Chapter 1 of 31

のぞきカラクリ

明智探偵の少年助手、小林芳雄君は、ある夕方、先生のおつかいに出た帰り道、麹町の探偵事務所のちかくの、さびしい町を歩いていました。

麹町には、いまでも焼けあとの、ひろい原っぱがのこっています。かたがわは、草のはえしげった原っぱ、かたがわは、百メートルもつづく長いコンクリートべい。もう、うすぐらくなったその町には、まったく人どおりがありません。気味がわるいほど、しずまりかえっています。

ヒョイと、コンクリートべいのかどをまがると、そこに、みょうなものがありました。車の上に、四角い、大きな箱のようなものがのせてあって、その箱のまえがわに、三センチほどの、小さな丸い穴がよこに五つならんでいるのです。そして、その車のそばに、ひとりの白ひげのじいさんが、立っていました。

頭も白く、口ひげも白く、そのうえ、ながいあごひげが胸までたれ、しわくちゃの顔に、昔はやった、小さな玉のめがねをかけ、そのおくに、ゾウのようなほそい目がひかっています。着ているのは、三十年もまえにつくったような、古いかたの、はでなこうしじまの洋服で、それに、でっかいドタぐつをはいて、腰のうしろで両手をくみ、ニヤニヤ笑いながら立っているのです。

人どおりもない、こんなさびしい町かどで、なにをしているのだろうと、小林君は、おもわず立ちどまって、そのみょうなじいさんの顔をながめました。

「ハハハ……、おいでなすったね。わしは、さっきから、きみのくるのを待っていたんだよ。」

じいさんは、歯のぬけた口を大きくひらいて、顔じゅうを、しわだらけにして笑いました。

「ぼくを、待ってたって? 人ちがいじゃありませんか。ぼくは、おじいさんを見たことがありませんよ。」

小林君が、びっくりして、いいますと、じいさんは、まじめな顔になって、

「いや、人ちがいじゃない。きみに見せたいものがあるんだ。この箱は、なんだか知っているかね……。知るまい。いまから三十年も四十年もまえの子どもたちが、よろこんで見たものだ。のぞきカラクリといってね。まあ、いまの紙しばいみたいなものだが、ほら、そこに、丸い穴があいているだろう。その穴から、のぞくのだ。そうすると、おもしろいけしきが見える。穴にはレンズがはめてあるから、なかのけしきが、まるで、ほんとうのけしきのように、大きく見えるのだよ。さあ、のぞいてごらん。」

小林君は、昔のぞきカラクリというものがあったことを、きいていました。これが、それなのかとおもうと、ちょっと、のぞいてみたいような気もするのです。そこで、おもいきって、五つならんでいる丸い穴のひとつに、目をあててのぞいてみました。

小林君は、あっとおどろきました。じいさんがいったとおり、レンズのはたらきで、箱の中には、まるで、ほんとうのけしきのように、ひろびろとした、山や森がひろがっていたからです。

飛行機にのって、大きな山を、上のほうから、ながめているようなけしきでした。たぶん、オモチャの木なのでしょう。それが何百本も森のようにかたまっていて、ほんとうの深山を見ているようです。

そのふかい森の中に、黒いたてものが立っています。西洋のお城のような、まるい塔のあるたてものです。それが、ぜんぶ鉄でできているように、まっ黒なのです。そのお城も、紙か、うすい鉄板でつくった、オモチャなのでしょうが、レンズのかげんで、まるで、ほんとうのお城のように見えるのです。

「よく見なさい。きみはいま、日本のどこかにある山の中を、のぞいているんだよ。鉄の城が見えるだろう。これも、ほんとうに、その山の中にあるのだ。ほーら、どうだね。ふしぎなことが、おこってきただろう。」

じいさんが、しわがれ声で、そんなことをつぶやきました。すると、のぞきカラクリのお城に、ギョッとするような異変がおこったのです。

お城のまるい塔の上に、なにかがモゾモゾと動いているのが見えました。それが、塔のふちをのりこえて、塔の壁をジリジリとはいおりてくるのです。

それは、おそろしくでっかい、一ぴきの黒いカブトムシでした。塔の窓の大きさにくらべると、そのカブトムシは、人間ほどもあります。

人間ぐらいの大きさのカブトムシが、塔をはいおりてくるのです。頭のてっぺんから、一本の黒い大きなツノが、ニューッと、つきだしています。小林君は、それを見て、西洋の怪談にでてくる、一角獣という怪物をおもいだしました。大きさといい、形のおそろしさといい、カブトムシというよりも、一角獣の怪物といったほうが、ふさわしいのです。

この巨大なおばけカブトムシは、やがて塔をはいおりると、森の中を、だんだん、こちらへ近づいてきました。すると、森のしげみの中から、ヒョイと、とびだしたものがあります。一ぴきのシカです。怪物を見て、にげだしたのです。そのシカが、カブトムシより小さく見えたのですから、怪物の大きさがわかるでしょう。

カブトムシは、シカの姿を見ると、いきなり、おそろしいかっこうで、とびかかりました。まるで大グモが、巣にかかったハエに、とびかかるような、ものすごいいきおいでした。シカは、カブトムシのがんじょうな前足に、おさえつけられて、そこへ、よこだおしになってしまいました。おそろしさに、身うごきもできないで、死んだようになっています。

シカが動かなくなったのを見ると、怪物カブトムシは、ひと足あとにさがって、あの大きなツノを、グッと下にむけて、シカのよこばらめがけて、パッとつきかかっていくのでした。

小林君は、のぞき穴から、目をはなしました。おそろしくて、見ていられなかったのです。目をはなして、あたりを見ると、そこは、もとの夕ぐれの町でした。原っぱがあり、コンクリートべいがあり、のぞきカラクリの箱をのせた車、白ひげのじいさん。ああ、よかった。いまのは、ほんとうのけしきではなかったのだと、胸をなでおろしました。まるで、こわい夢を見たあとのような気持です。

まさか、この箱の中に、あんな山や森があるはずはありません。みんなオモチャのつくりものです。カブトムシもシカも、オモチャで、かんたんな機械じかけで、動いていたのでしょう。それが、レンズのかげんで、いかにも、ほんとうのように見えたのです。

「ハハハ……、どうだね。おもしろかったかね。」

白ひげのじいさんは、小林君の顔を見つめて笑いました。そして、ふしぎなことをいうのでした。

「いまのけしきを、よくおぼえておくんだよ。これは、のぞきカラクリだが、ほんとうに、こういう山や森があるんだ。黒いお城も、あのでっかいカブトムシもね。……きみは、いまに、きっと、おもいあたるときがある。やがてこの世に、おそろしいことが、おこるのだ。ウフフフ……、それじゃ、小林君アバよ。」

じいさんは、そういいすてて、車のハンドルをにぎると、そのまま、むこうへ、遠ざかっていき、やがて町かどをまがって見えなくなってしまいました。ふしぎなことに、のぞきカラクリをのせた車は、すこしも音をたてませんでした。そして、じいさんと車とは、まるで、夕もやのなかへ、とけこんでいくように感じられたのです。

小林少年は、ぼうぜんとして、もとの場所に、つっ立っていました。なにかキツネにばかされたような気持です。いまのは、ほんとうのできごとだったのでしょうか。それとも、まぼろしでも見たのでしょうか。

小林君は、なんだか、背中のへんが寒くなって、ブルッと身ぶるいしました。夕やみは、いよいよ深くなって、まわりから、ヒシヒシと、夜がせまってくるのが感じられるのでした。

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