第一節 太陽神話
茲に太陽神話と云うは、嘗て一派の言語学的比較神話学者が、其神話解釈の唯一の方法として、立てたる名目、太陽神話とは、同じからず。かの派は、凡ての神話をば、太陽神話なりとして、「言語疾病」の説によりて、之を説明せんと試みたり。其説の根本に於て誤謬なることは、既に前に論ぜし所の如し。然れども、人間四囲の自然界が、神話発生の根本動機の一にして、気象界の現象が、神話の発生に与って力を有し得ることは、争う可からざる事実にして、嘗て言語学的神話学者が、太陽神話と名づけたる如き種類の神話にして、之を諸の民族の神話中に、発見し得らる可きを信ずるは、必しも不当に非ず。唯かの派の学者が、印度日耳曼神話に於て、太陽神話として、釈解したるものの、殆んど凡てが、誤謬なりしのみ。言語学的神話学派は、印度日耳曼神話の範囲に於ける、その太陽神話説の、反対論者によりて、根本より覆されしを見て、更に他の未開民族の神話に於て、その説を確立せんと試みたり。然れども至る所、強固なる反対説に遭遇して、其説遂に一般に認識せらるるに至ること能わざりき。然れども之によりて、太陽神話と称す可きものは、凡ての神族の神話を通じて、全く之なしと、信ずるが如きは、速断たるを免れず。現に、日本神話に於て之あり、支那神話に於ても亦た之あり。今此二個の例証に就て、少しく述ぶる所ある可し。恐らくは、太陽神話の名目、之によりて、新なる意義に於て、復活するを得ん。
支那の旧記は、黄帝と蚩尤との争に就て、記する所多し。此記事が、果して純粋なる歴史的の事実を伝うるものなりや、或は、半ば歴史的にして、半ばは古人の虚構に止るや、或は歴史的の裏面を有する神話的の記事なるや。支那古代史の研究、未だ殆んど云うに足らず、支那神話の研究未だ殆んど着手せられざる、今日に於ては、以上の疑問に対して、到底正確なる答を為すこと能わざるなり。然れども、比較神話学の上より、之を観察するときは、両者の争は、其一面に於て、天然神話的の解釈を、施し得可きの、余地あるが如し。或は太陽神話としての解釈を、或点に於て、可能ならしむるが如し。数個の源泉中に次の如き節あり。
黄帝与二蚩尤一戦二于鹿之野一、蚩尤作二大霧一兵士皆迷、
黄帝与二蚩尤一戦二于鹿之野一常有二五色雲気一、
蚩尤幻変多方、徴レ風召レ雨、吹レ煙噴レ霧、黄帝師衆大迷帝帰息二太山之阿一、昏然憂寝、王母遣二使者一、被二玄狐之裘一以レ符授レ帝佩符、既畢、王母乃命二九天玄女一授レ帝以二三宮五音陰陽之略太乙遁甲六王歩斗之術、陰符之機、霊実五符五勝之文一、
蚩尤作レ兵伐黄帝一、黄帝令応龍一攻二冀州之野一、応龍畜レ水蚩尤請二風伯雨師一縦二大風雨黄帝乃下二天女一曰レ魃、雨止、遂殺二蚩尤一魃不レ得二復上一所レ居不レ雨、叔均言二之帝一後置二之赤水之北一叙均乃為二田祖一、
蚩尤は果して何者なるや。源泉徴証甚だ不完全にして、精密に推定し難しと雖も、その大霧を作りしと云い、風を徴し、雨を召し、煙を吐き、霧を噴きしと云い、大風雨を縦にせしと云う点より、観察するときは、風雨に甚だ親縁あるものたることは、云うまでも無く、風伯雨師は、風神雨神なり。風神雨神を率いて、大暴風雨を起すものは、盖し暴風雨の大なる人格化なる可し。蚩尤を以て、暴風雨の神なりとするは、神話学上恐らく誤れる判定には非ざる可し。他の民族の神話に於ても、同様なる天然現象の人格化を求むるを得可く、而して蚩尤が、此場合に於て、社会の人文的進歩を阻害する悪神なること、暴風雨の神としての蚩尤が、平和を破り、災害を与うる暴風雨の人格化なること、亦た容易に之を想像し得可し。
