Chapter 1 of 9

薦むる詞

昔我が濁れる目に夙く浮びしことある

よろめける姿どもよ。再び我前に近づき来たるよ。

いでや、こたびはしも汝達を捉へんことを試みんか。

我心猶そのかみの夢を懐かしみすと覚ゆや。

汝達我に薄る。さらば好し。靄と霧との中より5我身のめぐりに浮び出でて、さながらに立ち振舞へかし。

汝達の列のめぐりに漂へる、奇しき息に、

我胸は若やかに揺らるゝ心地す。

楽しかりし日のくさ/″\の象を汝達は齎せり。

さて許多のめでたき影ども浮び出づ。10半ば忘られぬる古き物語の如く、

初恋も始ての友情も諸共に立ち現る。

歎は新になりぬ。訴は我世の

蜘手なし迷へる歩を繰り返す。

さて幸に欺かれて、美しかりぬべき時を失ひ、15我に先立ちて去にし善き人等の名を呼ぶ。

我が初の数を歌ひて聞せし霊等は

後の数をば聞かじ。

親しかりし団欒は散けぬ。

あはれ、始て聞きつる反響は消えぬ。20我歎は知らぬ群の耳に入る。

その群の褒むる声さへ我心を傷ましむ。

かつて我歌を楽み聞きし誰彼

猶世にありとも、そは今所々に散りて流離ひをれり。

昔あこがれし、静けく、厳しき霊の国をば25久しく忘れたりしに、その係恋に我また襲はる。

我が囁く曲は、アイオルスの箏の如く、

定かならぬ音をなして漂へり。

我慄に襲はる。涙相踵いで堕つ。

厳しき心和み軟げるを覚ゆ。30今我が持たる物遠き処にあるかと見えて、

消え失せつる物、我がためには、現前せる姿になれり。

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