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人間の卵
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人間の卵
高田義一郎
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Terang
Gelap
Sepia
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 2 of 6

二

『諸君が、比較的近年の此の事實を知らないのは、つまりその研究のみならず、一般の人々が、子供を卵として生むことを嚴禁し、若し卵を卵生したならば、それは極刑――死刑――に處して、殺人同樣に取扱ふといふことになつた爲であつて、さうされたのは此の卵生の爲に非常に弊害が多く出來たからであつた。

諸君、諸君は奇怪に考へるでせう。前にいふ如く、非常に世間に、人類に、多くの利益を與へたといふ研究を禁止して、その違反者を極刑にしなければならないといふ事を、甚しい不合理と考へるでせう。それは確に矛盾であつたが、しかし禁止は又確に止むを得なかつたので、人類の卵生が行はれて居たのはホンの二、三年の短期間に過ぎなかつた。之が即ち諸君がその事實を知らない所以であると同時に、私の專攻して居る醫史學上、非常に興味のある時代であるのであります。

私はこれから如何なる弊害が、人間の卵を繞つて起つたかを語らなければならない。一體劃時代的研究の發表には、往々にして反對運動や、禁止運動が伴ふもので、例へば一九一一年に、エールリヒ及び秦の兩氏が黴毒を全治するサルブアルサン、即ち所謂六百六號と稱する藥品を發見して、その效果が適確であることが世間に知れ渡ると同時に、宗教團體の一部から、突如としてこんな反對運動が起つた事がある。

「黴毒なる病氣は、放蕩をした者に對する天の制裁であります。之あるが爲に、放蕩を欲しながらもその病氣にかゝる事を恐れて放蕩しなかつた者は隨分多い。然るに今日以後、いくら放蕩をして黴毒に罹つても、サルブアルサンの注射さへすれば、直に舊の如く治るといふ事になれば、世間の者は悉く立つて放蕩の門に走るに定つて居る。耽溺しない者は馬鹿だといふ考へを持つに定つて居る。即ち此のサルブアルサンといふ藥は、黴毒を治すと同時に、社會を墮落させる藥であります。だから折角の大發見を全然禁止してしまへとは云はないまでも、是非共一生涯に一度より、此の注射を受けることが出來ないといふ禁止令を出して貰ひたいと切望して止みません。」

右のやうな請願の運動が起つた事がある。幸か不幸か、その運動は效を奏せずに終つた。つまりそれでは折角良藥を發見したのが、何にもならない事になるのと、サルブアルサンも最初に豫想された程にはきかなかつたからであつた。しかしこの人間の卵生術の發見に對する反對運動は、完全にその效を奏したので、それはつまり卵生に伴ふ弊害が顯著であると認められたからでありませう。その弊害と認められた若干の例を之から語らうとするのであります。』

A博士の話は、そのまゝ、以下人間の卵を繞つて起つた事實を掲げようとするのであるが、談話のまゝではあまり冗長に失しる嫌ひがあるから、便宜上、書下すに止めることを承知して戴きたいのである。

Chapter 2 of 6
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