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小僧の夢
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小僧の夢
谷崎潤一郎
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Tema
Terang
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Sepia
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 8 of 24

(一)の八

人はめいめい固有のテンペラメントを持って居るから、そう一概にも云えないだろうが、兎に角、「善」とか「真」とか云うものには、人間の魂を酔わせるだけの力がない。人間の魂を酔わす事の出来るのは、唯「美」あるのみである。たとえば、あの妖艶な内のお嬢さんの容貌を眺める時、己はいつでも、普通の人間の目鼻や肉体を見て居るような気持ちはしない。恰も晴れ渡った深夜の大空に、きらめく星を打ち仰ぐと、人は誰でも「永遠」を想い無限を予感する如く、己はお嬢さんの崇厳な輪廓や、端正な額や、清浄な瞳の奥を視詰めると、己の全人格が何となく其処へ吸い込まれて行くような、恐怖と恍惚とに襲われる。お嬢さんと云う女は、一つの卑しい人間であっても、お嬢さんに備わって居る気高い顔だちには、「人間」以上の或る物が暗示されて居る事を感じる。勿論、お嬢さんの持って居る肉体の美は、此れから二三十年も過ぎて、彼の女が老い惚れて来ると同時に、何処ともなく消え失てしまうには違いない。しかし、それだからと云って、お嬢さんの肉体に現れて居る「美」は、一時的のものだと断ずる訳には行かない。成る程、お嬢さんが示して居る容貌の美は、形態の美は、永遠の生命を持たないかも知れないが、その容貌なり形態なりの裏に隠れて居る美の精神、美の理想はたしかに永遠である。己の信仰に従えば、天はたま/\妙齢のお嬢さんの肉体を借りて、其処に永久不滅の美のシンボルを見せたのである。お嬢さんの肉体に永遠の美を認めることが出来ない者は、月の光が太陽の反射である事を知らないようなものである。月が缺けても太陽の光は立派に存在して居る如く、お嬢さんの容貌が衰える時はあっても、嘗て其処に表現された美の理想はちゃんと存在して居るのである。

己が先、「酔わされる」と云ったのはつまり或る一定の現象を凝視する事に依って、その底に潜んで居る永遠の実在を豫覚し、自己の生命が宇宙の生命の中へ流れ込んで行くような、不思議な気持ちへ誘われる心理作用を意味したのである。人間にこう云う気持ちを起させるものは、「善」や「真」ではなくて、「美」だと云うのである。

己の奉公して居る池田屋の店の筋向うに、「宝商会」と云う蓄音器屋がある。主に西洋音楽のレコードを売る家だと見えて、毎日毎日、晩になると往来へ大きなラッパを向けてピアノだのヴァイオリンだの、騒々しい楽隊などの音譜を掛けて鳴らして居る。己は何だか初めのうちはチンプンカンプンでさっぱり面白いと思わなかったが、だんだん聞き馴れて来るうちに、折々うっとりと耳を傾けるようになった。いつであったか、己は帳場の火鉢にあたりながら英語の本の復習をやって居ると、何とも云えない流麗な、微妙な声音が、電車の響だの下駄の音だので濁らされて居る、雑沓の夜の巷の噪音を押し拭うようにして、ふいに己の耳元へ伝わって来た。己はその時、自分の眼は本の上へ落ちて居ながら、自分の魂は風を孕んだ帆の如く、奏楽が齎す快感に膨れ上って飄々と虚空に舞い上りつゝあるのを発見した。己は明かに酔わされて居る事を意識した。

やゝ暫くして、奏楽が止んだ時、漸く我に復ったように、本を閉じて顔を擡げた己は、意外にもお嬢さんが己の鼻先に据わって、じっと柱に凭れたまゝ、己と同じく一心に聞き惚れて居らしったのに心付いた。

「あゝよかった。もう一遍聞きたいものだ。」

さも惜しそうに斯う仰しゃったお嬢さんは、まだ幾分か夢心地から醒め切れない様子であった。

「あれは一体、何と云う音楽です。」

己が斯う尋ねると、

「あれかい、あれはタンホイゼルのシンフォニーだよ。」

と、お嬢さんが仰しゃった。

Chapter 8 of 24
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