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大菩薩峠 10 市中騒動の巻
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大菩薩峠 10 市中騒動の巻
中里介山
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Chapter 7 of 15

七

お松は七兵衛と別れて、越後屋の奥座敷を出て、薩州邸の長い土塀をグルリと廻って徳島藩の裏門を入りました。

その晩、お松はいろいろの思いで手近のものを用意して、日が暮れるのを待ち兼ね、日が暮れると、夜の更けるのを待ち兼ねていました。ほかの女中たちは、昼の疲れで早くから眠ってしまいました。お松は女中部屋の戸を細目にあけて待ち構えています。

屋敷の庭には大きな池があって、池の向うには高い火の見櫓が立っています。お松が夜更けて七兵衛の合図を待つ時分に、この火の見櫓の上に二つの黒い影法師がありました。共に夜番や火の番の類ではなく、覆面をして両刀を差して一人は手に龕燈を携えていました。この二人の武士は相当に身分あるものらしく、櫓の上から、目の下に見ゆる薩州邸の内を仔細に見ていました。そうして一人の丈の高い方が、矢立と紙を取り出しては見取図を作っていました。

お松はそこに人のあることは知らないで、一心に七兵衛の合図ばかりを待っていると、池の中へトボーンと礫の音。

その音を聞いて、お松は立ち上りました。戸を細目にあけると、闇の中ながら、今どこからともなく落ちて来た礫が、池の水を動かして波紋がゆらゆらと汀の水草の根を揺っているのを見て、お松は胸を轟かしながら四辺を見廻しました。続いて第二の礫の音。

この時、火の見櫓の上で見取図を作っていた丈の高い方が、

「今の音は?」

聞きとがめると、

「池の中で魚が跳ねたのでござろう」

背の低い方が答える。

「魚の跳ねる音ではなかったようだ」

「と言うてこの夜中に――」

「ともかく、あの音は礫の音。ことによると、薩州の方で誰かここを認めた奴があるかも知れぬ」

「油断はなり申さぬ」

薩州邸内の見取図を作っていた二人の武士は、櫓の上から前後左右を警戒すると、背の高いのが急に紙と筆を下へ投げ捨てるように差置いて、

「怪しい奴」

手裏剣を抜いて発矢と投げる。投げた方角は薩州邸の馬場から此邸の隔ての塀あたり。低い方の武士は下に伏せてあった龕燈を手早く持ち直してその方角に突きつけると、池の上を飛ぶように汀を走って女中部屋の方へ行く怪しの者。

二人の武士は高いところにいたから、怪しい者の影を龕燈の光に照しては見たけれど、大きな声を揚げて屋敷の中を騒がすべく遠慮するところがあったものらしい。それで、

「怪しい奴」

「取逃がしたか」

と火の見櫓の上で面を見合せて、空しく下の闇を立って見ていると、池のほとりで、

「何者だ!」

「呀!」

ざんぶと水の中へ落ち込んだような物の音。

「出合え、出合え、いま女中部屋へ曲者が入った、早く出合え」

ちょうどこの時、邸外を通り合せたのが白金に屯所を置く荘内藩の巡邏隊でした。短い槍と小銃を携えた四人の隊士が一人の伍長に率いられて、三田通りを巡邏してこの邸の外まで来た時に、邸内で曲者あり出合えという声を聞いたから、そこで五人が一時に立ちどまりました。

「御同役、何かこの邸内で変事がござったようじゃ」

「左様、何か物騒がしい」

市中取締りが、この時分には町奉行の手だけでおさまりのつかなかったことは前に言う通りであったから、幕府は譜代の大名と五千石以上の旗本を択んで、それぞれ持場持場を定めて八百八街を巡邏させたのでありました。そうして、もっとも危険区域とされた三田の藩州附近、伊皿子、二本榎、猿町、白金辺を持場として割当てられたのが荘内藩であります。

この荘内の巡邏隊は今、徳島藩邸内の騒ぎを聞いて、足を留めて中の様子を窺っていると、脇門がギーッとあいて、そこから形を現わしたのが、以前火の見櫓で絵図面を取っていた覆面のふたり。

「さてこそ!」

巡邏隊は短槍と小銃とを二人につきつける。

「これは巡邏隊の諸君か、お役目御苦労」

中から出て来たふたりは、かえって心安げに言葉をかけたが、こっちは油断をしないで、

「名乗らっしゃい、我々は荘内藩の巡邏隊でござる」

「拙者は上の山の金子六左衛門」

大きいのが答えると、低い方のが、

「拙者は堤作右衛門」

上の山の金子六左衛門は六左衛門で通る人でありました。六左衛門というよりも、その一名与三郎の方が通りがよかったこともあります。さきに新徴組が清川八郎を覘う時、しばしばその金子の家で会合したことがあります。金子は新徴組の連中と交わりがよかったばかりでなく、そのころ聞えたる各藩士及び志士とはたいてい往来していました。その主張するところは幕府を佐けて尊王の志を成さんとするのであります。朝廷と幕府との間の調和をはかるがためには、非常に働いた人でありました。藩内では家老であり、その時代には一種の志士として畏敬されていたのであったから、荘内藩の巡邏隊はそれを聞いて、やや意を安んずるところあって、

「これはこれは、上の山の金子殿でござったか、それとは知らず失礼を致しました。我々は白金屯所の荘内藩巡邏隊、拙者は伍長の斎藤角助と申す者」

と名乗りました。

そこで斎藤角助は隊士に、槍と鉄砲を引かせ、

「この邸内が物騒がしいようでござるが……」

「いかにも。ただいま怪しい奴が忍び込んで、女を一人奪って逃げたと申すこと」

「女を奪って逃げた? それは聞捨てならぬこと」

「あの土塀を乗り越えて逃げたとやらだが、まだ遠くへは行くまいと思われる」

「諸君、追蒐けて見給え」

それはやり過ごしてしまって金子六左衛門は、先に立って歩きながら堤作右衛門を顧みて、

「一網打尽にやってしまわねばいかぬわい」

という。堤はそれに答えて、

「いかにも。思いのほか念が入った仕方でござるな」

「不届きなやつらじゃ、誰か大きな頭があって指図をしているのに違いない、中の様子はまるで要塞だ。いざと言えば幕府の兵を引受けて防戦する覚悟でいるから、まず謀叛と見ても差支えない」

「お膝元を怖れぬ振舞じゃ。もし大きな頭があって、その指図とあらば、このままに置くは幕府の威信にかかわる」

六左衛門と作右衛門の話は徳島藩邸内で女が浚われたということとは全く別な話で、こうして二人は、三田通りの越後屋まで引上げて来ました。

Chapter 7 of 15
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