Chapter 1 of 52

アイスアックス

「私のアイスアックスはチューリッヒのフリッシ製」……と書き出すと、如何にも「マッターホーン征服の前日ツェルマットで買った」とか、「アルバータを下りて来た槇さんが記念として呉れた」とかいう事になりそうであるが、何もそんな大した物ではなく、実をいうと数年前の夏、大阪は淀屋橋筋の運動具店で、貰ったばかりのボーナス袋から十七円をぬき出して買ったという、甚だ不景気な、ロマンティックでない品なのである。だが、フリッシ製であることだけは本当で、持って見ると仲々バランスがよく取れている。その夏、真新しくて羞しくもあり、また、如何に勇気凛々としていたとは言え、アイスアックスをかついで大阪から汽車に乗りこむ訳にも行かないので、新聞紙に包んで信州大町まで持って行った。この時は針ノ木峠から鹿島槍まで、尾根を伝うのだから大した雪がある筈は無く、真田紐で頭を縛って偃松の中や岩の上をガランガラン引ずって歩いたもんだから、石突きの金具や、その上五六寸ばかりの処がザラザラになって了った。

この年から大正十五年の六月まで、私のアイスアックスは大町の対山館に居候をしていた。居候と云っても只安逸な日を送っていたのではなく、何度か対山館のM氏に伴われて山に行った筈である。今年六月、まる二年振りで対山館へ行って見たら、土間の天井に近い傘のせ棚に、大分黒くなった長い身体を横たえていた。即ちこれを取り下し、大町から針ノ木峠、平、刈安峠、五色ガ原、立山温泉、富山という旅行に使用した。非常な雪で、また大町――富山の大正十五年度の最初の旅行だったので、アイスアックスが大いに役に立った。

富山から同行者二人は長野経由で大町へ帰り、私は直接大阪へ帰ることになった。従ってアイスアックスも大阪へ帰って来たが、何もすることがない。戸棚の隅でゴロゴロしている丈である。時々令夫人が石突きで石油の鑵をあけたり、立てつけの悪い襖をアックスを用いてこじあけたりする。山ですべてを意味するアイスアックスも、大阪郊外の住宅地では、かくの如く虐待されている。

所で、私はこのアイスアックスが非常に好きである。時々酔っぱらうと戸棚から出して愛撫したりする。アイスアックスが、登山のシンボルであるような気がするからである。元来私が、氷河の無い日本の山を、而も夏に限って登るのに(将来あるいは冬登るかもしれないが)大して必要でないばかりか、ある時には却って邪魔になるアイスアックスなんぞを買い込んだ理由は、実にこれなのであった。刀剣の好きな人が、日本刀に大和魂を見るように、私はアイスアックスに登山者の魂を見出す。それにまた、冬の夜長など、心しきりに山を思う時、取り出して愛撫する品としては、アイスアックス以外に何も無い。

登山者としての私は道具オンチではないから、あまり色々な物を持っていはしないが、それにしても若干ある登山具を、一つ一つ考えて見るに、座敷に持ち込んで愛撫し得るものは、アイスアックス丈である。登山靴――これはツーグスピッツェの麓なるパルテンキルヘンで買った本場物には相違ないが、酒盃片手に泥靴を撫で廻すことは出来まい。ルックサック――これも登山にはつきものであるが、空の頭陀袋を前に置いた所で、何の感興も起らぬ。たかだか山寺の和尚さんみたいに、猫でも押し込んでポンと蹴る位が関の山であろう。飯盒――飯盒はいたる処で、私の為にふっくらした飯を提供してくれたが、さりとて食卓の上にのせて見ると、どうもしようがない。お箸でたゝくとカチンカチン音をたてるから、赤ん坊はよろこぶが、一家の主人として威厳を保つ必要がある身分として、そんなことは出来ない。然らばロープか。ロープは一昨年の春、大阪の人西岡氏がいろいろ考えたあげくつくったのを百呎ばかり、使って見てくれとて持って来られたのがある。ロープこそはアルプスのシンボルと云えよう。登山、ことにロック・クライミングには必要欠く可からざる品である。現にアブラハム氏の「コムプリート・マウンテニヤ」の第三章「登山具」を読むと、第一に登山靴、第二にロープ、次でアイスアックス、ルックサックなる順序に説明してある。また、かの有名なるウィンパアが、マッターホーン登攀に成功した話、下山の途中起った悲劇、それ等に関してロープが如何に重大な役目をつとめているかを思えば、これこそ登山具中の王者とも云う可きである。だが不幸にして私は本式のロック・クライミングをやったこともなければ、実際ロープを必要とするような山に登ったこともない。その上、如何に山を思えばとて、直径五六分もある太い綱を百呎、座敷へかつぎ込んだ日には、井戸替え屋の新年宴会みたいで、面白くも何ともない。

そこでいよいよアイスアックスが出て来る。アックスは鋼鉄を冠った鍛鉄である。柄はグレインの通ったアッシで出来ている。長さ三尺、重量は手頃と来ているから、よしんば振り廻しても大したことはない。右手に持ち、左手に持ち、あるいは柄の木理を研究し、アックスをカチカチ爪でたたいて盃の数を重ねて行けば、いつか四畳半の茶の間も見えなくなり、白皚々たる雪を踏んで大雪原に立つ気になったりする。寒風身にしみてくさめをし、気がついたらうたゝ寝をしていたなどというのでは困るが、とにかくアイスアックスは、我をして山を思わしめ、山を思えば私はアイスアックスを取り出して愛撫する。

