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双面獣
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双面獣
牧逸馬
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Chapter 3 of 8

3

××を受けた後、死へまで殴打されたのだった。その上言語に絶する残虐が屍体に加えてあって、何のためか、左の腋の下から左肋へ掛けて注意深く×り×き、背中の肩胛骨の真下にも、左右に各一つずつ深くナイフを×き×した痕があった。左の肋骨などは、宛然鶏を料理するように、殆んど一本一本丁寧に×り×してあって、やっと、皮膚と些少の筋で継がっている状態だった。鼻が根元から綺麗に×がれて、水に洗われて大きな空洞が開いていた。××から小刀を入して下腹部内部を×き廻したらしく、おまけに、刷毛序でと言ったように左脇腹を××して内臓の一部を手際よく切り取ってあった。屍体のこの部分の損傷は、“some of her organs had been removed with care.”云々とぼんやり公表された丈けで、手許にある当時の新聞にも然う載っている。が、筆者は検屍をしたジェネシイ郡警察医 D. R. Brassie 博士が前記のデトロイト時報記者ラルフ・ガル氏に寄せた個人的手記に基いて、ガル氏が遠廻しに記述しているところを簡明に解釈しているのである。恐らく事態を其の儘伝えているものと信ずる。暴行の事実は、それがこの殺人の第一目的と推定して、疑いを容れる余地もなく、またナイフと事後の水に依る局部の損害にも係らず、幾多の専門的検査ののち明白以上に立証されたところでもある。この以前、一九二七年八月二十八日夜、このブレント入江にもフリント市にも殆んど接続しているマウント・モウリス町の、既述の二事件と同じにこれも共同墓地で、生前同町の郵便局に勤めていた二十二歳の Sandrra G. Baxter という美しい女の二日前に埋めた許りの死屍が掘り返され、死×の上、まるで解剖の稽古のような暴虐なナイフがその全身に施こされてあって大騒ぎをしたことがある。州当局は躍気になって活動したが、この喰屍鬼もまだ逮捕を見るに到らないで、既に事件は迷宮に這入った形なのだが、今、グリイン検察官がこのドロシイ殺しの手口を見ると、不必要な程屍体を弄んで嗜虐症とも謂う可き観を遺している点と言い、殊に小刀の扱い方がまるで外科医のように素人離れしていて鳥渡常識以上の人体解剖の知識と経験を示しているように思われることなど、これはひょっとすると此の両者は同一人の仕業ではあるまいか――と、何か香いを嗅ぐように、グリイン氏の頭脳にぴいんと来たものがあった。

小川に沿って現場検証が続けられた。間もなく、コロロフォルムの壜の栓がグリイン氏によって拾い上げられ、屍体から××された右手の拇指と小指、其のほか他の部分の血だらけの肉片なども枯れ草の間から出て来た。また暫らくして、リグレイ印のチュウイング・ガムの包み紙一枚と、男持ちの血染めの手巾が、附近の残雪にまみれて発見された。ハンケチは、白地に青い線で縁取った大版の、木綿の安物だった。

薄明は刻々闇黒に変ろうとして、夕寒い風が集まって来ていた。現場の小川の畔りに、シェリフ・グリインを中心に、眼を据えた蒼白い顔が輪を作って、取り敢えず第一回の捜査会議が開かれた。この際、最初の一歩は、先ず、四囲の情況と与えられた事実を材料に此の犯罪の行程を如実に組立直すべく推理し想像することである――被害者ドロシイ・シュナイダアは、帰宅の途、「其の男」に一片のチュウイング・ガムを与えられて「その自動車」に招待されたものに相違ない。この先のスタンレイ街道の丁字形の個処で、「その男」は、ドロシイの鼻にコロロフォルムを当てがって、意識を失っている身体を抱えて柵を越え、この小川の岸まで運んで来たのだろう。そして此処の猫柳に取り巻かれた凹地の陰で××を加えた後、拳で乱打し、ナイフで突き刺して死に到らしめ、屍骸を××にしてあちこち××したうえ、川へ抛り込んだのである。アウチイ・ベエコンの証言に依れば此の間約二時間と見ていい。それから直ちに「其の男」は手や着衣の血痕を流れで洗い落し、泥道に乗り棄ててあった自動車――ダッジ二四年型――を動かす可く近くのベエコン方を訪れて、ベエコンと、居合わせたウイリアム・ロウレンスの助力を乞うたのだった。スタンレイ街道からクリオ街道を西へ折れて疾走し去ったことは、前のベエコンの証言にある通りである。

