昭和二十六年七月まで 六〇句
頭覚めよ崖にまざまざ冬木の根
歩くのみの冬蠅ナイフあれば舐め
煉炭の臭き火税の紙焦す
屋上を煤かけめぐる医師の冬
冬耕をめぐり幼な子跳ね光る
冬日見え鴉かたまり首伸ばす
硝子戸が鳴り出す林檎食はれ消え
父掘るや芋以上のもの現れず
声太き牛の訴へ寒青空
対岸の人と寒風もてつながる
寒の重さ戦の重さ肢曲げ寝る
静塔カトリツク使徒となる 四句脳天に霰を溜めて耶蘇名ルカ
洗礼経し頭を垂れて炭火吹く
ルカの箸わが箸鍋の肉一片
同根の白菜食らひ友は使徒
わが天使なりやをののく寒雀
鳶とわが相見うなづく寒の昼
遠く来し飛雪に額烙かれたり
寒中の金のたんぽぽ家人に見す
下界を吹くごとし火鉢を鷲掴み
恋猫の毛皮つめたし聖家族
寒入日背負ひて赤き崖削る
孤児の独楽立つ大寒の硬き地に
吹雪を行くこのため生れ来し如く
水飲みて激しき雪へ出で去れり
犬眠る深雪に骨をかくし来て
野を焼く火身の内側を焼き初む
たんぽぽ地に張りつき咲けり飛行音
血ぬれし手洗ふや朝の桜幽か
夜の桜満ちて暗くて犬噛み合ふ
春が来て電柱の体鳴りこもる
空中に電工が咳く朝の桜
電工や雲雀の空に身を縛し
青芽赤芽を煙硝臭き雨つつむ
菜種星をんなの眠り底知れず
ボートの腹真赤に塗るは愉快ならむ
鉄路打つ工夫に菜種炎え上り
斑猫が光りゴム長靴乾く
九州 一三句若き蛇跨ぎかへりみ旅はじまる
黒く黙り旅のここにも泥田の牛
ラムネ瓶太し九州の崖赤し
清光園療養所 一句肺癒えよ松の芯見て花粉吸ひて
鉄あさる母子沖には黄砂の壁
沈みゆく炭田地帯雷わたる
風白き石灰台地蠅飛び立つ
炭坑の蠅大々と地に交む
真黒き汗帽燈の下塗りつぶす
塊炭をぶち割る女午後長し
神が火を放つ五月の硬山に
何か叫ぶ初夏硬山のてつぺんに
生きものの蜥蜴が光る硬山に
五月雨の泥炭池に墜ちるなよ
若者の頭が走る麦熟れゆく
麦藁の若き火の音水立ち飲む
胸毛の渦ラムネの瓶に玉躍る
横向きの三日月ツツと花火揚がる
忙がしき蜘蛛や金星先づ懸る
田の上の濁流犬が骨噛じる
梅雨はげし百足虫殺せし女と寝る
棒立ちの銀河ひげざらざら唄ふ