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大菩薩峠 17 黒業白業の巻
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大菩薩峠 17 黒業白業の巻
中里介山
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Terjemahan Pagera AI
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Chapter 7 of 20

七

それから暫くたつと、吉原の引手茶屋の相模屋というのへ二挺の駕籠が着いて、駕籠から出た時に、

「これはお珍らしい、神尾の御前」

と相模屋の内儀が驚くのを、

「神尾ではない、内密内密」

と抑えて先に通ったのは、やはり神尾主膳でありました。

それにひきつづいて机竜之助が、手さぐりにして駕籠を出ようとすると、神尾は自分の眼を指さしながら、

「ここが悪い、手を引いてやってくれ」

「畏まりました」

主膳は先に立ち、竜之助は女に手を引かれて茶屋へ通りました。

「今時分、思い出したように神尾の御前がお出ましになるのはどうしたものだろう、御前は甲府お勝手へお廻りになったと聞いたが……」

表向は鄭重に迎えたこの茶屋の内儀が、二人を案内したあとで眉をひそめました。

ちょうどこの時分に、水道尻の燈明の方から、馬鹿な面をして行燈の数をかぞえながら歩いて来る一人の男がありました。それは宇津木兵馬につれられて、甲州から江戸へ出たはずの金助で、

「ちょッ、詰らねえな、俺たちはああして、茶屋から大見世へ送られる身分というわけじゃあなし、岡場所か、銭見世が関の山なんだけれど、それもこのごろの懐ろ工合じゃ覚束ねえや、こうして吉原の真中へ入り込んで、景気のいいところを見せつけられながら、たそや行燈の数をかぞえて歩くなんぞは我ながら、あんまり気が利かな過ぎて涙が溢れらあ、なんとか工面はつかねえものかな」

金助はこんなことを言いながら、声色屋がお捻りを貰うのを羨んでみたり、新内語りが座敷へ呼び上げられるのを嫉んだり、たまにおいらんの通るのを見て口をあいたりしながら、笠鉾の間を泳いでいましたが、

「おやおや、ありゃあ、たしかに見たことのあるお侍だ、俺の見た目に曇りはねえはずだが、もう一ぺん見直し……」

二三間立戻って、いま箱提灯に送られて茶屋を出た、二人連れの武士体の跡を逐いました。

「そうれ見ろ、間違いっこなし、見覚えのあるも道理、神尾の殿様があれだ、あれが甲府で鳴らした神尾の殿様だ。もし……」

金助は後ろから呼び留めようと、咽喉まで声を出して引込ませ、

「向うも身分があらっしゃるから、うっかり言葉をかけて失敗っちゃあ詰らねえ、いったい、どこの店へお入りなさるんだか、心静かに見届けておいての上……ああ、天道人を殺さずとはよく言ったものだ、金助がこうして詰らなく泳いでいるのを、天が哀れと思召せばこそ、ああしていい殿様を授けて下さる」

金助は雀躍をして喜びながら、駈け出して行く途端、たそや行燈の下で文を読んでいた侍にぶっつかろうとする。

「無礼者」

「御免下さいまし」

危なくそれを避けて、今度は天水桶に突き当ろうとして、それも危なく身をかわし、見え隠れに神尾主膳と覚しき人のあとを追って行きました。

神尾主膳と机竜之助とが、万字楼の見世先へ送り込まれようとする時に、

「もし、殿様、躑躅ヶ崎の御前」

金助がこう言って横の方から呼びかけたので、神尾主膳が振向きました。

「金助……」

「へえ、金助でございます、殿様、どうもお珍らしいところで、エヘヘヘヘヘ」

「貴様もこっちに来ているのか」

「へえ、流れ流れて、またお江戸の埃になりました、殿様には相変らず御全盛で結構でいらっしゃいます」

「いいところで会った、貴様もこの店に馴染があるのか」

「どう致しまして、ここは私共の入るところではございません、こんなところへ入りますと罰が当るそうでございます、私共には私共で、身分相当な気の置けないところがあるんでございますけれど、生憎どうも」

「よし、好きなところで遊んで来い、そうして暇を見てここへ話しに来るがよい」

主膳は紙に包んで幾干の金をやりました。金助は崩れるほど嬉しがって、それを幾度かおしいただきました。

「これこれ、こう来なくっちゃあならねえのだ」

という面をして、お礼の文句を繰返しながら、暇乞いをしてひとまず別れました。天水桶のあたりへ再びうろついて来て、いま神尾主膳から貰った紙包を開いて見ると、

「一両! 占めた」

と言って通りがかりの人を驚かせました。金助は一両の金にありついて、有頂天になって喜びながら、一両あればかなりのところで遊べると、一時は大成金になった心持で、どこで遊ぼうかここで遊ぼうかと、足を空にして歩いていたが、急に、

「待て待て、運の向いて来る時にはトントン拍子に向って来るものだ、ここで金の蔓にありついたのを、そのまま使ってしまえば一両は一両だ、これを手繰ってみると、裏表に利札がついているやつを、今まで気がつかなかったのが我ながらおぞましい」

と言って、万字屋の方を見ながらニヤリと笑いました。このとき金助の心持は、今までの小成金気分の酔いから、すっかり醒めてしまって、一両の金に随喜するような心から解放されて、もっと遠大な計画に、一歩を進めることに気がついたらしくありました。そうなると、四百の銭見世や二朱の小見世は金助の眼中になくなって、その面付もいくらか緊張してきました。

「今、さるところで神尾の殿様に会って一両いただきました、とこう言えば、あちらでも一両下ということはあるめえ、初会が一両に裏を返せばまた一両、こいつは、もう少し仕組みを換えると大やまが当らねえものでもなかりそうだ。何しろ、神尾の殿様にしたところが世間の明るい体ではなし、神尾の殿様を見つけたら知らせてくれと頼んだお方の、宇津木兵馬て人はどうやら敵持ちのようだから、ここの間で手管をするとうまい仕事ができそうだ。本所の相生町まではかなり大儀な道だけれども、慾と二人づれでは、さして苦にもならねえのさ。幸いここに一両ある、これをくずすのは惜しいけれども、大慾は無慾に似たりというのはつまりここだ、これを張り込んで景気よく、相生町まで駕籠を飛ばせることだ」

金助は、ここでからりと心持が変って、廓をあとに大門を飛び出して、景気よい声で辻駕籠を呼びます。

Chapter 7 of 20
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