1 一九二七年八月二十八日、マウント・モウリス町共同墓地に於けるサンドラ・G・バックスタァ――二十二歳――の墓地発掘、屍姦並びに死体毀損事件。2 同年十一月一日、フリント市共同墓地での暴行絞殺事件。被害者は十八歳になるエヴァリン・ダンカン嬢。3 おなじく十二月二十六日、オウク・ヒル町墓地におけるマアサ・ガッツ強姦事件。4 一九二八年一月五日、フロリア・マクファドン――七歳――がカアランド町に到る山道で暴行された事実。5 同一月十二日、このドロシイ・シュナイダア事件。 この凡べてが同一人の手によるか否かは第二に、ここに、約四個月間に五件の常規を逸した変態性慾的惨虐が行われたのだ。しかもその内二つは七歳の幼児姦と、それに伴って、悪魔をさえ眼を覆わしめるこの Mutilations である。キャリフォルニアのマリアン・パアカア事件のセンセイションが未だ消えやらぬ内に、またこのドロシイ殺しの恐怖とショックは、地方的なそれから忽ち全国的な恐慌――そして一面には公衆の探偵小説的興味へと漸時に拡大波紋して往った。今まで知る人もなかった Brent Creek とドロシイ・シュナイダアの名が、亜米利加中の口に上り、ディクシイ国道を中心に中西部諸州の到るところで挙動不審の浮浪人、この種の罪に問われたことのある前科者などが嫌疑者として可笑しい程続々収監されている。血痕の附着した外科医療具と、同じく血だらけのタオルを所持していたという丈けで、ナイヤガラ瀑布で有名な紐育州バッファロ市を通過中の一医師が、其処の停車場で汽車から引き下ろされて警察に渡されたりした。尤も、ミシガン州 Britton 町から乗車していたということも、この場合嫌疑を深めた一原因だったが、勿論この人は確乎とした現場不在が証明されて、二日許り日程を狂わしたという個人的迷惑に止まって即時釈放された。ベイ郡でも、これは普段からあまり評判のよくない男だったけれど、矢張り医者が一人取調べられてこのほうは一時可成り有力な容疑者に観られさえしたが、結局ものにならなかった。兎に角、ミシガン州をはじめ、合衆国の方々で幾多のこんな悲喜劇が繰り返された。その間、南部ミシガンの諸市では、不良少年と、変態性の危険人物として平常それとなく看視している人間を、片っ端から引き挙げて来て、あのガソリン屋のシッド・ハッジスと、アウチイ・ベエコン、それからウイリアム・ロウレンスを各警察へ廻して毎日のように首実験をやっていた。デトロイト警察も、敏腕を誇る二名の刑事を急遽ジェネシイ郡検察部へ派遣するなど、応援を惜まなかった。が、所轄ではあり、一番眼覚しい活躍をしたのは、フランク・グリインを部長とするフリント警察の連中だった。再三現場検証に出掛けて、亜米利加中の市場で手に這入る凡ゆる車輪で同じような泥道に跡をつけてみて比較研究した結果自信をもって彼らが確立した新事実は、「其の男の自動車」の前方の二つのタイヤは、グッドリッチ金剛石型輪底であり、後部のは左右二つともグッドイヤア・オウル・ウエザア・トレッド・タイヤ―― Goodrich Diamond Tread と Goodyear Allweather Tread Tires 緒に最も広く使用されているもの――であるということである。斯うして牛歩遅々乍ら着実に、何うやら日一日捜査の範囲が狭められつつある時、ジェネシイ郡の住民は、この誰とも知れぬ淫魔に対して呪咀と憤激の爆発点に沸騰していた。