Chapter 1 of 31

まぼろしの豹

東京都内に、『まぼろしの豹』があらわれるという、うわさがひろがっていました。

ある月の美しい晩、ひとりの中学生が、お友だちのうちからの帰り道に、大きな西洋館の前にさしかかりました。

さびしい町ですから、まだ九時ごろなのに、まったく人通りがありません。空には、満月にちかい月が、こうこうとかがやいています。ひくいコンクリートの塀をへだてて、西洋館の屋根が、月の光をうけて、まっ白に光っているのが見えます。

その屋根の上を、一ぴきの大きなネコが、のそのそと歩いていました。

「オヤッ、なんて、でっかいネコだろう。」

中学生はびっくりして、立ちどまりました。

そいつは屋根の上を、だんだん、こちらへ歩いてきます。ふつうのネコの十倍もあるほど大きいのです。そしてふしぎなことには、全身が金でできているように、ピカピカ光っているのです。その金色のからだに、黒い斑紋が、いっぱいならんでいます。

「アッ、ネコじゃない。豹だッ!」

中学生は、からだがしびれたようになって、逃げだすこともできなくなってしまいました。

それにしても、なんという美しさでしょう。金色の豹は月の光をうけて、キラキラと、後光がさしているようです。

屋根のはしまで歩いてきたとき、青く光る二つの目が、じっと、こちらを見つめました。

中学生は、あまりの恐ろしさに、もう息もできないほどです。

豹が、東京の町の中の、屋根の上をはっているなんて、夢にも考えられないことです。そのうえこいつは黄色でなく、金色に光っているのです。月の光のせいではありません。たしかに金色なのです。黄金の豹です。お化けの豹です。

そのとき、西洋館の屋根のはしから、スーッと金色の虹がたちました。豹が庭へ飛びおりたのです。

それはコンクリート塀の中なので、しばらくは、ようすがわかりませんでしたが、やがて、すかしもようの門の、鉄の扉のむこうに、キラキラ光るものがあらわれました。

アッと思うまに、その金色の怪物は、門の扉をのりこして、のそのそと、こちらへやってくるではありませんか。

「ワアッ……。」

中学生は、恐ろしい悲鳴をあげて、そこへたおれてしまいました。今にも豹がとびかかってくるだろう。そして、胸の上に前足をかけて、あんぐりと、かみついてくるだろうと、もう、生きたここちもありません。

しかし豹は、たおれている中学生には見むきもせず、その横を通りすぎて、むこうの町かどへ消えてしまいました。

ちょうどそのとき、はんたいの方から、あわただしい靴音がして、ひとりの警官がかけつけてきました。さっきの中学生の叫び声を聞きつけたからです。

「どうしたんだ。しっかりしたまえ。」

警官は中学生をだきおこして、わけをたずねました。

「豹です! 大きな豹が、いま、あっちへ……。」

中学生は、ふるえる手で、むこうの町かどを指さしました。

「なんだって? きみは夢でも見たのか……こんなところに豹なんかいるもんか。」

「いいえ、ほんとうです。しかも、金色のふしぎな豹です。あの角をまがりました。まだ、そのへんを歩いているにちがいないのです。」

「よし、そんなら、ぼくがたしかめてくる。そんなばかなことがあるもんか。」

警官はそういいすてて、町かどへ走っていきました。

角をまがると、むこうから、ひとりの人間が歩いてきました。月の光で、よく見えます。それは白いひげを、胸までたらしたおじいさんでした。ひどくはでな、こうしじまの背広をきて、ステッキをついています。

「おじいさん、今ここを、大きな動物が通らなかったかね。犬やネコじゃない、もっと大きなやつだ。金色に光ったやつだ。」

警官がたずねますと、おじいさんは、きょとんとした顔で、

「うんにゃ、なにも通らなかったよ。ネコの子一ぴき通らなかったよ。」

と答えて、ニヤニヤと笑いました。

中学生が見た黄金の豹は、それっきりゆくえ不明になったのです。あくる日になっても、どこからも豹はあらわれてきませんでした。

あの中学生は、きっと、夢かまぼろしでも見たんだろうということになってしまいました。

「うそじゃないよ。ぼくは、たしかに見たんだよ、ネコの十倍もある金色の豹だったよ。」

中学生が、いくら、ほんとうのことを話しても、だれも、とりあってくれませんでした。

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