Chapter 1 of 3

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ひどく東邦風なジャンクを模様にした切手を四枚も貼つて――北京から私のところへ小包が来た。差出人は満鉄公処秘書課塩崎龍夫、塩崎は私の旧友なのだ。副業ともいふべき支那語がうまいので、それに支那の生活が味はひたさに満鉄に入つて、副社長付の通訳をしてゐるのだ。

それは兎も角として、包みをほどくと箱のなかから紫に染めあげた支那絹の袱紗が出て来た。さう云へば塩崎の長男が生れた時に心ばかりの祝ひ物を贈つた、その返礼なのだらう。しかし、私の云ひたいのはその袱紗の模様の大変風がはりだといふ事である。

寿

と白く抜いてあるのは先づ袱紗として当り前だが、変つてゐるといふ訳はその寿の字が酔筆とでも云ひたいほどに書きなぐつた楽書き風のもので、しかし書き手は気のせゐか凡でない。それから、布をすつかり拡げて見ると墨竹があしらつてある。が、これは寿の字以上に一気呵成で、ほとんど怒つて描いたやうな勢である。それで全体の感じから云へばどこかしどろもどろで、書きそくなひの趣なのだ。しかし私には、こんな風のものを袱紗に仕立てて人に配るやうな事をする塩崎の凝り性が面白かつた。

「内祝までにこちらの日本店で十枚ほど作らせて見た。布はわるいが模様を見て貰ひたい。絵も字も曾鉄誠といふ爺さんの描いたものだ。これにはちよつと奇談もある。好事家の君には一寸向いてゐる。いづれ暇のをりにくはしく――」

名刺に書き添へてあるのはこんな事なのだ。

ところがその後、張大元帥の交通部と満鉄との間に例のむつかしい問題が起つて、従つて塩崎は通訳に忙しいと見えて、内地に小さくつつましく――仕方がなしに小さくつゝましく暮してゐる私の好事癖を満足させるなぞといふ小問題は黙殺してしまつた。何しろ平穏無事な学芸欄の記者では黙殺されても仕方がないのだ。

しかしその私にもいゝ日はあつた。私は急にヘルメットや日除け眼鏡を買つた。母親から護符を貰つた。合歓の花ざかりを夢想したり銀相場を調べたりした。といふのは、丁度国民革命軍が山東一帯までのぼつて来たあの頃に、うまく社の北京特派員にして貰へたのである。社会部長は私にこんな事を云つた。君は随筆風の筆がたつね。その筆でもつて争乱の北京見聞記を書くのだ。北京ぢゆうをまめに歩くのだよ。雰囲気をつかむのだよ。出発までに調査部でもつて、必要なあらゆる智識を復習して行きたまへ。――そこで、私は青年記者でなくては持ち得ない情熱を持つた。何よりも先づ塩崎に電報を打つた。……

黄ろい海。蘆荻。埠頭。――柳の街道。高粱畑。夕日。古城壁。――最後に私は巡警の物々しい北京前門停車場で、苦力の人力車に包囲されてしまつた。が、塩崎の官舎をその車夫のひとりが、小蘇州胡同といふ名の並木の暗い住宅町に見つけ出してくれた。実を云ふと停車場の物々しい検閲にくらべて、もうぢきに過去の首都にもならうといふ城内の気のぬけたやうな静かさに、私は驚いたものだ。塩崎の家にしても小さいながら朱塗の門を閉して、梧桐や蓮の茂つた、まるで日時計のやうにひつそりした中庭を持つてゐるのだ。中庭があると云つて別に贅沢ぢやない。これが北京の住宅のあたり前の構造なのだ。

夕闇が降りて来た。私は浴衣がけでその中庭へ向いた籐椅子に倚りかゝりながら、大元帥府、外交部、日本公使館、清華大学政治科と、塩崎を相手に早速プログラムを立ててゐたが、その時であつた。蓮鉢を越して向ふ側の廂房から、眼でも覚ましたのだらう、急に赤ん坊の癇走つた泣き声が聞えて来た。梧桐は仄暗く、蓮は仄白く、赤ん坊の声だけが鋭い。私は万年筆を置いて大袈裟に吃驚して見せた。

「さう/\、第一番の特種を忘れてゐたぞ。ひとつ即刻にも会見を申し込まなくつちや!」

塩崎は正直のところこの冗談が嬉しいといふ様子で、中庭の石畳みを音高く踏みながら私を廂房に連れて行つた。そこは茶の間兼子供部屋といふやうなものだつた。細君は厨房に働いてゐて色の黒い満洲人の小娘がひとり、馴れない手附でデン/\太鼓を振りながら赤ん坊をあやしてゐた。少し月足らずで生れたとか云ふ痩せた赤ん坊だ。しかし塩崎には済まない話だが、私は赤ん坊よりも部屋の壁を見廻して、不意に「おや」と声を発した。額縁に入つて、例の怒つて描いたやうな竹の図があるではないか。それからあの書きなぐつた「寿」の字も。その上奇妙なのは、あの袱紗には見られなかつた墨のはねが紙一面に荒々しく散つてゐる事だつた。――が、私はこんな静かな夕方に静かな都会で、久し振りに旧友と会つてゐる上機嫌から、又もやはしやいで頓狂な声をたてた。

