Chapter 1 of 1

Chapter 1

ロシヤ人の生地売りは山間の一軒家に宿ってゐた

「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」

無論誰にも面と向かって語ったのではないけれど私は只一語聞いた胸に幾回となく生地売りの言葉をくりかへした

あの一晩中山間のあばら家に耳をそばだてて××の鋭い眼光もて探照してゐた憲兵でも否恐らくこの狭隘な山間に住む人皆に生地売りの哀愁はわからなかった

人々は異国人の珍奇を只むさぼり嗤った

「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」

ああロシヤの一商人はたった今までも私の求めてゐる或物を事実に示してくれた腕を組んで湿っぽい夜空を見上げた私には星の一つもまたたいてくれなかったけれど

いばらのさしかかった山路は私の前に遠く限りなくつづいてゐる……

●図書カード

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