四
千載集、新古今集になると、『さびし』の用例が頓に増加して来てゐる。今その一部分を次に記すことにする。(詞書、作者略す)
〔千載集〕
三室山おろす嵐のさびしきにつまとふ鹿の声たぐふなり
松風の音だに秋は寂しきに衣うつなりたまがはの里
夕されば小野の萩原吹く風に寂しくもあるか鹿の鳴くなる
寂しさを何にたとへむを鹿なく深山のさとの明方の空
寂しさにあはれもいとどまさりけり独ぞ月は見るべかりける
山ざとの筧の水の氷れるは音きくよりも寂しかりけり
寂しさに浮世をかへて忍ばずば独聞くべき松の風かは
〔新古今集〕
つくづくと春の眺めのさびしきはしのぶに伝ふ軒の玉水
夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるか蜩のこゑ
寂しさはその色としもなかりけり槙たつ山の秋の夕ぐれ
ふか草の里の月影さびしさも住みこしままの野辺の秋風
寂しさはみ山の秋の朝ぐもり霧にしをるる槙の下つゆ
降る雪にたく藻の煙かきたえて寂しくもあるか塩竈の浦
此等の例でも、『寂しきに』、『寂しくもあるか』と、『寂しさ』とは、動詞に使つたのと名詞に使つたのとの差別のみならず、その感情の色調にも違ふところがあるが、それは一つ一つによつて知ることが出来る。
『寂しさ』と名詞になると、縹渺とした色調で、ここに抜いた千載集の、『寂しさにあはれもいとどまさりけり独ぞ月は見るべかりける』や、西行の、『松風の音あはれなる山里にさびしさ添ふるひぐらしのこゑ』などのごとくに、『あはれ』といふ語とも相交錯せしめて、その時その時の心を表はしたものもある。
この時代の用例になると、万葉集時代のものと違つて来てゐる。結論は稍器械的・模型的になるが、心的・抽象的になり、天然的になり情調的に縹渺として来てゐるから、万葉時代の肉体的に切実なものとは違つてゐる。此がまた一つのモデイフイカチヨンであつて、それに働き掛けた要素は外国文学(漢文学)と仏教と平安朝の生活と平安末期から鎌倉へかけての戦争などであらう。
和漢朗詠集に載つた白楽天の、『前頭には更に蕭条たるものあり』といふ句と、定家の、『見わたせば花も紅葉もなかりけり』や、西行の、『心なき身にもあはれは知られけり』と、相通ずるやうなものである。此等の変化の跡と環境との関係は、思想の豊かな人々が、私の提供したこのテーマを精細に整理して呉れるといい。そして結論は大体私の云つたとほりで大きい間違は無いつもりである。
それから、此処に抜いた歌は、千載・新古今の二勅撰集に限つたが、その他の勅撰集にも用例は多いし、私家集になるともつともつと多い。この文章のはじめに頓阿の一首を抜いて置いたが、その一首の前後にも、『さびしさは忍びこそせめ厭ひきて世をうぢ山の嶺の松風』。『さびしさは思ひしままの宿ながら猶聞きわぶる軒の松風』。『さびしさを忍びやかねむ山ふかみ世を憂きものと思ひ果てては』。『さびしさを思ひこそやれ山里はともと聞きける松の嵐に』。『さびしさを老となるまで忍び来ぬ今はみ山に住みや果てまし』がある。これはほんの一例に過ぎぬが、当時の歌人が『さびしさ』に対した態度の一般を知ることが出来る。