Chapter 1 of 6

一ノ一

昭和農産工業社の社長室。

アカハラ、考へ込みながら登場。室内をぶらぶら歩きまはる。

アカハラ  すべてやり方を変へなけれやならん。政治も教育も、今までは、まるであべこべのことをやつてゐたやうなもんだ。商売もその通り、目前の利益ばかり考へて、いつたい何ができる? しかし、問題は、損をして得をとる機会がいつ来るかといふことだ。損はこつち、得は向うではなんにもならん。昭和農工創立二十年、おれも来年は五十九だ。便々として靴のかゝとを擦りへらしてゐる年ぢやない。市会議員当選の夢もいまだに夢のまゝ残つてはゐるが、郷土産業発展の捨て石になる覚悟をきめた以上、名をとるか、実をとるか、こゝが思案のしどころだ。名実相伴ふ行動が無理とあれば、平凡ながら名を後に、実を先にといかうか? いやいや、それでは旧態依然、なんの変りばえもない。さて、社内の刷新といふことだが、手をつけるとすれば、まづ、人員整理といふことになる。人間の屑ばかりよくも集めたもんだ。製産コストは上る。販売ルートは塞がる。事務能率はめちやめちやに下る。これでいつたい赤字の出ないわけがあるか? そこへもつて来て、交際費の膨脹と来てゐる。今後は絶対に卑屈な取引はやめだ。お茶いつぱいで商談といかう。事務所でお茶をいちいち出す必要はないといふ、さる方面の意見はなるほど尤も千万だ。おうい、製作部長、営業部長、ちよつと来たまへ。

ノロミとナベタ登場。

アカハラ  だいたいにおいて、君たちは、椎茸菌といふものを、生きものとして取扱ふ観念が足らんよ。生きものの特色はどこにあると思ふかね? ナベタ君!ナベタ  栄養が必要だといふことでせうか?アカハラ  そんなこと当り前だ。自然に繁殖するといふことだ。ひとりでに殖ゑるこつたよ。いゝかね。それがひとつ。ナベタ  はあ。アカハラ  もうひとつは? ノロミ君!ノロミ  さうですなあ、なにかに感じるといふことも、ひとつございますネ。アカハラ  そんなことぢやない。死んだらおしまひだつていふことだ。いゝかね、殺したら元も子も無くなるんだよ。ノロミ  それはその通りで……。アカハラ  だからさう言つてるんだ。君たちは、なんにもわかつてないぢやないか。え、さうだらう? 椎茸菌は、なんのために培養するんだい。培養された菌糸は、どういふ状態におき、発送にどういふ注意が必要かといふことは、社内全体のものが心得てゐなければならん初歩の知識だよ。わが社専売のクサビ式はだ。かのオガクズ式なんかより、その点、取扱が百倍も楽なんだ。そして、その結果はどうだ? 君たちも聞いてゐるとほり、ホダ木へ植ゑこんでからの菌の廻りがオガクズ式よりも遅いといふ苦情がちらほら出てゐる。毎々言ふことだが、製作部は菌種の改良に、いつたい全力をあげてゐるのかい。ナベタ  社長、お言葉はよくわかりますが、なにしろ、どうも、……現在の工場施設と研究費の予算では……。アカハラ  なにを言ふのかね、君は? 金さへかければいゝものが出来るといふのか? え? すると、おんなじ俸給で、君よりましな人間が来ないとでも思つてるのかね。ノロミ  それはたしかに、金の問題ぢやないと思ひますが、しかし、社長、最もこの事業の難関といひますのは、この地方の農民の姑息因循な風習です。椎茸は山のなかに自然に生えるもので、それだけ手をかけ、費用をかけて、結局、いくらにもならんのぢやないか、と、まあ、尻込みをしてゐる有様です。オガクズ式がわりにひろまつたといふのは、あれは、土地土地の有力者を直接つかまへるといふ手を最初に打つたからだと思ひます。ですから、大量に、一万本二万本といふ注文が、個人名義で来てゐるさうです。アカハラ  待ちたまへ。だから、そこをこつちは逆にだ、一般農家の副業としてさ、小規模の、誰にでもできる小遣取りを兼ねた楽しみといふ立前で押さうとしてるんだ。むろん、これまでの大口は逃がしちやならん。だが、新しく開拓すべき方面は、なんといつても、農民大衆さ。本県の農家を六万七千戸と押へて、君、一戸当り毎年百本の売込みに成功してみたまへ。ノロミ  それや、厖大な数字です。アカハラ  さうさ、それみたまへ。君のやうに、茶ばかり注がして鼻毛を抜いてるんぢや、どうにもならんよ。ノロミ  いや、鼻毛はとにかくとして、社長もそのへんのところは考へていたゞかんと困ります。県会議員も、農務省の課長も、それや結構です。しかし、本社の事業に関係のまつたくない方面への諒解運動に、万といふ饗応費は……。アカハラ  黙りなさい。社の高等政策は、一使用人である君の容喙すべき範囲ではない。