犯人が判り次第、其の筋の手を俟たずに私刑に処すべし、生きながら立樹に吊して焼き殺すがいい、いや、少女がされたと同じように、散ざん殴った上滅多斬りにするのだ――其の他凡ゆる復讐の手段が、単なる威嚇や空言でなしに、フリント市とマウント・モウリス町の街角や、人の集まる場処で、現実に計画されていた。昔から亜米利加では群集の感情が激発すると、この lynch ということは間々ある例だ。警察は、もう一つ仕事が殖えた。犯人が現れた場合、この怒りのために盲目になっている公衆からその身柄を保護し、飽く迄も彼の上に正規の法の進展を齎らさなければならない。幾ら斯かる人獣でも、当局としては、一応自分を弁護する機会をも与え、その上で法律に拠って適宜に裁断する義務のあることは、尠くとも文明国である以上言うまでもなかろう。ところが街頭の昂奮性野次馬が絶大の勢力を有つ米国辺りでは、この解り切った理窟を運行することが、実際になると仲なか至難な許りでなく、時として、護送中などに、群集に犯人を奪われて、あっと言う間に私刑にされて終うことも珍らしくない。また、場合によっては、野次馬の頭目から金を取って、警官が犯人を群衆へ売り渡したり、そうかと思うと、面倒臭い裁判よりも、手っ取り早くて好いと言うので、初めから私服の警官が群集に紛れ込んでいて采配を揮い、制服の警官とあっさり小競合いの後筋書き通り犯人――非道い時には未だ嫌疑者に止まっているのに――を奪取して、自分達が先頭に立ってさっさとリンチを済ましたり、この亜米利加名物の私刑の話しになると、傍道に外れて行って限りがないが、此のドロシイ事件の際のグリイン等フリント警察の態度は、当然と言えば当然だけれど、何時になくしっかりしていた。フリント市の場末、ラ・サアル街の路上に、壊れ掛ったダッジの箱型が行き悩んでいて、その傍に魔誤まごしていた男があった。ともかく、附近のダッジの箱型を一つ一つ虱潰しに当っている最中だから、こいつ臭いとあって、一寸来いということになった。一応ぽうんと抛り込んで置く、それはいいが、その抛りこむ段取りへ来て、問題が生じた。フリント市には、亜米利加の何処の町でもそうだが、郡の刑務所と市のそれと二つある。これは郡シェリフのやっている事だから、順序から言えば郡のほうへ収容す可きだが、当時フリント市にあったジェネシイ郡刑務所は、大分古い建物ですっかり損んじている。優勢なモップが押し寄せたとなると、一溜りもなく潰れそうなのだ。そこでグリイン検察官は、手続きを無視し、反対を斥けて、その嫌疑者の安全を確保すべく、新築して間もない厳丈な市刑務所へこれを留置した。そして、それらの動きは勿論、「警察は何をしているか」の凡てを、それ以後一切厳秘に附した。と言うのが何の程度の嫌疑者にしろ鳥渡でも怪しいやつが挙げられたと聞けば、忽ち町中の人が武器を手に留置場へ殺到しそうな、実際それ程狂憤的な空気だったのである。一旦モッブが襲来した日には、モッブの、殊に亜米利加のモッブの性質として、知事が露台へ出て演説しようが、大統領が教書を読み上げようが、多くの場合、待ったは利かない。催涙ピストル位い持出したところで、瞬く間に警察でも監獄でも焼打ちして、眼ざす人間を私刑せずには止まないだろう。そんなことになっては大変だから、グリイン氏は、犯人捜査は言わずもがな、この方でも、人知れず苦労しなければならなかった。

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