Chapter 3 of 3
三
『では、お前は雪をんなをほんたうに見たのか?』
いゝや、見ない……
『では見たのではないのか?』
いゝや見たのだ。雪をんなは大吹雪の夜に天から降つたのである。そして、
『どうぞ御願ひで御座います。一寸の間この子を抱いてやつて下さい。』
雪をんなは斯う云つたのであつた。……
私は親方に別れを告げて、午後の二時頃から、六里の路を炭山の町へと越した。そして途中から大吹雪に襲はれ、町の手前二里ばかしの峠へ來かゝつた時には、もう十時を過ぎてゐた。積つた雪は股を埋めた。吹雪は闇を怒り、吼へ、狂つた。そしてまたげら/\と笑つた。
『どうぞ御願ひで御座います。一寸の間この兒を抱いて遣つて下さい。』
この時この世ならぬ美しさの、眞白な姿の雪をんなは、細い聲して斯う云つて自分に取縋つた。私は吹雪の中を轉げつた。が、終に雪をんなの願ひを容れてやらなかつたのであつた。
その時からまた、又の七年目がり來ようとして居る。私には最早、歸るべき家も妻も子もないのである。さうして私は尚この上に永久に、この寒い雪の多い北の島國を、當もなく、涯から涯へと彷徨ひ歩かねばならぬのであつた。
――大正三年一月――
●図書カード