恵那十日句録
八方に山のしかゝる枯野かな
山かこむ枯野の中の山一つ
山間の打傾ける枯野かな
大石の馬をもかくす枯野かな
どん底を木曾川の行く枯野かな
大霧の霽れかゝるより小鳥狩
それ/″\の座布団もつて鳥屋を見に
刈込みし山美しや小鳥網
磐石に乗つかけてあり小鳥小屋
杉葉もてもさと葺いたり小鳥小屋
蓆戸を上げて顔出す鳥屋の主
小鳥小屋飛騨街道も一目なり
四段張にして十間の小鳥網
網の面にかゝり輝く小鳥かな
酒沸いて小鳥焼けたり山は晴
小屋の炉に焼けゐる鳥や渡鳥
小鳥狩したるその夜の小句会
囲炉裏火に照り輝くや板屏風
木屏風を引きかこひたる大炉かな
板屏風立てし板間の大炉かな
板屏風どうと据ゑたる炉辺かな
小鳥焼く火も一ツ角に大炉かな
鶸焼くや炉縁にならぶ皿小鉢
借覧す甲子夜話あり榾の宿
榾の宿群書類聚そなへあり
後の月庭の山より上りけり
庭山の朴の木立や後の月
月高く炉火さかんなれ十三夜
炉框に置く盃や十三夜
静かなる自在の揺れや十三夜
柿の木に籠をくはへて登りけり
柿をもぐ籠を梢にくゝりけり
柿取の棹をあつかふ梢かな
柿の棹梢にわたしありにけり
庭山の茸とらであり我等故
庭山の小谷もありて栗茸
茸多く朴の落葉の夥し
起出でゝ木曾の朝寒ひとしほに
この庭の霧すさまじき紅葉かな
日もすがら落葉を焚きて自愛かな
干柿もおひ/\甘き炬燵かな
三つ落つる筧の音の夜長かな
時雨るゝと著せたまはりし真綿かな
旅先の軽き恙のそば湯かな
やはらかな粟打つてゐる音ばかり
八方に稲架出来てゆく盆地かな
桑畑の枯れゆく里の障子かな
大稲架に突き立てゝある案山子かな
稲架の裾吹き抜く風の夜道かな
提灯のしづかになりぬ稲架のかげ
拱きて稲を負ひくる少女かな
町に入る飛騨街道や小六月
恵那の雪ひとまづ消えし小春かな
苗木塚本哄堂邸滞在干茸に時雨れぬ日とてなかりけり
この集に収録した七百五十余句は、大正十三年頃から昭和八年初夏までに作られたものである。ホトヽギス雑詠、各種の句会その他で虚子先生の選を経た、千句余りの中からそれだけ抽出した。
抽出の態度は、なるべく暢気に、自分の生活の記録になりさうなものは残して置くといふ意を以てした。
俳句に就ては、私は何事をも語り得ない。唯俳句を作つてゆかう――作るより他に仕方がない、といふ覚悟が決つただけのことである。
虚子先生に師事し得たこと、更に今後も師事し得るといふことは私の無上の幸福とするところである。この幸福を徒に使ひはたしてはならないと思ふ。
昭和十年十一月二十三日たかし(昭和十年十二月刊)
●図書カード