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透明人間
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透明人間
ウェルズハーバート・ジョージ
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 6 of 34

その荷物は?

おしゃべりに夢中になっていた村人たちは、その男がいつのまにか、その部屋から玄関にでてきていたのに、いっこうに気づかなかった。

「う、うう、わんわん!」

車のかげに小さくなっていたフィアレンサイドの犬が、きゅうにはげしくほえたてた。

「あっ!」

思わずふりかえった人びとは、玄関に不気味な人かげをみて、ぎょっと顔色をかえた。

そのとたん、

「馬車屋、なにをぐずぐずしているんだ! はやく荷物をはこべ!」

すご味のあるどなり声が、あたりをふるわせてひびいた。

フィアレンサイドが、びくっと飛びあがり、ホール夫人は棒立ちになった。

村人は、くものこをちらすように、後もみずにちっていった。

馬車屋は、しばらくためらっていたが、勇気をふるって男に近より、

「だんなさま。あいすみませんことで……おけがはありませんですか? なんとも、はや、申しわけありません」

ぺこぺことわびた。男は、じろりと馬車屋をにらみ、

「けがなんかせんよ。かすり傷ひとつしてないんだ。それより早く荷物をはこべ」

と、おうへいな態度で言った。

馬車屋とホールの手で、荷物は男の部屋にはこびこまれた。

男はすぐさま荷物をほどきにかかった。じれったそうに、間につめた麦わらをほうりだし、中のガラスびんをひとつずつ、だいじそうにとりだした。どのびんにも液体や粉末がつまっている。

男は、おびただしい数のガラスびんをとりだすと、こんどは試験管をとりだした。

つぎに、はかり、そのつぎは、えたいのしれぬ機械だった。

「やれやれ、これですっかりとりだしたぞ。ぶじに荷物がとどいてなによりだ。うすのろの馬車屋め、おれのだいじな荷物をだいなしにしないかと、はらはらしたよ」

男は、ほっとしたようにつぶやき、麦わらや空籠、空箱で、すっかり部屋が汚れてしまったのも、気かつかぬようだった。

「さあ、さっそく、とりかかろう」

男は、息をつくひまもなく、窓のちかくに機械をならべ、実験にとりかかった。

いつのまにやら、暖炉の火はきえ、底びえのする寒さがしんしんとせまっていた。

しかし、男は暖炉の火が消えたことなど、これっぽっちも気にしていなかった。

試験管をならべ、毒薬とかかれた茶色のびんをとりあげると、試験管の中に、たらたらと、三、四滴の液をたらしこんだ。

こんどは、それを火にかけ、また、ほかの薬品のふたをとった。

男は、ながい間、こうしてなにもかもわすれ、ただ実験にねっちゅうしていた。

時はすぎ、いつのまにか、昼がきていた。ドアをたたく、かるい音がひびいた。

男はすこしも気づかない。おかみさんが、昼の食事をはこんできたのだった。

ドアをたたく音は、しばらくつづいていた。男は、むちゅうで試験管をふっていた。

たまりかねたおかみさんは、とうとう、だまってはいってきた。

「まあ! これは……」

ひと足ふみこんだおかみさんは、たちまちしかめっ面になって、ふきげんな声をはりあげた。

部屋がだいなしになっている。わらくずがちらかり、古トランクがなげだされ、空籠がほうりだされてある。

おかみさんはいきなり、腹だちまぎれに、テーブルの上の麦わらを手荒くほうりだした。

がしゃんと、食事の皿をその上に、音をたててなげだした。

男は、はじめて、「おやっ?」と、いうように顔をあげた。

「お食事をもってまいりましたわ」

おかみさんは男をにらんで、つっけんどんに言った。

男はへんじもせず、うつむいたままで、テーブルの上においてある眼鏡を大いそぎでとりあげてかけると、やっと、ゆっくりとおかみさんのほうにむきなおった。

男の動作はすばやかった。しかしおかみさんは、その間に目玉がぬけ落ちて、ぽかりと二つの深い穴があいているような男の顔に気づいていた。が、なにくわぬ顔でつっ立っていた。男はいたけだかに、

「この部屋に用があったら、ノックをしてからはいってもらいたいね」

「ノックはいたしましたわ。なんどもなんども。でも、だんなさまが、お気づきにならなかったんですよ」

「それはしたかもしれんさ。しかしだね。この実験は一分もはやく完成させなくてはならんのだ。じゃまがはいるとひどくめいわくするんだ。ドアがあく音がするだけでも気がちってこまる。いちど言ったことは、かならず守ってもらいたいね」

おかみさんはぷんぷんして、

「わかりました。それでしたら、お部屋に鍵をおかけになったらいかがですか?」

「なるほど、そうだったな。では、これからは鍵をかけることにしよう」

男は、落ちつきはらってこたえた。おかみさんはなおさらいまいましそうに、

「よろしかったら、この麦わらを片づけましょうか? ひどくよごれて……」

男はぎろりとおかみさんをにらみ、きっぱりと、

「ふれんでもらいたいね。この麦わらであなたにひどくめいわくがかかるというのなら、その分だけ金をとってくれたまえ。えんりょなしに勘定書につけておいてくれればいいよ」

これを聞くと、いままでぷりぷり腹をたてていたおかみさんが、急にねこなで声で、

「それはおそれいります。どのくらいお掃除代をいただけましょうか?」

「一シリングでいいだろう?」

「けっこうですわ」

「では一シリングとつけておきなさい。勘定をするときにいっしょに払うから」

「ありがとうございます。ではどうぞ、お食事をなさってくださいませ」

おかみさんは礼をいい、テーブルかけをひろげて、食事のしたくをととのえ、逃げるように部屋をでていった。台所へもどりながら、

「なんておかしな人だろう。でも、掃除代が一シリングならわるくないわ」

と、つぶやいた。

Chapter 6 of 34
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