Kembali
古川ロッパ昭和日記 02 昭和十一年
Table of Contents
古川ロッパ昭和日記 02 昭和十一年
古川緑波
Reading Settings
Ukuran font
18px
Tema
Terang
Gelap
Sepia
Pelindung mata
Spasi baris
Mode baca
Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 2 of 364

一月一日(水曜)

京宝劇場初日。

宿で、屠蘇・雑煮。屠蘇は甘味なく、雑煮は白味噌の汁なり。夕刻、思ひついて相鴨のすきやき、青い葱と水菜がうまく、たっぷり食って、宿を出ると、つい二三丁のところ、京宝劇場、今日初日で夕五時半から一回。入りは満員。一の「学校友達」では、客が乗ってない感じで心配したが「ガラマサ」の一景で安心した、笑ひすぎる程よく笑ふので、セリフの次が出ない位だ。五景迄無事だったが、三味線ひきの爺がひどくて、肝腎の義太夫のクライマックスが、てんでいけない。代へて貰はないと芝居が出来ないと言っておく。「歌ふ弥次喜多」は、大受け、先づ安心した。徳山と岸井が、今夕四時に着いたが、二人とも風邪をひいてゐる。初日ながら十時打出しの好成績。宿へ帰り、かやく飯を食ふ。吸入かけてねる。

京都の客は、女が多く、よく笑ふ。但し、ニュース的神経はなく、たゞ可笑しいものが可笑しいと云った型なり。宝塚はインテリ風、京都は一口に素直と云ふべきか――さて名古屋は何んなものか。

Chapter 2 of 364
|