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死刑
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死刑
上司小剣
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 7

三

玄竹は病家廻りの忙しい時間を割いて、日の暮れるまで、但馬守の相手をしてゐた。酒肴が出て、酒の不調法な玄竹も、無理から相手をさせられた盃の二つばかりに、ほんのりと顏を染めてゐた。一合ほどを量とした但馬守は、珍らしく二三度も銚子を代へたが、一向に醉ふといふことを知らなかつた。飮めば飮むほど顏色の蒼ざめて行くのが、燭臺の火のさら/\する中に、凄いやうな感じを玄竹に與へた。

玄竹は今日の奉行役宅が、いつもよりは更に靜かで、寂しいのに氣が付いた。夜に入るとともに、靜寂の度が加はつて川中の古寺の書院にでも居るやうな心持ちになつた。いつも氣に入りの玄竹が來ると、但馬守は大抵差し向ひで話をして障子には、大きな、『××の金槌』と下世話に惡評される武士髷と、固い頭とが映るだけで、給仕はお氣に入りの紀が一人で引受けて辨ずるのであるが、それにしても、今宵は何んだか寂し過ぎて、百物語の夜といふやうな氣がしてならなかつた。

『玄竹、其方に逢つたのは、いつが初對面だツたかなう。』と、但馬守は空の盃を玄竹の前に突き出して、銚子の口を受けながら言つた。お氣に入りの紀さへ席を遠ざけられて、何かしら込み入つた話のありさうなのを、玄竹は氣がかりに思ひつゝ、落ち着かぬ腰を無理から落ち着けて、天王寺屋、米屋、千種屋と出入りの大町人に揃ひも揃つて出來た病人のことを、さま/″\に考へてゐた。

『御勤役間もない頃のことでござりました。岡部樣の一件から、しようもないことが、殿樣のお氣に召しまして。‥‥』と、玄竹は圓い頭を振り/\言つた。さうして物覺えのよい但馬守がまだ半年にもならぬことを、むざ/\忘れてしまはうとは思はれないので、何か理由があつてこんなことを問ふのであらうと、玄竹は心で頷いた。

『あゝア、さうだつたなア。美濃守殿のことから、其方の潔白を聞いて、ひどく感心したのだつたな。全く其方は此の卑劣な、強慾な、恥知らずの人間ばかり多い土地で、珍らしい潔白な高尚な人間だ。余は面前で其の人間を譽めるのを好まんが、今夜は許してくれ。』と、但馬守はまた盃を上げた。

『黒い物ばかりの中では、鼠色も白く見えまするもので。‥‥』と、玄竹は得意氣に言つた。

『しかし、美濃守殿も、不慮のことでなう。江戸表參覲の出がけに、乘り物の中で頓死するといふのは椿事中の椿事だ。』と、但馬守の言葉は、死といふことになると、語氣が強く且つ沈痛の響きを帶びた。

『あの時は愚老も不審に思ひました。岸和田藩のお武士が夜分内々で見えまして、主人美濃守急病で惱んでゐるによつて診てくれとのお話。これから直ぐお見舞申さうと申しますと、いや明日でよい、當方から迎へをよこすと、辻褄の合はぬことを言うて、さツさと歸つて行かれるのでござります。翌る日も漸う巳の下刻になつて、ちやんと共揃ひをした武士が改めて愚老を迎へに見えましたが、美濃守樣はもう前の日の八つ頃に御臨終でござりまして。‥‥』と、玄竹は天下の一大事を語るやうに、聲を密めて言つた。

『この土地で病み患ひをしたのは、其方の見立て書きがないと、江戸表へ通らないことは、かねがね聞いてゐた。其の特權を利用して、其の方は不當の袖の下を取るのだらうと、實は當地へ勤役の初めに睨んでおいた。ところが美濃守殿の一件で、言はゞ五萬三千石の家が立つか潰れるかを、其方の掌に握つたも同樣、どんな言ひがかりでも付けられるところだと、内々で注意してゐると、潔白の其方は、ほんの僅かな藥禮を受けて、見立て書きを認めたと聞き、實に感心したのだ。』と、但馬守は今もなほ感心をつゞけてゐるといふ風であつた。

『醫道の表から申しますれば、死んだものを生きてゐるとして、白々しい見立て書きで、上を僞るのは、重い罪に當りませうが、これもまア、五萬三千石の一家中を助けると思うていたしました。』と、玄竹はまた得意氣な顏をした。

『天下の役人が、皆其方のやうに潔白だと、何も言ふことがないのだが。‥‥』と、但馬守は、感慨に堪へぬといふ樣子をした。

『しようもないことが、お氣に召したとは存じて居りましたが、しかし殿樣にあの時のことをすツかり愚老の口から申し上げますのは、今日が初めでござります。』

『余も其方の面前で、この事を譽めるのは、今夜が初めだ。其方とは何かにつけて、氣が合ふなう。』

『愚老も殿樣が守口で、與力衆の膽玉をお取り拉ぎになつたことを、今もつて小氣味よく存じて居ります。』

話がよく合ふので二人は夜の更けるのを忘れて語りつゞけた。

Chapter 3 of 7
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