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ジーキル博士とハイド氏の怪事件
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ジーキル博士とハイド氏の怪事件
スティーブンソンロバート・ルイス
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 7 of 13

ラニョン博士の変事

時が流れた。ダンヴァーズ卿の死は公衆に対する危害として世間の憤慨をかったので、数千ポンドの懸賞金がかけられた。しかしハイド氏は、まるで初めから存在しなかった人のように、警察の視界から消え失せてしまった。なるほど、彼の過去のことが大分明るみへ出された。そのどれもみな評判のよくないものであった。その男の冷酷で凶暴な残忍さのこと、その下劣な生活のこと、その奇妙な仲間たちのこと、これまでずっと周囲から憎悪の眼で見られていたこと、などについていろんな噂が出てきた。しかし、彼の現在の居どころについては、ささやき一つ聞こえなかった。あの殺害の朝ソホーの家を立ち去った時から、彼は全く姿を消してしまった。そして、時がたつにつれて、だんだんにアッタスン氏はあの烈しい驚きから回復し始め、前よりは心がおちついてきた。ダンヴァーズ卿の死は、彼の考え方によれば、ハイド氏の失踪によって十分に償われたのであった。あの悪い影響を及ぼす人間がいなくなったので、ジーキル博士には新しい生活が始った。彼は孤独の生活から出て、再び友人たちと交際をするようになり、もう一度彼らの心やすい客人ともなり招待者ともなった。そして、彼は今まではずっと慈善行為で知られていたが、今では宗教心でもそれに劣らず有名になった。彼は忙しく活動し、多く戸外に出て、善行をつんだ。彼の顔は、社会に奉仕をしていることを内心意識しているかのように、明るく晴れやかになったように見えた。そして二カ月以上の間、博士は平和であった。

一月の八日、アッタスンは博士の家へ、数人の客と共に晩餐に招かれた。ラニョンもその席にいた。そして主人の顔は、その三人が離れられない友人であった昔のように、二人を代る代る眺めていたのであった。ところが十二日と、そしてまた十四日に、弁護士は玄関ばらいを食わされた。「博士はお引きこもりでございまして、どなたにもお会いになりません、」とプールが言った。十五日に彼はまた訪ねてみたが、また断わられた。彼はここ二カ月間というもの、殆ど毎日のようにその友人に会いつけていたので、博士がこのように孤独の生活へ返ったことは、ひどく気になった。五日目の晩に彼はゲストを招いて一しょに食事をし、六日目の晩には、ラニョン博士のところへ出かけた。

そこではどうやら面会を拒絶されはしなかった。が、入ってみると、博士の様子が変っているのにぎょっとした。彼の顔には死の宣告がはっきりと書いてあった。あの赤らんだ顔をした元気そうな男が蒼白くなっていた。肉は落ち、目に見えて前よりは頭が禿げ年をとっていた。しかしながら、弁護士の注意をひいたのは、急激な肉体的衰弱のそういう徴候よりも、むしろ、何か心の深い恐怖を示しているらしい眼付きや挙動であった。博士が死を怖れるということはありそうではなかった。しかしアッタスンにはそうではなかろうかと思われてならなかった。「そうだ、この男は医者だから、自分の容態や、自分の余命が幾らもないことを知っているに違いない。そしてそれを知っていることが彼には堪えられないのだ、」と彼は考えた。しかし、アッタスンが彼の顔色の悪いことを言ったとき、ラニョンは自分はもうやがて命のない人間だと非常にしっかりした態度で断言した。

「僕はひどいショックを受けたのだ、」と彼が言った。「そしてとても回復できないだろう。もうあと何週間かという問題だ。考えてみると、人生は楽しかった。僕は人生が好きだった。そうだよ、君、いつも人生が好きだった。だが、我々がすべてを知り尽したなら、死んでしまいたくなるだろう、と時々は思うことがあるよ。」

「ジーキルも病気なんだ、」とアッタスンが言った。「君はあれから会ったかね?」

ラニョンの顔付きは変った。そして彼は震える片手を上げた。「僕はジーキル博士にはもう会いたくもないしあの男のことを聞きたくもない、」と彼は大きなきっぱりしない声で言った。「あの男とはすっかり縁を切ったのだ。だから、僕が死んだものと思っている人間のことはどうか一切言わないで貰いたい。」

「困ったな、」とアッタスンが言った。それからかなり黙っていて から、「僕に何かできないかね?」と尋ねた。「我々三人はずいぶん古くからの友達だよ、ラニョン。もう生きている間にほかにこんな友達は出来ないだろう。」

「どうにもできないのだ、」とラニョンが答えた。「あの男自身に訊いてくれ給え。」

「あの男は会おうとしないのだ、」と弁護士が言った。

「それは不思議じゃないよ、」という返事だった。「僕が死んだ後、いつかはね、アッタスン、君はあるいはこのことの是非を知るようになるかもしれない。今は話す訳にはゆかないのだ。で、それはそうとして、もし君がそこに腰掛けてほかのことを僕と話すことができるなら、どうかゆっくりしていってくれ給え。しかし、もしその厭な話題に触れずにおくことができないなら、後生だから帰ってくれ給え。僕はそれには我慢ができないのだから。」

