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雪をんな
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雪をんな
葛西善蔵
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 3

二

その時から七年經つてゐた。私はいろ/\な勞働や行商などをして、雪の多い寒い北の島國を、涯から涯へと彷徨ひ歩いた。私はすつかり放浪に慣らされてゐた。私は家のことも彼女のことも想はない。胸には何物とも知れぬ想ひが潛んでゐて、何處までも/\とさうした生活を追はしむるのであつた。

その七年目の一月である。私はこの島での都の安宿にくすぼつてゐた。私にはぢつとして暖かい春を待つだけの貯へが無かつた。またこの島から更に北の涯なる島へ渡るには、時期を失つてゐた。で私は丁度、沙金掘人夫の收入の多いと云ふ話に釣られて行つて見たのだが、身を切らるゝやうな凍つた河水に堪へ兼ねて、都へと舞ひ戻つた處であつた。

が、折よく、私はその安宿で、山の親方に見出された。その山と云ふのは鐵道の枕木伐採の山であつた。

幾度も/\乘り替へして、汽車は石炭の出る山の又山の奧の町で行止つた。そしてそこから更に六里程も山奧へ這入るのであつた。

大きな苫小屋が三棟並んで立つてゐた。小屋の中を棟なりに一間幅の土間が通つて、それが幾つかの圍爐裡を造つてゐた。兩側の莚を敷いた板の間には、何十人かの寢道具が晝間はそつくり後ろに卷かれてある。夜は大きな樹の株を燃やしながら、兩側から土間を挾んで枕を並べて寢るのであつた。

『三月いつぱいの辛抱だよ。俺もこの山だけで、斯んな荒い商賣は廢しだ。三月の末には都へ出られる。さうしたらあの近傍へ農園でも買つて呑氣に暮すことだ。それまでの辛抱だからな。』

赤毛布の筒袖を着た巖丈な體格の、眞黒い髯のもぢや/\と生へた、赭ら顏の鼻の太い氣の好い親方は、斯う云つて帳場を任してゐた私を止めて呉れたのだが、私の心は云ふことを聽かなかつた。

私は何かしら家が戀しくなつたのだ。棄てゝ來た妻が戀しく思はれたのだ。まだ見ぬ子供が戀しく思はれたのだ。そして私には、それ以來全く彼女等の消息を聞くことはなかつたが、彼女はまだ屹度私等の子を守り育てゝ、ひとり淋しく暮して居るであらうと言ふ氣は離れなかつたのであつた。

冷めたく、眞白く、死のやうに沈默した山々の谷底から、私は夜更けの氷のやうに冴えた月を仰いで、自分に云ふのだ。

『然うだ! 歸るべき時だ、歸らねばならぬ時が來たのだ……』と。

Chapter 2 of 3
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