「やあ幸先がいゝぞ。どこもかしこもニュースばかりだ。それ、こゝにも奇談の種がある」

大掛児服を着た塩崎は支那風に笑つて、父親らしく釣り込まれた。

「どうも通信員のガツ/\した商売気にも困つたものだ。早速『第一夕話』なぞと書きなぐつて、そのかはり明日は半日怠けようといふのだらう!」

*   *    *

*   *    *

「さうだ。曾鉄誠老人に会つておくのもわるくない。ついこの筋向ふの椿樹胡同といふところにゐるよ。骨董店なぞの妙に多い横町で、うちの副社長の官舎にもぢきなのだ。」

塩崎はこんな風に話し出した。

「畸人だが学問はなか/\あるらしい。同治年間の進士だといふから張之洞や趙爾巽や陳宝を知つてゐる訳だ。第一革命に働いた人だが、清末の役人をしてゐる頃に、緑林(馬賊)時代の張作霖になにか恩恵をほどこしたとか云ふので、今でも大元帥府の酒宴なぞに時々招かれるが、気の向いた時でないと応じない。著述をしたり新聞に匿名で時論を書いたりするほかは、読書と絵と酒とに隠れてゐる。隠れてゐると云へばいかにも閑雅なやうだけれども、曾老人のはこの三つのどれにも熱狂してゐる。細君はずつと前に死んだやうだが、面白いのは独り息子が広東の学校で修業したばかりに、今では国民革命軍の少壮士官になつてゐるのだ。しかし、時偶人がこの事を揶揄すると老人の返答がいゝ。つまり、一国の正義なぞといふものは古稀の老人の生きてゐる間には変らない方が嘘だ。俺も清末に同じ事をやつて来た。あいつはあいつで大いにやるがいゝ。とそんな意味の事を酔つて高飛車に云ふのだ。それを張の副官のやうな男の面前でもやるのだから一寸乱暴ぢやないか。息子がよほど可愛くて仕方がないのだらう。」

「最初僕はこの老人をモノマニアの傾向があるのではないかと思つた。といふのは、われ/\は四川生れの或る退役軍人の家で出逢つたのだ。くはしく云へば、退役軍人のひつそりした正房の壁にかゝつてゐる画幅の前で出逢つたのだ。あるじが北京官界の空気を厭つて、故郷の四川省に帰つて新らしい事業をやるといふので、所蔵品をこつそり――友人にだけこつそり知らせて売り物に出してゐた。そこへ、うちの副社長がまた北京特有の書画熱病に罹つてゐる最中で、この知らせを受けたのだ。夏の暑い日だつた。われ/\が入つて行つた時には、曾老人は既に背中を丸くして大きい団扇を動かしながら、掛け物の掛つてゐる壁の方を向いてゐた。われ/\と老人のほかには、戸口に離れて立つてゐるこの家の童僕しかゐない。といふ訳は、主人は用足しに出てゐて一時間ほど不在だつたのだ。家具をあらかた片付けてしまつたせゐかどことなく荒廃して、焼けつくやうな照り返しが部屋の中までとゞくほどに中庭の雑草の繁茂してゐる趣は、いかにも所蔵品を売り払つて出発する人の家らしい。その床の上でわれ/\の西洋靴の音は、博物館のなかのそれのやうに大きく響いたものだ。」

「足音を聞いて年長の侍僕が出て来たが、われ/\を見るなり、別に取りのけてあつた幅を出して壁に掛けた。見事な墨竹の図だ。――なぜといふに前の日からの約束で、この日われ/\が行くまではその幅を蔵つておいて貰ふ打ち合せになつてゐたからであつた。副社長のボーナスの威光といふ感じで、僕はあまり愉快ぢやなかつた。しかし現はれた絵そのものは――強い筆力だ。実に強い筆力だ。すると、今まで別の絵を拡大鏡なぞで検査してゐた老人がこの幅に気がつくと、不意にわれ/\の肩とすれ/\になるのも構はず近寄つて、この部屋のすべての人間よりも熱心に見つめはじめた。執着の強い大陸人の眼だ。あまり気味のいゝ眼差とは云はれない。もう拡大鏡なぞを使はず、所蔵の印を細かく検べたりもしない。その様子が、老人にとつてこの絵の既に未知のものでない証拠のやうに、どうも思はれるのだ。果して――われ/\を振り返つて話しかけて来た。勿論支那語で。