取次ぎの若い男がはいつて来る。

取次の男  社長、ご面会の方がみえてゐます。(名刺を差出す)アカハラ  なんだ、聞いたことのない名前だな。なんの用か聞いてみたか。取次の男  はあ、椎茸栽培事業のことで、是非社長のご意見を伺ひたいと申されるんです。アカハラ  非常に多忙のところだけれども、折角だから、五分ばかりお目にかゝりますといへ。茶は出せといふまで出さんでよろしい。

取次の男去る。

ナベタ  では、すこし考へてみます。アカハラ  あゝ、考へて……。え? なにを考へるんだ?ナベタ  このまゝやつて行けるか、行けないかをです。アカハラ  うむ、そいつは、こつちで考へることだが、まあ、君の考へを先に聞かう。

ナベタと入れ達ひに、色眼鏡をかけた男が、おづおづはいつて来る。

アカハラ  さあ、どうぞ……。簡単にお話を承りませう。色眼鏡  僕はその名刺にある通り、食用茸の研究をしてゐるものですが、特に最近は、椎茸に興味をもつて、その歴史、世界に於ける分布、並に、風味の分析試験といふ風に、研究の手をひろげてみてゐるんですが、なにしろ、十分な資力がないもんですから……。アカハラ  当節は、十分な資力なんぞどこにだつてあるものか。色眼鏡  いや、僕の言ひたいのは、その資力に先だつ生活費の心配をしなければならんといふことです。そこで、僕は、かういふことを思ひついたんです。アカハラ  ちよつと……。その思ひつきを伺ふのは、あとのことにして、いつたい、現在はどういふなんで、なにしてをられるんですか?色眼鏡  現在までは、学校の教師をしたり、ある鉱山所有者の先代の伝記を書いたり……。アカハラ  よろしい。そこで、これからのお仕事と、椎茸と、どう関係があるのです? はゝあ、ご自分で栽培をやつてみようとおつしやるんですな。色眼鏡  どうしまして。そこまでの興味は、僕にはないんです。僕は、旅行はきらひぢやありませんし、多少自信があるといへば、人前で喋ることです。そこで、講演旅行といふ名目で、ひとつ、この地方を廻つてみたらと思ふんですが、さて、何を喋るか? 思想問題もやつてできないことはありません。しかし、差し当り、万人向きの、誰でも食ひつく話といへば、やつぱり個人経済にからんだ、一口にいふと儲かる話といふことになります。そこで、自分の研究も生かし、農村の再建にも役立ち、かつは、その日その日、泊る宿と食ひ扶持ぐらゐにはありつけさうな、椎茸栽培奨励の講演をして廻らうと覚悟をきめたわけです。アカハラ  なるほど。講演料は、最初にちやんときめておかれるといゝ。だが、椎茸の栽培については、書物の知識だけでは心細いが、多少経験はおありですか? オガクズ式よりクサビ式の方が、素人には扱ひよく、かつ、失敗が少いといふことぐらゐ、もちろんご承知だと思ふが……。色眼鏡  へえ、それや初耳ですが……。僕はだいたい、オガクズ式を奨めるつもりです。お宅の会社は、もちろん、両方とも取扱つておいでなんでせう?アカハラ  なに、そんなことはどつちだつてかまやしない。たゞ、わしどもの経験からするとです、どうも、オガクズは、理論倒れで、実地の成績は、クサビの足もとにも追つつきませんよ。色眼鏡  僕はあくまでも学者として、公平で純理的な話をしようと思つてゐます。