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猫八
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猫八
岩野泡鳴
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 4 of 7

四

そこへ、

「そんなことよりも、僕が一番癪に障ったのは」と来たので、また天神さまのお喋舌かと言ってやりたかったが、さきは例の熱心な調子であった、「この作者の軽薄な態度である。時事新報に出た匿名の月評にこの作を非常に悪口言って、久米もこんな浅薄な物に満足している男だからだめだというようなことが書いてあったので、じつは、僕もほん気でどんなに浅薄な物だろうと思って読んでみたのですが、僕にはそうばかにした物でもないと思われた。ところが、今夜ここの御主人に伺ってみると、その月評子とはその久米自身であるそうです」

「へい」と、猫八はしぶしぶ口を出したつもりであったが、われ知らずにたりと笑っていた。そしてやはり自分の考えどおり、この作者には、この作の落ちまたは結論は自分の本意に出たのでなく、実際の本意は人をばかにした物だとうなずかれた。そして久米とかいう人ばかりをすッかり気に入ってしまった。「昔の三馬などのようにちょッとおもしろい人じゃアございませんか?」

「そんなに軽薄なんか、なア、久米という作者は」と、知識がおが言った。

「そりゃア、これまでの作を見ただけでも分ってるじゃないか?」これは近眼の言葉であった。

「もし軽薄な人なら、軽薄な作をするのが当り前で、――それを好いたり、嫌ったりするのは読者がわの勝手だろう」

「やはり、お客次第でげすか、な」猫八は主人の説をこう受け取った。そしてそれに嬌えこむ気になって、「しかしずいぶん茶気のある人で、わたくしは偉いと思いますが?――」

「偉いにも、いろいろあるから、ね」

「わはッ、はッ」と、二三名の者がいっしょに声を挙げた。

「先生」と、これまで一言も言わなかった書生らしい人が言葉にその神経質らしい口調を帯びさせながら、初めて口を出した。「わたくしは久米氏の物を一つも読んでおりませんから、あの人の事については何事も言う権利はございませんが、――創作にはどうもその作者の人物が裏づけられていないと深くないようにわたくしには思われますが――?」

「君はいつも理想主義者的に物を言う人だが、いかにその反対のげんじつ主義者だッて、それはけっして否定しちゃアいません」

「それなら、安心ですが――」

「ただ君の言うようなことにばかり僕らは停止してはいない」

「そこがどうも」と、一方は小首を傾げた。

「たとえその人の人格が出たとて、その人格的生活が出ていなけりゃアやッぱりぐたい的にはならないではないか?」

「………」書生の神経質は今度は微笑しながら、お辞儀をして、「それなら、わたくしにも分ります」

「………」わたくしにはちッとも何のことだか分りませんと猫八は言ってみたかった。げんじつ主義も自分には分らなければ、ぐたいとか空体とかも分らないので、ただかの落語家のこんにゃく問答を思いだしていた。

その間に、なお二三の小説が問題になってるようであったが、虎ほどには自分の興味を引かないので自分の坐ってる右手の壁にかかってる訳の分らぬ西洋画や、自分の前方の左り手にあるビール箱で組みたてた書棚の本の金文字やらに目をやりながら、出ようとするあくびを噛みしめた。もっとも、主人は「猫八には酒を出すがよかろう」と言ってくれたけれども、

「いいえ、やッぱり、かつぶしの方が」と答えて、主人の細君に餅菓子を供えてもらった。そしてかの女とともに野菜作りの楽しみやお互の子供教育のことを語り合ったために、子供に読めそうな雑誌を二三冊貰った。

そのうちに、高見さんから、

「じゃアひとつやってもらおうじゃアないか」と来た。

「………」さて、これからがいよいよおれの世界だと思うと、虎の小説に得た湿ッぽい気分などはどこへやら行ってしまって、自分の芸の評判を虎以上にしてもらいたかった。いつしか坐りなおしていた自分の用意には、高座におけると同様の引き締った精神が現われてまだやらぬうちから自分の物真似声が自分には聴こえていた。右の手の小指を鍵の手に曲げて、すぐ明いた口の中へ持って行きかけたが、ちょッと中止してその指を調べてみながら、半ば独り言のように、「汗で油切ってるから、うまく行くかどうか?」

いちおうその指のあせを手拭いで拭き取ってから、どこを風が吹くと言わぬばかりにして、ほうほけきょうとやった。

「巧いものだ、なア」と、天神さまはいきなりこう賞めたのだが、それがうるさかった。

「今のは籠の中での鶯ですが、今度は谷わたり」けきょ、けきょ、けきょ、ほうほけきょう! それから引き続いて松虫、鈴虫、轡虫の声。また、鴉、ひばり、うずら。合わせた唇を平たく前の方へ突きだして、おけらの声。寝静まったらしい近所へは少し迷惑だろうがと言って、雄鶴雌鶴の啼き分け。また草ひばりの声もきかせた。

どの啼き声にも、啼き声にも、聴き手が聴き手だけにこちらが奮発できたので、皆も静かに耳を傾けた様子が見えて、自分の思いどおり自分も満足した、そしてお負けとして蚯蚓の声をしてみせるつもりで、

「一般に蚯蚓が啼くと申すのは、あれはおけらの声だそうですが、蚯蚓もやはり啼きます、な」こう前置きしてちッとまたおけらに似た声を出してから、「これで向うの声を出してみると分ります。わたくしはその研究に廃兵院の森で夜明かしをしたことがごぜいますが、人の足音がしますと、いったん向うの声が途切れます。そこへしゃがんでしばらく待っておりましてそれからまたやってみるのですが、こちらの声が向うのにそッくりだと、すぐ応じてきますし、間違ってると御返事がありません」

「は、は、はア!」主人は特別の高笑いをした。

「まったくですよ」と、自分はまじめを訴えた。御返事には、つい、いつもの冗談が出たにすぎないのだから。

「だから、さ、外国にはもッと大仕掛けに猿の言葉まで研究してみた人もある」

「わたくしも英語でも学んでおりますと、やってみますが――」

「しかし、猿は英語を使わない」

「わはッ、はッ」と、二三名。

「………」まるでお株を取られた気がして、ちょッと興ざめた。そのごまかしにだが、「学術上では、猿が人間に進化したと申すそうですが、ここのお話は虎が猿になりました」

「いや、君の動物まね声にもなってありがたいよ」と、主人は答えた。

Chapter 4 of 7
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