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石塚浩之
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 7 of 12

7

目を覚ますと電車はとうとう終点についてしまっていた。いつのまにか眠ってしまったようだ。すでに乗客はぼくしかいなくなっている。ぼくはしかたなく腰をあげた。汗ばんだ尻に下着が張りついて気持ち悪い。

かろうじて地名を知っているだけの一度も来たことのない場所だ。駅は新しいことは新しいのだが、仮設で営業しているのではないかと思うほどいい加減な作りだ。売店はしまっていて煙草すら買うことができない。喉が乾いたが自動販売機も見当たらない。ホームにも改札にも人影はまったくない。乗り越しているはずだが精算せずに外に出た。小さな駅前はバスの発着所をかねているようだったが、広場から続く道は乗用車が一台ようやく通れるくらいの農道でとてもバスなど通れそうにない。前方に集落が見える。その向こうを軽トラックが走っているのが見える。人が住んでいる以上、米屋を兼ねた雑貨屋くらいはあるだろう。ぼくは収穫前の米の匂いの立ちこめる田圃の間に敷かれたまあたらしいアスファルトの上を歩いて行くことにした。

建物の陰に農婦が働いている姿が見えてきた。大きな樽で大量の青菜を洗っている。農婦は人の気配に気づいて顔をこちらに向けじろじろとぼくを見回した。その視線は露骨な疑いを隠そうともせず、今にも傍らにおいてある鎌に手をのばしかねない様子だった。ぼくが我ながらぎこちない微笑みをつくると彼女はさっと視線を戻し、二度とこちらに顔を向けようとはしなかった。

近くによって見ると農婦は意外に若いことがうかがえた。一見したところ色黒だが、袖をたくしあげた二の腕の内側は食用蛙の腹のようになまめかしい白さである。手拭で巻いてある頭からはみ出してみえる髪の毛は艶やかに黒く光り、しなやかな弾力のあるカーブを描いている。作業の手を休めない彼女の背なかには決してぼくの相手をするまいという決意があらわれていた。彼女との間の距離が縮まるほど息詰まる空気が育つ。彼女が背なか全体を耳にして気配をうかがっていることがわかる。

慣れた手つきで青菜を洗う規則正しい音に混じるぼくの足音が異物のように感じられる。絶叫とともにいきなり後ろから抱きついてやったら彼女はどうするだろうか。大声をあげて助けを呼ぶだろうか。しかし家にいるのは労働力にならない老人だけだ。もちろんとっさに彼女はそのことに頭をめぐらせるだろう。そして極度の緊張から反射的にそばの鎌を手に取るのだ。

女とはいえ毎日力仕事をしている彼女の力は強い。もみ合っているうちにぼくの背なかに鎌が突き刺さる。一瞬、下半身が凍りついて脱力するが、ぼくはひるまない。彼女の顔面を正面から力まかせに殴りつける。折れた歯が数本、ぼくの拳に突き刺さる。彼女は闇雲に鎌を振り回しぼくの体も自分の体も区別なく切りつけてしまう。鎌が身を切るたびに心臓が跳ね上がる。火傷をしそうなほど冷たい刃の感触はその時ごとに新たな衝撃を生み、けっして麻痺することのない痛みにぶるぶると震える。彼女の体もぼく以上に震えている。ぼくは彼女の衣類をむしり取り彼女の体を背骨が砕けるほど強く抱きしめる。血まみれの皮膚がじかに滑り合う。二人の血は互いの皮膚のあいだで混じりあって鉄の匂いのする湯気をたてる。それでもまだ抵抗をやめようとしない彼女の首に手をかける。ぼくの爪は彼女の首の皮膚を切り裂き食道と首のまわりの筋肉のあいだにめりこんでいく。頸動脈をまさぐり、それが激しくのたうつのを直接感じる。

漂白したような顔色をした彼女はようやくおとなしくなり彼女の血を被って赤く濡れそぼったぼくの顔を自分の良人にも見せたことがないほどうっとりした瞳で見つめる。彼女が目を閉じるのを待ってからぼくは彼女の胸に顔をうずめる。かつてないほど激しい眠気が襲ってくる。穏やかな陽光に包まれ、おびただしい量の血を流しながらおたがいに見知らぬものどうし抱き合って死んでいく。

甘美な空想に耽るうち、農婦との距離はふたたび開きはじめた。別の農婦が青菜を洗っている農婦に話しかける。誰かの腰の具合を尋ねている。きのう誰かがぎっくり腰になったらしい。緊迫した空気が急速に弛緩していく。農婦どうしの会話がふいに途切れた。二人がそこにいる気配はそのままだ。きっとぼくのことを知り合いかどうか身振りと目配せで確認しているのだ。振り返らなくても眉をひそめ目を見開いて首をふる様子が見えるようだ。よそ者としてのぼくの立場はこれで決まってしまった。この辺りに店があるかどうか尋ねそこなった。ぼくはまたあてもなく歩き続けることにする。車道に出たからそのうち自動販売機くらいあるだろう。

歩きながら、農婦とここで死ぬという空想を実行していた場合のことを考える。そんなふうにうまくいくならそれでも別に構わない。身分証明のできるものは何も持っていない。そもそもぼくには証明すべき身分もない。この辺りにはぼくのことを知る人もいないから、死体の身元はなかなか判明しない。ぼくには一緒に暮らす家族もないので、当面だれも悲しませずにすむ。

Chapter 7 of 12
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