参考書もいづれもつと眼を通すつもりですが、例へば、特定の椎茸菌種を、営利業者の立場で宣伝するといふやうなことはしたくないんです。それや、場合によつては、結果としてさうなることもあるかも知れませんが、意識的に、露骨に、それはやらない方がいゝと思ふんです。たゞ、ひとつ、ご相談といふのは、僕のこの仕事をですな、まつたく、輸出産業といふ国家的事業の立場から、いくぶんでも援助していたゞきたいといふことです。なに、自由に動ける旅費だけ、無条件で出していたゞけると都合がいいんです。アカハラ  大義名分、まことに明らかで、一言反対すべき理由はありませんが、それならむしろ、県当局の方へご相談になるべき筋合です。色眼鏡  どうしてもダメですか? では、もし僕が、当会社の宣伝を専ら引受け、場合によつては、菌種の販売に努力するといふ条件ならどうでせう?アカハラ  それだけの費用が出せるなら、今までにやつてゐます。それに、さういふ方法は、あまり効果がないとみてゐる。つまり椎茸をやつてみようといふ気を起すだけではなんにもならん。続けてやるといふことが肝腎です。それには、一人でも成功を目のあたり見ること、これがなによりの宣伝です。その一人を得るために、わしどもは苦労をしてゐるんだ。では、ご苦労さん。出口はこちら……。色眼鏡  お邪魔しました。しかし、いづれ、いつかは、あなたにもよろこんでいたゞける結果をお目にかけるつもりです。アカハラ  まあ、まあ、こつちのことより、そちらのことを第一にお考へなさい。

色眼鏡、退場。

ノロミ  大した代物ですな。椎茸の話で人を集めることは、農務省主催でもむづかしいさうですから……。アカハラ  学校の教師なんてものは、自分の喋ることは人が金を出して聞くものと思つとるんだよ。ノロミ  しかし、社長、わたしはちよつとさつき気になつたんですが、あの先生、こゝはダメと知つたら、東亜産業へ行つて、また同じことを言やしますまいか。向うの社長は、いくらか山気もあり、失礼ですが、うちの社長よりは、要領がいゝですからな。アカハラ  あんな風来坊は、追つ払ふ以外に要領なんぞあるものか。ノロミ  しかし、向うへ行つて、クサビ式の難点を指摘されてですよ。オガクズ式の手前味噌を並べられたら、どうなります? わたしは、よつぽど、あの場で、口を出さうかと思つたんです。社長はあつさり釘をさされたけど、あの程度ぢや心細いですよ。なぜもつと、クサビ式の動かし難い長所と、オガクズ式の理論と実際の喰ひ違ひを、具体的に、精密に、説明しておやりにならなかつたか、そこが、社長のおほまかすぎるところですよ。アカハラ  あんなヘチマの皮に何を言つたつてわかるもんか。向うへ行つたら行つたでいゝさ。オガクズ式が、いつたい、あのイタチつ屁にいくら出す? せいぜい、気前を見せて、煙草銭だ。味を覚えて、また行く。オガクズ社長、しまひに、ガンといくさ。まあみてろ、おだやかに返した方が得といふ結果になるよ。あ、忘れてゐた。女房の手術に立ち会ふ時間だ。ハイヤーを呼べ。いや、歩いた方が早い。ノロミ  えゝと、奥さんは、どちらの奥さんで?アカハラ  うるさい。椎茸に似た方だ。

両人、退場。

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