〔勉強と身体の健康〕
いま学長の健康論があった。あれには大いに敬服した。我輩は比較的健康な方である。どうも西洋人は健康だが日本人は意気地がないようである。しかし我輩個人としては西洋人には負けぬ。西洋から種々なお爺さんが訪ねて来るが、その人々はなかなか強い。身体が強い。脳力も強い。想像力も思考力も記憶力も強いが、我輩はこれらのお爺さんたちに較べてみてさまで遜色がない。
抑々日本人は弱いのであるかというとそうではない。これはみずから怠って弱くなるのである。気象が乏しい、競争心が少ない。世人はある意味からして、かくの如き人を善良なる人という。善良なる人というと大いに宜しいようでもあるが、実はその人々は競争心を失っているのである。かくの如き善良人ならば、それは国家に有害なものである。ところが競争心が強いと時々競争が極点に達して、心得違いにも喧嘩をしたり殴り合いをする。これは褒めたことではないが、しかしながらそれぐらいの気象がなければならぬ。国際間の道徳の如きはなお甚だ幼稚である。向うから喧嘩を吹掛けて来れば止むを得ずこれに応じなければならぬ。ところがどうかするといわゆる善良なる人は更に抵抗しない。抵抗力を貯えておって、そうして抵抗しないと言うならばとにかくであるが、実はそれは嘘であって、抵抗力がなくなっているからしてそんなことを言うのだ。宗教家などにはそういう嘘を吐く人が往々ある。これは空念仏といって我輩の取らざるところのものである。
何としても競争は必要だ。敵が圧迫して来れば何時でも相手になる。こっちから喧嘩を吹掛けるのは宜しくないが、吹掛けて来れば相手になる。偉大漢でも相手にする。意を決すれば偉大漢にでも飛掛って咽喉口へでも喰い付く。決して負けることはない。こういう気象が国を盛んにする。こういう気象があって学問も本当に出来る。諸君の勉強するゆえんは何だ。畢竟競争だ。人に負けぬようにやろうというに在るのだ。我輩も今日まで競争を継続して来た。競争が盛んだと俗人は野心があるとか、覇気があるとかいう。何のことだ。我輩は死ぬまで覇気を失わない。野心がなくなった時は死ぬのだ。そこで一生自己の力のあらん限り勉強を続けて行かなければならぬ。勉強を続けて行くと初めは一向出来ないものも大器晩成で進んで行くのである。我輩はなんだか段々進むようだ。昨年の大隈より今年の大隈の方が物識りになっている。然らば来年はまた一層物識りになるであろう。全体学問というものは一生涯の事業である。
そこでそれをなすには学長の御話の如く、身体が弱くてはいかぬ。弱い身体は自己の独立を保つことが出来ぬのみならず、家族の厄介になる。国の厄介になる。そういう者の多い社会は発達しない。そういう社会は必ず衰える。そういう国家はあるいは亡びる。それで何でも自然に備えた本能的の力を強壮にする。この力を鍛え上げるのが体育である。体育は知識を得るより難い。先生の講義を聴いて書物を読むと、ある程度まで知識は得られる。然るに体育はそうはいかぬ、田中〔穂積〕先生のご議論はまだ拝聴しないが議論はそう六ヶしくはない。ないが実際完全に人間の身体を鍛えるということはよほど六ヶしい。これは知識を得るよりよほど難い。その難きを忍んで常に鍛錬しなければならぬ。鍛錬をしない人間は駄目だ。人間は元来動物で、野性を具えているものである。家の内にいることを少なくして外を駆ける、野外に出て勉強をする、始終大気に触れる。そうすると非常に健康を増進する。皮膚が強壮になると風邪を引くとかその他外部の圧迫に冒されることが少なくなる。そこでなるべく野外の生活をやる。野外の運動をやらなければならぬ。
国民兵などと力瘤を入れるけれども、必ずしも兵営生活をするものが国民兵という訳ではない。国民が身体を丈夫にして、どういう困難にも勝つ、どういう寒暑にも堪えるように身体を鍛錬してさえいるならば、何時でも事変が起れば皆兵になれる。これが真の国民兵である。その証拠には英人をご覧なさい。英国は今度の大戦の始まる時には三十万の兵をもっておったが、四年の後には八百五十万の兵を戦場へ出すまでになった。これは国民が平生身体を鍛錬しているからである。英国では老人でも子供でも皆野外の運動を盛んにやる。これは世界に冠たるものである。この点になると亜米利加は英国に及ばない。況んや大陸になるとずっと落ちる。独逸人は全国兵などと言って威張っておったが、事実は自ら進んで兵になるものは甚だ乏しく、皆強制して兵にするより外なかった。要するに身体が悪いからである。あまり野外の生活を好まない。ところが英人は皆野外の生活を喜ぶ。それがほとんど国風をなしている。そこで健康を保つ。これほど大なる社会の力はない。
また個人としても健康ほど必要なものはない。健康さえ宜ければまずい物を食べてもうまい。しかしまずい物ばかり沢山食うのは宜しくない。まずい物ばかり食っていると、好い智慧も出ぬようになる。皮膚の光沢も悪くなる。なんだか機械に油が欠けたようになる。少しは脂肪分も摂取しなければならぬ。そう年中牛肉ばかり食わぬでも宜い。豚でも構わぬ。時々油を注ぎさえすれば宜い。それも多く食う必要はない。大抵は水でも飲んで裸足になって外を駆廻るのが一番だ。我輩は実は長寿法の研究者である。その研究の開山である。非常に欲張った爺さんで百二十までも三十までも生きようとしているのである。この欲望は個人的の欲望から出ているのではない。国家を益々盛んにし、世界の競争場裡に優等の地位を占めようという大なる欲望から出ているのである。かくの如き大なる欲望は健康な身体でなければ到底遂げられない。
この健康を保つということについては種々な方法がある。近来はこれが頗る進歩した。すべての筋肉を動かすところの体操の如きも大いに進歩している。大いに研究されている。ところが少し本を読む人は体操を軽蔑する。あれは甚だ宜しくない。なんでも一日の中に一時間か二時間は無邪気に盛んに運動するが宜い。その方が勉強しても早く理解する。矢鱈に本を見てもどうかすると理解が出来ぬ。これは懶惰な勉強をしない人の口実にするところであるが、しかしその中にも一分の真理はある。身体さえ強くなっておれば読んだものを直ぐ消化する、直ぐ理解する。そうして記憶力が盛んになる。かくの如き勉強法は何時までも継続する。弱い身体の付け元気は永持がしない。この学校に於て体育を奨励するその方法は今研究中で、早晩これを発表されるということを聞いて大いに我が意を得たるものであると喜びに堪えぬ。
ここに私は反復して御話しをする。どうしても数が多いと合理的に規律的に組織的に事を行わなければならぬ。家などはどうでも宜かりそうなものだが、実際家も要る。大きな講堂も要るのである。我輩でも大きな講堂で五千人六千人集った所で時々御話ししてみたいと思う。これは諸君の力に俟つこと大なりと思う。英気勃々たる諸君の顔色に触れてみると、そういう勇気を持って居るのに相違ないと確く信ずる。今日は諸君が勉強をするところの始めの日である。言換えれば勇者が剣を提げて敵に向って出陣する日である。どうぞ中途にして挫折することなく、十分健康を保って勉強せんことを希望する。
●図書カード