黄帝は蚩尤と正反対の地位に立ち、一個の人文的英雄神たるの性質を有す。その人文的事業に就ては、古史に記するところ多し。其蚩尤と戦うに際しては、上天の王母、玄女を遣わし、兵法を授け、神符咒力を与えて、之を助けしと云う、後ち垂髯の龍に迎えられて、白日昇天せしと云う。蚩尤を以て、人文阻害の悪神なりとせば、黄帝は当さに、人文擁護の善神なりと云う可し。支那古代の伝承に於ては、国家最初の元首は、大抵其名によりて、其性格を示す。天皇と云い、地皇と云い、人皇と云い、有巣と云い、燧人と云う、庖犠と云う、皆然らざるなし。炎帝神農は、其名の示すが如く、農業の保護神なり。農業は太陽の恩恵に依るに非ざれば、持続し発達すること能わず。炎帝は此点に於ては、太陽神ならざる可からず。黄帝は炎帝に次で、天下を治めしもの、其性質は其名称よりして、之を想像し難しと雖も、黄の文字は、或は太陽若しくは田土の色としても解し難きに非ず。蚩尤との争の説話に於ては、暴風雨神の反対として、太陽神たるの性質を有すること、旱の神たる魃を得て蚩尤を殺せしと云う点に於て之を想像し得可し。
黄帝と蚩尤との争を以て、太陽神話とし、太陽と暴風雲雨との争闘なりとする此説明は、勿論其根拠に於て、甚しく薄弱なる所あり。蚩尤の暴風雨の神なることは、稍々有力なる根拠によりて、之を云い得可きも、黄帝の太陽神なることは、要するに、一個の臆断に過ぎず。然れども、此説話が、其或一面に於て、太陽神話としての解釈を、可能ならしむることは、必しも黄帝の太陽神たることの、確定せらるるを要せず。蚩尤の勢力は、その大風雨を縦にし得る点に存ず。黄帝の魃を下すや、此大風雨止み、蚩尤力を失いて殺さるるに至る。魃は旱の神なり、旱は太陽の作用なり。即ち太陽の威力によりて、蚩尤征服せらるるに至りしなり。太陽神話なりとする、天然神話的解釈は、その根拠をここに求む。而して此根拠は、動かす可からざるなり。但し此神話が、其他の一面に於て、明かに人事神話的解釈を許すも、そは少しも、天然神話的解釈の可能を、妨ぐるものに非ず。或はまた、古代史研究の結果、純歴史解釈の可能なるに至らんも、そも亦た少しも、かの解釈の可能を、妨ぐること無きなり。神話の多面的性質を有する結果として、此の如きは、少しも珍しき現象には非ず。
尚此神話解釈の附録として、一個の注意すべき事項あり。
黄帝之時有二蚩尤一兄弟八十一人、並獣身人語、銅頭鉄額、威振二天下一、天遣二玄女一授二黄帝兵信神符一制二蚩尤一、帝因使レ之主レ兵、以制二一八方蚩尤没後、天下復擾乱、黄帝遂書二蚩尤形像一以威二天下一、天下咸謂蚩尤不レ死、八方万邦、皆為弭服、
東海中有二流波山一、入レ海七千里、其上有レ獣、状レ如牛、蒼身而無レ角、一足入レ水則風雨、其光如二日月一、其声如レ雷、其名曰レ変黄帝得レ之、以二其皮一為皷、※以二雷獣之骨一声五百里、以威二天下一、
希臘神話に、怪物メドゥーザあり、相貌醜怪見るもの畏れて石に化す。英雄ペルソイス智謀を以て、之を征服し、其頭を斬て携え帰り之を義戦の女神アテーネに捧ぐ。女神の胸甲に見ゆる、怪物の顔面は即ち是にして、之を称して「エギス」と云う。女神この楯甲を以て、戦に臨む時、向う所として勝たざるはなく、天下皆畏れて服す。黄帝の蚩尤の書像を以て、天下を威せしが如き、怪獣を以て、皷を作りしが如き、全く同一の筆法なり。此の如きを称して、偶然の類似と云う。
日本神話中の有名なる一節、天照太神と素盞嗚との軋轢の一段は、其中に国家的分子あり、宗教的分子あり、社会的分子ありて、種々の解釈可能なるも、其中に天然的分子を含むことは、また顕著なる事実にして、此点に於て、太陽神話としての解釈の可能なるを見る。
天照太神の称号は、既に此神の太陽神なることを示し、古史神話も亦た、屡ば此神を日神と称す「天照」は天を照らすの義、天を照らすものは、云うまでも無く太陽なり。また大日霊尊とも称し、「日霊」は即ち日女にして、太陽の女神の義なり。その生出の神話に曰く、伊弉諾、伊弉冊二尊、倶に議りて曰く吾已に大八洲及び山川草木を生めり、何ぞ天下の主たる者を生まざらんと。先ず、日神を生む。此子、光華明彩、六合の内に照徹す。二神喜で曰く、吾が息多しと雖も、未だ此の如き異霊の児あらず。久しく此国に留る可からず、早く天に送て、授くるに、天上の事を以てす可し。次に月神を生む。其光彩、日に亜ぐ、以て日に配して治む可し。亦天に送ると。日神の天然的基礎の太陽なること、此神話によりても明なり。
