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八坂瓊之曲玉考
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八坂瓊之曲玉考
喜田貞吉
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 5 of 7

五 今のいわゆる曲玉の古称

マガタマなる古語が緒をもって綴った連珠の称であるならば、今のいわゆる曲玉なる個々の玉を古えなんと呼んだであろうか。これは確かに困難なる問題である。今試みにこれを文字について見るに、古く「勾玉」なる字がこれに当てられた例はある。『正倉院文書』天平十年「筑後国正税帳」〔(『大日本古文書』巻二)〕に、諸種の玉を買った値段を記した中に、紺玉、緑玉、丸玉、竹玉などとともに、赤勾玉漆枚直稲壱拾陸束捌把、勾縹玉壱枚直稲壱束捌把とあるものこれである。ここに竹玉とは今のいわゆる管玉のことなるべく、したがって丸玉、竹玉はその形から呼ばれ、紺玉、縹玉、緑玉はその色から呼ばれたものであるが、これらとともに列挙せられた赤勾玉、縹勾玉なるものは、その色と形とから呼ばれたもので、けだし赤色および縹色をなしたいわゆる曲玉であるには相違ない。しかしながら、それあるがゆえにその「勾玉」なる文字が、ただちにマガタマ、またはマガリタマと読まれたとは簡単に定め難い。これを傍例に徴するに、古くすでに『魏志』において倭の女王貢献物の目を録して、中に前記の「白珠五千孔」とともに、「青大勾珠二枚」の名がある。しかしてわが考古学者の間には、普通にこの青大勾珠なるものをもって、今のいわゆる曲玉の青色にして大なるものを示したものとして解せられてはいるが、余輩はこれをもって明かに誤解であると信ずるのである。これを漢字の用例からいえば、ここに勾珠とは決して今のいわゆる曲玉ではない。わが古書においてこそ、他に適当な文字を求め得なかったがために、タマの語にあつるに「玉」または「珠」の文字をもってし、その玉製なるべきものにまでも「珠」の字を用いた例はあるが、漢籍においてさる杜撰なる文字の用法があるべきはずはないのである。言うまでもなく珠はすなわち水に生ずるもので、もちろん真珠である。したがってここに白珠五千孔とあるものは、孔を穿ちて緒を通すべく加工せられた白色の真珠を示したもので、これに対して青大勾珠二枚とは、青色の勾れる大真珠の、いまだ穿孔せざるもの二顆を意味するものであるに相違ない。前引『正倉院文書』には、おそらく穿孔したはずの玉を数うるにも「枚」字を用いてはいるが、ここに白珠の場合特にこれを「孔」と数え、青大勾珠の場合これを「枚」と数えたことを思うに、この後者は明かにいまだ穿孔せざる真珠であったに相違ないのである。けだし普通の真珠貝の真珠は白色球形を常とするが、鮑貝に生ずるものは多く青色を帯び、その形もまた歪なるを常となし、ことにそれは往々にして大形なるものが存在するのである。よりて思うにここに青大勾珠とは、その形の鉤状をなせる、鮑の大真珠であったものであろう。果してしからばその「勾珠」の二字は、必ずしもマガタマと読んだとは思われず、邦語ではあるいはこれをカギタマと言ったものであったかも知れぬ。しかしてこの傍例をもってすれば、前引『正倉院文書』の「勾玉」は、それがたまたま「垂仁紀」使用の「八坂瓊勾玉」と同一文字を用いているとはいえ、それはマガタマと呼んだのではなくて、カギダマと読むべきものであるかも知れないのである。

今のいわゆる曲玉をマガタマと言い出したことはきわめて新しいことらしい。谷川士清の『勾玉考』には、大和の三輪で発掘した壺の中に玉勾、玉管のあったことを記して、その玉勾がいわゆる勾玉なるべきことを論じている。また本居宣長はその『古事記伝』〔(七之巻)〕において、

勾は曲れる玉なり。細く長き玉の稍曲れる(両端の曲れる処に孔あり是緒を通せしところなるべし)を、今もをり/\地下より掘出る事あり。此古の勾玉なるべしと云人あり。然もあるべし。上代に然曲りたるを殊に貴みし故に、八尺勾玉と云称はあるなり。

といっておられるのである。けだし宣長いまだ多くその実物を見ず、「両端の曲れる所に孔あり」などと書いておられるところによれば、あるいは正倉院御物中の幡に応用せられた曲玉のごとく、玉尻にも孔を穿ったものをたまたま見られたのであったか、あるいは単に伝聞にのみよってこの誤解をなされたものか、いずれにしても当時まだいわゆる曲玉なるものが、学者の間にあまり多く知られていなかったもので、したがって古書に見えるマガタマの語をもって、これにあてることも普通ではなかったものといわねばならぬ。されば谷川氏がこれを玉管に対して玉勾と書いたのは正しい見方で、『正倉院文書』にこれを「勾玉」と書いた場合にも、あるいはカギタマと読むべきものであったかと考えられるのである。要するに曲玉とは、けだしもと緒を孔に通して綴った連珠の名で、個々の曲れる玉の称ではなかった。したがって古くその玉に「勾玉」の文字を当てた場合はあったとしても、それが常に果してマガタマと読まれたか否かは明かでないといわねばならぬ。

Chapter 5 of 7
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