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大阪の町人学者富永仲基
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大阪の町人学者富永仲基
内藤湖南
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Terang
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Sepia
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 10 of 12

「翁の文」の新學説

この「翁の文」に特別なこの人の意見が現はれて居る所は、學説に時代があるといふことを説いて居る點であります。昔大變效能のあつた宗教なり禮儀なりも、今日では役に立たないものであるといふ、中々新しい考へであります。これは單に宗教・道徳に國民性が在るばかりでなしに、國民性の外に時代相があるといふことです。近頃時代錯誤といふことを申しますが、そんなことは富永が今から百八十年程前に考へて居りました。それで今日の我々には今日に相當した「誠の道」といふものがあるべき筈であると、斯ういふ事を考へましたので、それで神道・佛教・儒教この三つの外に誠の道といふものがなければならぬ、それが即ち今日實際に役に立つべき所の道徳であるべきであると、斯ういふことを言ひました。これが「翁の文」の大意であります。つまり國民性は時代によつて地方によつて變る、時代によつて學説が變つて來るから、時代によつて相當の學説があるといふことを考へて居ります。今まで富永の議論で知られて居ることは、先づそれだけと言つて宜しいのであります。極く簡單でありますけれども、それだけで隨分この人の卓見といふものが出て居ります。

學問上の研究方法に論理的基礎を置いたといふことが既に日本人の頭としては非常にえらいことであります。その外に宗教・道徳に國民性の區別があり、時代相の區別があると、あらゆる點に注意して居ります。これが我々の非常に尊敬する所以であつて、恐らく日本が生み出した第一流の天才の一人であると言つても差支ないと思ふのであります。

Chapter 10 of 12
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