古史神話は、日、月、素三神出現の条に、素盞嗚尊の性質を述べて、此神勇悍にして、常に哭泣を以て行と為す。故に国中の人民を、夭折せしめ、又青山を変じて、枯山と為し、河海を悉く泣き乾す。是を以て、悪神の音ない、狭蝿なす皆わき、万の物の妖、吹く風の如くに皆発ると云い、或は又、素雲嗚尊は、是れ、性残害を好む。故に根国を知らしむとも記す。此等の記事によりて、察する時は、素盞嗚尊は、甚だ勇悍強暴の性質を有するが如し。但しその青山云々の文字は、其強暴猛烈なる性質を、形容せんが為めの、詩的修飾にして、之を直ちに、文字の儘に解釈するは、宜しからず。而して、其勇悍強暴なる性質は、如何に此神の行為に現われしやと云うに、啼泣慟哭に於て、現われしと云点に於て、諸説一致す。即ち泣哭は、此神の根本的性質と、一致するものにして、青山を泣き枯らし、河海を泣き乾すと云い、万妖悉く起ると云うは、此泣哭の状、或は其結果の、甚だ恐る可きを、形容せる者なり。若し此偉大なる神格にして、天然的基礎を有すとせば、之を暴風の神なりとせざる可からず。自然界に於て、甚しく号哭して、其勢の猛烈なるもの、其結果の恐る可きものは、暴風を措て、他に求む可からざればなり。
素盞嗚尊の、父神の許を得て、姉神なる天照太神と相見んと欲して、天に昇りし時に、溟渤之が為めに轟きただよい、山岳之が為めに、鳴りえたり。山川悉くに動み、国土皆震りぬとあり。之れ実に、海島国に於ける、暴風雨襲来の状を、記するものにして、素盞嗚尊の語に、「是を以て、雲霧を跋み渉り、遠く自ら参で来つ」とあるは、此説明と一致するに似たり。此神話を以て、一個の空中神話なりとし、或は太陽神話なりとするは、必しも根拠なき議論には非ず。二神の争闘軋轢の神話を以て、直ちに、純粋の天然神話なりと、論ずるには非ずして、其天然的解釈の可能なるを、認識せんと欲するものなり。其大躰に於て、人事神話的解釈の可能は、寧ろ自明の事実にして、之を云うの必要なし。
試みに二神誓約の条を見るに、素盞嗚尊の剱の咒力によりて化生せし、多紀理比売ノ命と多岐都比売ノ命とは、その名称何れも、泡沸沫騰に関係あり、天照太神の玉の咒力によりて化生せし、天之菩毘能命、天津日子根ノ命、活津日子根ノ命及び之速日ノ命は、何れも太陽に関係あり。此等の男神が、太陽に関係あるは、天照太神の太陽神なるに依るものとすれば、かの女神が泡沫沸騰に関係あるは、素盞嗚尊の天然的基礎の、暴風雨なるを示すものなりと論ずるも、恐らく不当に非ざる可し。素盞嗚尊が、滄海の主宰者なることは、既に古史神話の明かに記する所なり。而して海島国の暴風雨が、海洋と関係あるを考うれば、海上の主宰神が、暴風雨の神たるは、决して理解し難きことには非ず。天上光明の神と反対の性質を具え、滄海の主、根ノ国の主として、暗黒の性質を有し、啼泣号哭を行為として、昇天に際して、国土を震動せしめ、滄海を沸騰せしむる素盞嗚尊は、暴風雨の神に非ずして、果して何の神ぞ。勿論二神の誓約は、風習の反射として、解釈するも宜しく、玉と剱とを、さがみに噛みて、吹き棄つる気噴の狭霧に、三女神、六男神の化生せしは、器物咒力化生の神話なりとも説明し得可からむ。而も天然神話説は、此化生神話に、其一方の根拠を求めんと欲す。此の如き社会的分子の、此神話中に存在するは、成文神話の性質として、毫も怪しむに足らず。唯、天照太神と争闘軋轢する素盞嗚尊は、此場合に於ては、天照太神が太陽神なると同じ意義に於て、暴風雨の神ならざるを得ざるのみ。之を此神話の天然的解釈とす。