『この絵をたぶん買はれるとかいふ日本の方は貴下ですか。』

『さうです』

『いゝ事をされた! これは秀れた絵です! わたしには今自分のものにするほどの余裕がないので、売立の話を聞いてから毎日のやうに通つて眺めてゐたが、昨日以来見せて貰へないので甚だ不平だつたところです。これは確かに元人の作です。こゝの主人は呉仲圭の真跡だと云つてゐるが、それは本当のところどうだか判らない。しかしさういふ事を別としても、確かにこの絵はざらにはない立派な元画です。たゞの優しい風流事ではない。精神が太い。筆が根強い。これを選ばれたのには敬服した!』

副社長が囁くのだ。

『君、それあ知つてる人かね』

『どうしまして。画家のやうにも思はれますが。――』

僕はこの家の男にそつと尋ねようと思つて振り向いたが、侍僕はやはり遠慮して戸口に退いてゐるのだ。兎も角も初対面の人間に対して少し親しみを現はし過ぎる。が、老人はわれ/\の腑に落ちないやうな顔付きには一向無頓着で、僕が相当中華語のわかる男だと見てとると、一層隔てなく饒舌りつゞけた。

『まことに好い、まことに好い! 御覧なさい。三本の竹が少し風で揺れてゐるでせう。しかし決して騒々しくない。雲や大洋の動くやうに悠々と動いてゐる。その癖細かいところはちやんと見逃がしてゐません。一番上の葉が一寸ねぢれて、ひら/\舞つてゐるでせう。あれがいかにも繊細です。清々しい。まるで葉ずれの音が聞えるやうです。(老人は耳に手をあてて身振りをして見せるのだ。)――まつたく、わたしが以前からお近づきに願つてゐるものならば、貴下に御無心して時々これを見せて戴きに参上するのですがな!』――哄笑。

正直に云つて僕は老人を用心しはじめた。最初の瞬間には僕はちよつと同情してゐたのだ。うちの副社長と違つてこの絵を掴みたいほど欲しいのだらう。愛着を持つてゐるのだらう。気の毒な。――が、その内にこいつ、いゝ機会だと思つて近づきたがつてゐるなと僕は思つた。老人は戯談のやうに哄笑したが、しかし僕はそのなかに戯談とは違つた一種の情熱を見てとつたやうに思つた。それから妙な焦慮を。――一体満鉄といふ所は利権屋の的になつてゐるので、褒めた話ではないが、僕にしてもいつの間にか人を警戒する癖がついてゐたのだ。僕はいゝ加減にあしらつて副社長を外へ連れ出してしまつた。」

「翌日その家のあるじが僕から話を聞くと、身体を反らせて大笑した。とんだ用心を受けたものだ。あれは無頓着な装はしてゐるが張帥の先輩にあたる曾鉄誠だと。すると別の日に、或る要人の宴会で僕はまた偶然にも曾老人に出会つてしまつた。われ/\は燈の下で主人役から紹介された。曾鉄誠先生ですと。――僕は先日気の毒な振舞をしてしまつたといふ後悔から、そのひと晩副社長をうまく放つて置いて老人に附き纏つた。食後の客間では同じ長椅子に腰かけて、同じ絨氈の模様を踏んで、老人のために茶や煙草を僕から受け次いだりした。われ/\はすぐに親しくなつた。四川に新らしい生活を求めて行つたあの身軽なあるじの噂をした。しかし、一層親しくなつたのは別の事からだ。」

「郵便の頼りにならない時世で、僕はたび/\伝令の役をそつと務めてやつたよ。江蘇の戦線にゐる息子や南京にゐる嫁からの便りを。…………」

「曾老人を訪ねて来る人間のなか/\雑多なのに、僕はだん/\興味を持つやうになつた。本屋、書画屋、北京大学学生、新聞記者、将校、画家、俳優、笛吹き、金石家。――北京大学の青年のいまだに来るのは民国七八年頃に東洋史を教へてゐたからだ。しかし、そのなかで一番僕に面白く思へた客は張作霖の年とつた門衛長? だ。陶といふ姓だ。門衛長と云つても決して馬鹿には出来ない。張帥に面会を求める客の名刺を秘書官へ取り次ぐ役目なのだが、それだけで年に二万元近くの役得があるといふ噂を聞いた。もつと可笑しいのは、張帥が装甲自動車で外出する際には、この老人が大佐の制服を着て、拳銃を挙げて同乗する。どこの国に大佐の護衛があるか? 云ふまでもなく自動車が玄関に戻れば田に帰つた陶淵明のやうに平服で済ましてゐる。護衛を兼ねて、謂はゞ人間そのものが装飾の役目を勤めるのだ。それをまた誰も怪しまない。笑はない。大官の愛妾までが兵士を連れて買物に歩く北京のことだから。――

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