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沓掛時次郎 三幕十場
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沓掛時次郎 三幕十場
長谷川伸
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Terang
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 2 of 11

第一場 博徒六ツ田の三蔵の家

三蔵はもう三、四年もすれば親分から跡目に直らせて貰える筈だった男だ。しかし頼む力の親分は召捕りになり、どうで遠島は免かれまいと立つ噂に、身内は残らず散って、残るは三蔵ただ一人きりである。それでも三蔵は、親分に義理を立て、子分は皆無、身一つで、中ノ川一家を名乗っている。当然の結果、反対派の親分側から、圧迫が加えられ、今夜がその最後であった。

秋の夜、行燈の灯の下で三蔵と女房おきぬとが、他人の注意をひくまいと物音に気を配りつつ、荷づくりを急いでやっている。片脇に一子太郎吉が寝ている。

三蔵  (荷づくりの手が誤って瀬戸物を引ッかけ落す。壊れて音がする)おきぬ あッ。(荷づくりの手をやめ、怯える)太郎吉 (目をさまし)おっかあちゃん。おきぬ あいよ。(傍へ寄り)どうしたい。おっかちゃん、ここに居るよ。(添い寝をする振りをして)坊やはいい子だ、ねんねしなあ。三蔵  (入口の土間に下りそっと外をのぞく)――だれも居ねえ。おきぬ 坊やはいい子だ。ねんねしなあ。三蔵  坊主は寝たか。(元の処へきて荷づくりにかかる)おきぬ ああ寝ちゃった。ご覧、子供は罪がないねえ。三蔵  (太郎吉の寝顔をのぞき)うむ。笑ってやがらあ。おきぬ 夢を見てるのだろう。(荷づくりにかかり)考えると厭になっちまう。三蔵  今更どうも仕方がねえさ。おきぬ 女房子をつれての旅にんか。お前さん。(涙声になり)あたし達の行く先々は、嶮岨な路だねえ。三蔵  そうだとも、一ト足踏み出しゃ、渡る世間はみんな嶮岨な路で出来てるよ。なあおきぬ、これから先は苦労ばかりだ、覚悟をちゃんとして置いてくれよ。おきぬ わかってるよ。大丈夫さ、他国でどんな憂き目をみても、なあに親子三人揃ってりゃ、苦労はしのげるだろうさ。だけどねえ、癪だねえ。三蔵  叱ッ、裏の方で足音がした。(手許に引きつけてある長脇差を提げ、そっと裏口をのぞきに行く)おきぬ どう。――え? (太郎吉を庇って聞く)三蔵  だれもいねえ。お月様が昼間のように川の水を照らしていらあ。おきぬ まあよかった。(荷づくりにかかる)三蔵  (おきぬの拵えた風呂敷包を見て)駄目だよ。おきぬ。そんなデカい風呂敷包をこしらえちゃいけねえや。おきぬ だって、太郎吉の物ばかりだよ。あたしの物なんか二、三枚しかはいってやしないよ。三蔵  斬り込みをかけられる矢先なんだぜ。可哀そうだが坊主の物も着換一枚ぐらいにしてくれ。――いくら持って出た処で、土地を離れねえうちにあいつ等に出会ったら、命の亡くなる親子三人だ。諦めて大抵の物は捨てて行けよ。おきぬ あたしなんか着のみ着の儘でもいいよ。だけど太郎吉だけは、――不自由な目に合せてやりたくないからねえ。三蔵  そりゃ尤なことだが、なあおきぬ。親分がお召捕りになってから落目の上に落目となった中ノ川一家、今じゃ身内てのは俺がたった一人なのだ。親分が娑婆の風に吹かれている頃は、中ノ川の身内で五本の指に折られた俺だった。その頃の身内は二百七十人からあったっけ、それが今じゃ形なしだ。おきぬ 当世は人間が狡ッ辛いからねえ。どいつもこいつも羽振りのいい奴の襟許へつくのだよ。三蔵  その中で俺だけは、親分の恩を忘れず、たった一人取り残されても、この土地に獅咬みついていた。――その効もなく、今夜は逃げ出さざならねえ。おきぬ お前さん。奴等もう来る頃じゃないかね。三蔵  たった一人の俺の寝首を掻くのに、きのうから評定をしてやがったあいつ等だ。早目に押かけることはねえ、四ツが合図だというからまだ大丈夫だ。おきぬ 二百七十人もいた身内の中で、最後まで踏ン張ったのが、お前さん一人とは、中ノ川一家の末路はひどかったねえ。三蔵  なあに、この儘でいるものか。一時は長え草鞋をはいても、いつかはこの土地へ取って返し、縄張りを切り拓いて俺の天下をつくってみせらあ。さあ、行こう。おきぬ (小さな荷物を持って)あい。三蔵  泣いてるのか。(脇を向いて涙をのみ)人間は七転び八起きだよ。おきぬ ご覧よ。子供は仏さまだねえ。何も知らずにすやすや寝ているよ。三蔵  うむ、よく寝てやがる。住み慣れた土地を後に、行衛の定まらねえ旅に出る親たちとも知らず、あどけねえ顔をして寝ているなあ。泣くない、――泣くなというのが土台無理だが、泣いてくれるなよおきぬ。さ行こう。こいつはお前持ちねえ。坊主は俺が背負うとしよう。おきぬ (包をうけとり)少し行ったらあたしがおぶうよ。三蔵  待てよ。そうだ。坊主はお前、骨が折れるだろうがおぶってくれ。一人ぼっちの俺を生かしておけねえ気の狭い奴等だ。もしも出会ったら最後、息の根を止めるだけじゃなくって、お前や坊主まで、後腐れを怖がってバラすにきまっている。おきぬ 可愛いこの子を殺されてたまるものか。そんなことをしやがったら咽喉笛へくらいついてやる。三蔵  そうとも。その時あ、俺あ死物狂いであいつ等を叩き斬るから、その間にお前は逃げてくれ。おきぬ ああいいよ。三蔵  そのために坊主はお前におぶって貰うのだ。俺の持ってるだけの金はみんなお前に渡しておくぜ。(財布を出す)おきぬ それはお前さん持っていておくれ。なあにどんなことがあっても、親子三人一緒に生き死にをしようよ。三蔵  (聞き耳を立て)いけねえ。(戸外に罵る人声がする)おきぬ、覚悟をしろよ。(包を捨て脇差に手をかける)おきぬ (寝ている太郎吉を庇い)お前さん、どうせ遣るんだ、しっかりおやりよ。三蔵  うむ。(入口の土間へそっと下りる)

Chapter 2 of 11
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