七
大岡越前守の手の紀州調べの使として、同心平田三五郎、外一人の者が、平沢村へきた。そして、第一番に、郡奉行の所へくると
「重々、お詫び申上げねばなりませぬ」
と、郡奉行は、二人を客間へ案内すると、すぐにいった。
「お詫びとは?」
「以前、御老中松平信祝様より、御取調べの御使の参られました節、俄のこととて、取調べも仕らず、と、申しまするは、拙者が当地へ赴任仕らぬ前のこととて、一向に何事も存じ申さず、その由を申上げておきました所、紀州家にてもいろいろの御詮議あり、先日、御落胤に疑い無き宝沢と申される方は、実は、何者のためにか、ここを去る三里余り、四方形峠の辻堂にて御殺害にお遭いなされたよし、その殺害者が、当時の天一坊と思われまするが――」
「して、その――証拠は?」
「ただ一つ。宝沢殿の御冠りなされた菅笠、只今これへ持参致させまする」
女中が、酒肴を運んできた。
「まず、一献」
「いや、その儀は、取調べ確定の上にて」
と、三五郎は、強硬な口調でいった。郡奉行は、手を叩いて、下役を呼ぶと
「一件の菅笠をもて」
と命じた。土蔵へ仕舞ってあった菅笠が二人の前へ置かれた。古びた、雨うたしになった、微かに、宝沢同行二人と読める、所々裂け目のついた菅笠であった。
「なるほど」
と、三五郎は、障子の方へ笠をやって、じっと眺めながら
「血で御座ろうな」
「左様、無残にも、頭から、ばっさり浴びせかけたと見えまする」
「御下役を一人、その辻堂まで、拝借を御願い致したい」
「かしこまりまして御座る。三里と申しても四里近く御座ろうが。道は左程でも――」
と、手を叩くと、案内を申しつけた。
三五郎は、それから、庄屋を、村方を、感応院を調べた。人々は宝沢という可愛い子供がいたが、いつの間にかいなくなった。多分殺されたらしく、今の天一坊は、贋者だ、多分宝沢を殺して、御墨附と、短刀とを奪取って、図々しく、御落胤と称しているのだろうと、噂した。
三五郎は、証拠品として、菅笠を、それから、人々からの聴取書を持って、江戸へ引返してきた。