天岩戸の段の記事に曰く、天照太神、素盞嗚尊に詔して曰く、汝猶黒き心あり、汝と相見るを欲せずと。乃ち天之窟屋に入り、磐戸を閉じて幽居す。是に於て、高天原皆闇く、葦原の中国亦た暗く、昼夜の差を知らず。万神の声は、狭蝿なす皆わき、万の妖悉く起り、群神憂い迷いて、手足の措く所なし。凡て諸の事、燭を燎して弁ず。曰く、天照太神心に独り謂えらく、吾幽居するによりて、天下皆闇く、葦原の中国、必ず長夜の如くならん。又曰く、天照太神出でし時に、高天原及び葦原ノ中国自ら照り明かなるを得たりと。此等の文字をば、凡て純粋の譬喩的言辞として、天然神話説の根拠なきを云うは、十九世紀以前の神話解釈法を、再演するものにして、暴風雨退散して、天日再び輝ける状を、記するものなりと説明するの、勝れるに如かざるなり。
或は暴風雨の神としての素盞嗚尊と、吠神話に於ける、インドラ神とを比較するものなり。因陀羅神が或一面に於て、暴風神たることは、神話学の明かに、証明せしところにして、此点に関して、二神の類似を比較するは、必しも不可なるに非ざれども之によりて、二神の間に、何等かの親縁的関係の存ずるを想像するは、速断たるを免かれず。日本神話と吠神話との関係、未だ少しも分明ならざる今日に於ては、此点に関しては、殆んど何等の断案をも、下すことを得ず。
素盞嗚尊の神話中に、凄じき気象界の現象を記述せし一節あり。此の如きを称して天然物素の争闘の記事と云う。其神話中に、天然物素争闘の神話の根跡あるは、即ち此神話が、其一面に於て、天然的解釈を可能ならしむる、有力なる根拠たらずんば非ず。希臘の神話は、その最上神たるツォイスの行為に就て、多くの不道徳なる説話を伝えたり。その配偶の女神ヘラは、最も嫉妬深き女性として、夫婦間の葛藤常に絶えず。これ等は、到底人事的解釈によりて、説明し得可きに非ず。唯天然的解釈は之を天然物素争闘の痕跡として、ツォイスの原始の天然的基礎並に、春秋両季の凄じき気象的現象に帰して、容易にその難点を排除するを得たり。何れの神話か其ままに見て、人事神話ならざる。唯其中に天然的分子あり、唯其中に天然神話的の一面あり、是に於てか、天然神話の名称あり、天然的解釈の必要生ずるに至るなり。
日本神話に於ては、素盞嗚尊は其性質の或部分に於て、月神たる月読神と融化したり。月神は男性にして、日神は女性なり。印度日耳曼語族に属する国語は、凡て名詞の性を区別し、この区別は屡ば、天然神格の男女の区別に、多少の影響を及ぼせしことあるも、日本国語は此区別を有せざるが故に、日月両神の男女性は、决して、日月なる言語と、何等の関係をも有せざるなり。一般に、日月両神の性に関しては、諧民族の神話の語るところ、頗る異同あり。「アイヌ」神話は日本神話と同じく、日を女神として、月を男神とするも、別に反対の伝承あり。南太洋の或地方に於ても、同じく月神は男にして日神は女なりと云い、「メキシコ」の或旧記も同じく、月を男神とす。「エスキモー」人の間に於ては、日月は兄弟にして、日神は男性とせられ、月神は女性とせらる。「リオブランコ」に於ても、同じく月を女神とし、太陽を其兄弟神とす。其他、之と全く反対の信仰を有するものあり。比較神話学派の或者は、希臘神話のヤーゾンとメディヤとをば、日と月なりと、説明せんと試みたり。此の如く、日月二神に関しては、或は之を夫婦とし、或は之を兄弟姉妹とし、其性に関しても、或は一方を男神とし、或は之を女神とし、諸民族の説く所、甚だ一致せざるも、二神を兄弟姉妹とする場合に於て、両者の間に、性の相違ありとする方、然らざるものに比して、多く存ずるの一事は、注意す可きなり。
天照太神と素盞嗚尊との軋轢の神話が、其一面に於て、太陽神話としての解釈を可能ならしむることは、以上の、説明によりて、明ならん。素盞嗚尊の暴風神なることは、また此神の名称の上よりも、推定し得ざるに非ざるも、日本国語の研究不完全なる今日に於ては、其推定の果して当れるや否やは、之を云うこと能わざるなり。