Chapter 1
私の妹が死んだ、妹は十四年この世に生きていて死んだ私はそれを施療病院のベットの上できいた涙も出なかった、そして泣くよりも切ない気持で一人の幼き者の死を追慕した死なせたくはなかった、生かしておいてこの世の中の正しい希望によろこばせてやりたかった生れてきたからにはそして肉親の兄である私が三十年の間に学んできたことを折ある毎に語りきかせ苦難の道ではあるが輝やかしいわれわれの未来について屹度彼女を生き甲斐あるように導いてやれたろう(このことは私がとくに肉親の兄妹であるから感ずるだけのものではない若し私が妹の場合のように理解がお互に出来る人があるなら、凡ての人間に抱くことである)
妹はまだ幼かった彼女はまだ肉親以外の誰からもこの世の中では真に親しまれ、慕われてはいなかったほんとうの頼りとなってやる人のいない娘がこれから人間一生の夜明けを前にして新らしい時代の夢も見ずにただ私達の過去の惨苦な生活だけに短かい生涯を埋めつくしてしまったことを何よりもせつなく思う
私達は今まだ私達の時代を持たない時代は今、旧い時代に対して戦いつつ新らしい時代の中心がいつの時代よりも巾広く底深く力強く形づくられているのだ眼に見ゆるものは悲壮にも平凡にも見える耳に聞えるものはおそろしくも悲しくも聞こえる戦いがすさまじいだけに そこでは選りすぐった盤石のような闘士を鍛えている弱いもの 卑怯な者はとてもそこには居たまらないそこにはただただ確固たる信念にあらゆるものをやきつくすような革命家がのこされる
この世は今安らかではない肉体的にかよわい彼女のような女はずい分苦るしいかもしれない、しかしなお彼女にだって未来を理解することが出来た彼女にだって与えられた部署で生命を賭して戦うことが出来たこのことは偉大な真理である
私は今からだの不自由な死におびやかされている病人であるが例え健康であろうと彼女の屍に何の手向けも出来ない又墓土の一片も遂に持てないであろう彼女に一本の草花も植えてやることは出来ないわれわれの墓地に美しい花が咲き小さい小鳥がきてうたいさけぶのはこれから先のことだろう
私達はたとえどんなにみじめでどんなに苦痛であろうとも生きられるだけ生き抜かねばならない生きられる限り生きつづけて新らしい時代を迎えなければならない新らしい時代は刻々に近づきつつある十四年間貧しく惨めな生活にひしがれて死んだ彼女を心から死なせたくはなかった、生かして希望の生活に導いてやりたかった
●図書カード