼と繁った見事な闊葉樹林である。河原の平な砂地に天幕を張って、清い水に一日の汗を洗い流し、ゆったりした気持で焚火の周りにくつろいだ心地は、いつものことながら実に好い。夜は蒸し暑いこともなく、朝は火の側が恋しい位であった。

午前七時半に野営地を立って雪渓の終りまで登り詰めたのが午後二時であるから、休憩時を合せて七時間近くを費している。懸崖と深潭と瀑布と奔湍との連続ともいう可きこの谷は、小規模ながら人の冒険心を満足せしむるに足る要件を備えている。今にも崩れ落ちそうな雪橋を渡ったり、綱を用いて懸崖を人と荷物と別々に下ろしたり、岩壁の一寸した窪みに手足を托して、危く淵の上を横にへずったり、又は守宮のように壁にへばり付いて、飛沫を顔に浴びながら、瀑を超えたりする。下から仰ぐと大磐石の林立した中を水は小躍りして落ちて来る。普通ならば疾くに雪渓となる可きものが単に雪の断続するに止まっている。そして漸く雪渓に辿り着いたかと思えば、そこは最早山腹の緩い傾斜地で、雪渓の便を借りなくとも楽に登れる場所である。

雪渓が終った頃、正面に左右同じ程度の高さの山が現れる。どちらに登った方がよいか、様子を見る為に右の尾根に登った人夫が忽ち「熊、熊」と大声に叫ぶ。この事あるは今朝から絶えず暗示されていた。両岸に生えている大虎杖の若芽が噛み切られている跡を注意して見ると、初めは切り口が褐色に変っていたのが、上るに従って次第に新しいものとなり、雪渓の間近では生々しい液が未だ乾かないでいた。口に出してはいわないが誰も熊の居ることに気が付いていたらしい。帰って来た人夫に聞くと四頭も居たという。私はちらっと二頭しか見掛けなかった。

もうあたりの山はどれも矮性の灌木を交えた一面の草原で、大きな残雪が其間に様々な形を描いて美しく横たわっている。どの山に登り着いたにしても、目的の朝日岳に遠くないことは確であるから、左の山腹を登り初めた。足もとに点々として高山植物の可憐な花が風にゆれている。偃松が出て来た。少し登ると傾斜の緩い高原状をなした段に出る、一面に岩銀杏を敷き詰めた緑の地に、白山一華と珍車の花が白い模様を織り出している。虫取菫の紫花、白山小桜の紅花、深山キンポウゲの黄花など、色とりどりに美しい。登るに従って植物の光景も多少変って来る。高根薔薇の艶麗、高根撫子の可憐、黄花石楠の清楚に加えて、伊吹麝香草、車百合、千島桔梗などが現われ、少し岩の露出した所には、姿のいい真柏や唐松などが生えている。苔桃や岩高蘭も多い。間もなく一の山の頂上に達したが、それは朝日岳ではなかった。南に向って同じような隆起を三つ許り踰えると、朝日岳の頂上に達した。頂上は西南の方向に長い高原状を成している。雨にさいなまれ風に虐げられながらも、自然の儘の恣なる草木の姿よ。皆は荷を投げ出してそこらを歩き廻った。得撫草や、白馬岳では殆ど絶滅に瀕した白馬浅葱の多いのが人目を惹いた。頂上の東側は矢張り草原で、絶えず大雪田が続いている。附近に適当な野営地が見当らないので、惜しくも頂上を南に下り、赤男山との鞍部より百米ばかり上の所で、大雪田から音を立てて水の流れ落ちている窪に天幕を張った。ここからは南に雪倉、白馬、旭、猫又、劒の諸山が見られ、東には妙高火山群と岩菅らしいものが望まれる。

久振りで夜明けに聞く時鳥の鳴く音は耳に快かった。毛勝連山の上にぽっかり浮き上った白山を見付けて覚えず声を挙げる。これから雪倉岳に至る間の山稜は、全く雪と高山植物との楽園とも称す可く、一々其名を挙ぐるの煩に堪えない。東側には広い窪地が続き、偃松と雪との配合が千差万別で実に面白い。それでも一ヶ所雪倉岳への登りに、赤石岳の南側のように巨岩の累積したキレト状の場所があって、岩壁には無数の岩燕が群れていた。この岩壁は楽に踰えられる。第一の小隆起を登ったところに、草色の水を湛えた瓢形の池がある、私達はそれを雪倉ノ池と命名した。此附近は恐らく白馬連山の中で、最も整った自然の高山植物園ではあるまいか。私は幾度も幾度も足を停めて偃松の間に咲き誇る鮮紅な高根薔薇の花に見入った。

私達は其日の夕方に白馬岳の頂上に着いた。(昭和四、六『改造』)

●図書カード

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