一九〇二年のことである。モン・ブランの頂上から四人の登山者が下りて来た。内二人はスイスのガイドであった。グラン・プラトーと呼ばれる地点まで来た時、突然物凄い雪嵐が一行を襲い、進むことも退くことも出来なくなって了った。止むを得ず、アイスアックスで雪に穴を堀り、四人がかたまって一夜をあかすことにしたが、気温は下降する一方で、ついに暁近く二人は凍死した。

翌日はうらゝかに晴れ渡った。残った二人は、とにかく急いで下山することにしたが、あまり急いだので、その中の一人が深いクレヴァスに落ちて了った。クレヴァスとは氷河や雪田に出来る裂目である。深いのも浅いのもあるが、この男の落ちたのは二百尺近くもあったという。そんな所に落ち込めば、命は無いものであるが、この人は不思議に、大した怪我もせずにいた。

一行四人が、今はたった一人になった。この最後の一人は、これは大変だ、どうしたろうと、しきりにクレヴァスをのぞいている内に足をすべらして、自分もまた同じクレヴァスに落ち込んだ。同じクレヴァスと云った所で万古の堅氷に、電光のように切れ込む裂目である。勿論前に落ちた男は、自分の仲間がクレヴァスに落ちて即死したとは知る由も無い。どっちを見ても氷ばかりの狭い場所で、早くあいつが麓に着いて、救援隊をよこしてくれゝばいゝとばかり思いつづけた。だがその、救援隊を求む可き人は、今はもう死んでいるのである。これ程頼り無い、心細い話は無い。

所でその地点から一万尺下に、シャモニの町がある。この町には非常に強力な望遠鏡が据えつけてあり、この日もある人が晴れ渡ったモン・ブランを山嶺から山麓まで、しきりに観察していると、ふとレンズに入ったグラン・プラトーの人の姿。どうやらクレヴァスを覗き込んでいるらしい。はてな、今頃たった一人で、何をしているんだろ、と思った次の瞬間、もう黒い姿は、どこをさがしても見えない。

グラン・プラトーのクレヴァスに人が落ちた。すぐ救助に行かなくてはならぬ。この叫び声によって救援隊は立ちどころに組織された。選りぬきのガイド達、手足まといの登山客がいないだけに足が早い。羚羊のように岩を飛び雪を踏んで、遮二無二に急ぐ。

一方、グラン・プラトーの上方に五六人のガイドが無事に前夜を送った登山者達と一緒に休んでいたが、ふと気がつくと麓から一群の人々が登って来る。只登って来るのなら何の不思議もないが、恐ろしく足が早い。とても普通の登山ではない。何か起ったに相違ない。応援に行こう。とばかり山を下りかけた。

数時間の後、救援隊とガイド達とは落ち合った。グラン・プラトーのクレヴァスに人が落ちたと云う。それでは一緒にさがして見ようということになって、さてグラン・プラトーに来て見まわしたものの果してどのクレヴァスのどの辺に落ちたのかハッキリしない。あちらこちら覗き込んでは呶鳴って見ても、一向返事がない。さては死んで了ったのか、さっき望遠鏡で見た時から、七時間余も経っている。よしんば即死しなかったにしても、もう死んだのだろう。仕方がない帰ろう――と話し合っていると、どこか変な処で変な声がする。まだ生きている!と一同急に元気を出して、又、あちらこちらと覗いては呶鳴り、呶鳴っては覗くうちにとうとう落ちている場所を発見した。そら、こゝにいる。繩を下せ。だが、どの位深いところにいるか判らぬ。一番いい奴を下せ。かくて百五十呎の繩が、スルスルと氷の裂目に呑まれて行った。すると下から声がする――まだ四十呎ばかり足りないと云う。そこで五十呎のをつぎ足した。都合二百呎である。「よし、引っ張ってくれろ!」という声を聞いて、一同は力を合せて繩を引いた。二百呎の氷の裂目を、ブランブランと上るのは、危険至極である。氷の壁にたゝきつけられたら、頭を割るか、足を折るか、とにかく碌なことは無い。だが、どこ迄も運のいゝこの男は、無事に表面まで出て来た。

前夜、すくなくとも十時間は雪に埋った穴の中で凍え、二人に死なれ、たった一人でクレヴァスにうづくまること八時間、たいていの人間なら、もう山は沢山、ガイドなんぞするよりは、山麓のホテルで門番でもした方がいゝと思うであろうが、この男はどこからどこ迄アルプスのガイドに出来上っていた。もう弱り切って、ヒョロヒョロしているにもかゝわらず、「誠に申訳ないが、もう一度繩でしばって、クレヴァスに降して呉れ」という。救援隊の声を聞いた悦しさについ夢中になってアイスアックスをクレヴァスの底に忘れて来て了ったのである。懇望するまゝに、また二百呎の繩を彼の胴に縛りつけて、クレヴァスに降してやる。後生大事にアイスアックスをかゝえ込んだ男が、再びクレヴァスの口に顔を出したのは、それからしばらく経ってのことである。

この話はコリンスという人の書いた「マウンテン・クライミング」なる本に出ている。アルプスのガイド達は登山中如何なる事情があってもアイスアックスを置きざりにしてはならぬという不文律を固く守るのだそうである。一寸面白い話だから、うそか本当か知らないが――まさかうそではあるまいけれど、コリンス先生の著述目録を見るとカメラ、ワイヤレス、飛行機、山、等いろいろな物に関して本を出しているので、いさゝか当世流行の大衆向きライタアらしく、従って面白く書くことを目的としているから、ひょっとしたらこの話も又聞き位かも知れぬ。――アイスアックスの話の序に紹介する。

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