Chapter 1 of 22
一 昭和十九年八月十九日着信
(東京都品川区大井出石町五〇五二 折口信夫先生(はがき)千葉県木更津郵便局気付 膽七八三八部隊玉井隊 藤井春洋)やつと第一報の機会を得ましたが、近況申しあげる訣にもまゐりません。たゞ健やかにゐることのみをお喜び願ひます。すつかり冴えきつた月星の空に向つて、この頃しきりに大森の様子が回想されることです。こちらは、永原鉦斎翁の志を継いでと思つても、たゞ名に負ふのみで、方違ひ、そんな風流も由縁もないことです。戦局のいよ/\迫つて参るにつけて、帝都の御生活の日に/\あわたゞしさを加へて居られることが思はれます。私なども、兵の上を思ひ自己を省てさし迫つた思ひに至ることが、日に幾度かございます。利子さん民子さん共によく御世話下さつてゐることゝ思つて、せめてもの心安らぎを得てゐます。どうぞよろしく申し伝へて下さい。鈴木さんはまだ満洲のことゝ思ひます。杏伯さん石川さん等にもよろしく申しあげて下さい。足一つあがりの宮もかくこそありけめ、と思ふ日ごろでございます。少しづゝ万葉も楽める心になつて来ましたので、歌も作りたいと思ひます。返信不用