家に帰るとすぐ、アッタスンは腰を下ろしてジーキルに手紙を書き、自分を家に入れぬことに苦情を言い、ラニョンとのこの不幸な絶交の原因を尋ねてやった。すると翌日長い返事がきたが、それにはときどき非常に悲痛な言葉が並べられ、ところどころ意味がはっきりしないところもあった。ラニョンとの仲違いはどうにもできないものであった。「彼は我々の旧友を責めはしない、」とジーキルは書いていた。「しかし二人が二度と会ってはならぬという彼の意見には同感だ。私はこれからは極端な隠遁生活を送るつもりだ。もし私の家の扉が君に対してさえちょいちょい閉ざされることがあっても、君は驚いてはならないし、また私の友情を疑ってもならない。君は私に私自身の暗い路を行かせなければならない。私は何とも言いようのない懲罰と危険とを身に負うている。もし私が罪人の首であるならば、私はまた苦しむ者の首でもあるのだ。この世がこんなに恐ろしい苦悩と恐怖とを容れる余地があるとは考えられなかった。この運命を軽減するためには、アッタスンよ、君はただ一つの事しかなし得ない。それは私の沈黙を尊重してくれることなのだ。」アッタスンはびっくりした。ハイドの暗い影が取りのけられて、博士はもとの仕事と親交とに立ち帰っていたのだ。ほんの一週間前には、ゆくすえは楽しい名誉ある老年を迎えることのできそうな、あらゆる望みで微笑していたのであった。ところが今は忽ちのうちに、友情も、心の平和も、彼の生涯の全行路も破滅させられたのだ。これほどの大きな思いがけない変化は狂気としか思えなかった。しかし、ラニョンの態度や言葉を考えてみると、それには何かもっと深いわけがあるに違いなかった。

一週間後にラニョン博士は病床につき、二週間とたたないうちに死んでしまった。大へん悲しんだ葬式のすんだ日の晩、アッタスンは自分の事務室の扉に錠を下ろし、陰欝な蝋燭の光の傍らに腰をかけて、死んだ友の手跡で宛名を書かれその封印で封された一通の封書を取り出して前においた。

「親展。J・G・アッタスンの手にのみ開封さるべし、彼が先立ちて死する場合は読まれずして破棄さるべきこと、」とそれにはそうはっきりと上書きしてあった。そして弁護士はその内容を見るのを恐れた。「わたしは今日一人の友人を葬った。これを見たためにもう一人の友人を失うようなことにでもなったらどうしよう?」と彼は考えた。しかし、彼はすぐにこの恐れを不忠実だと反省して、封を破った。中にはもう一通の封書があって、同じように封緘し、表には「ヘンリー・ジーキル博士の死亡乃至は失踪まで開封せられざること、」と記されてあった。アッタスンは自分の眼を信ずることができなかった。そうだ、失踪とある。ここにもまた、彼がもうずっと前にその筆者に返してしまったあの気違いじみた遺言書のなかにあったように、失踪ということとヘンリー・ジーキルの名前とが結びつけられているのだ。しかし、あの遺言書では、その考えはハイドという男の陰険な入れ知恵から出ていたのであった。それは全く余りにも明白な怖ろしい目論をもってそこに入されたのだ。ところが、ラニョンの字で書かれたとなると、それはどういうことを意味するのだろう? 禁止をやぶってすぐさまこの不思議なことの底まで探ってみたいという強い好奇心がおこった。しかし職業上の名誉と亡き友に対する信義とは、その被委託者にとって峻厳な義務であった。で、その包みは彼の私用金庫の一番奥にそのままにしておかれた。

好奇心を抑えることと、それに打ち勝つこととは、別のことである。その日からのち、アッタスンが彼の生き残っている友人との交際を、前と同じように熱望したかどうかは、疑わしい。彼はその友人のことを好意をもって考えた。しかし、彼の思いは不安で恐ろしいものだった。いかにも彼は訪ねには行った。が面会を断わられて却ってほっとしたかも知れない。おそらく、心の中では、すき好んで自分をとじこめている人の家の中へ通されて、気心の知れない隠遁者と向いあって話すよりも、広々とした都会の空気と音響とに取巻かれて、戸口の段のところでプールと話している方がよいと思ったかも知れない。実際、プールも大して愉快な知らせを持合わせなかった。博士はこの頃では前よりも一そう実験室の上の書斎に閉じこもり、時々はそこで眠ることさえあったらしい。彼は元気もなく、大へん無口になり、読書もしなかった。何か心にかかることがあるらしかった。アッタスンはいつもいつもこういう変らぬ報告を聞かされるので、だんだんと訪問するのを少なくするようになった。

Chapter 7 of 13
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