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「平家物語」ぬきほ(言文一致訳)
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「平家物語」ぬきほ(言文一致訳)
作者不詳
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 4 of 5

4

萌へ出づるも枯るゝも同じ野辺の草 いづれか秋に会はではつべき 義王は心を取りなおして車に乗って出たけれ共心はすすまないでも涙許りすすんだので、

今さらに行べき方も覚えぬに なにと涙のさきに立つらんとよみながら義王は宿にかえり障子の内にたおれ伏して泣くより外にする事がない。母は此を不思議に思って「どうしたかどうしたか」ときいても返事も出来ない。つれて居る女にきいて始めてそう云う事があったと知った。こう云うわけだもので京洛の上中の人々は「アラ、義王は西八條殿から暇をいただいて出されたと云う事だ。サア、あって遊ぼう」と或は手紙をよこす人、或は使者をよこすものがあったけれ共義王、「今さら面目なくて人にあって遊びさわぐ事は出来ない」と云って手紙をとりあげて見もしなかったからまして使に会ったりなんかする事はなかった。そうこうして居る内にその年もくれ春の頃にもなったんで入道は義王の所へ使をよこして「義王、その後に別に何事もなかったか。仏があんまり退屈そうに見えるから来て舞でもまい、今様でもうたって仏をなぐさめてくれ」と云ってよこしたんで義王はあんまりの事に返事もしない。入道は又「サア、義王、なぜ返事をしないのだ。来ないのならば早くその事を云ってよこせ。入道も返事によっては考えがある」と云っておよこしになる。母の閉は「あれ程おっしゃるのにナゼ御返事をしないんですか」「上ろうと思えば今に上りますと申しましょうが行かないのに何と御返事を申しましょう。呼ぶのに来なければ考えがあるとおっしゃるのは都を追い出されるのかそれでなければ命をおとりになるかこの二つにはすぎないでしょうに、たとえ都の内を出されても、どっかには落つく所がありましょう。又、たとえ命をとられても何でおしい事があるもんですか。一度、いやな物に思われて二度とふたたびお目にかかる事なんかあるもんですか」とまだ返事をしない、母は重ね「男女の縁と宿世の縁は今がはじまった事じゃあないじゃありませんか。千年までも末の世までもと契ってもやがて別れる間もあり、又只一寸と思いながら永くはてる人もあり、今世の中で一番あてにならないものは男女の間だと云って居るじゃあありませんか。まして御前達は遊者の身で一日二日呼ばれて居てさえどんなにか有難い事だのにまして此の三年もの間呼ばれて居たのだから、後の世までの思い出にこれにすぎた事はないじゃあないの。呼ぶのに来なければ考えがあるとおっしゃるのは都の内を出される事はあるかも知れないけれ共まさか命をおとりになるほどの事はありますまいが、たとえ都を出されてもお前達はまだ若いからどこに行ってもくらすにはこまらないだろうけれ共私は年をとった身でありながらなれないまずしいくらしをすると思えばそれだけでも悲しいのだもの。只、なんにもおねがいがないから私を都の内で暮す事の出来る様にして下さい。それが私の今生後世の孝行ですから」と涙を流しておっしゃったんで「そんならば行ってまいりましょう」と泣く泣く立ちかけたけれ共一人で行くのも何だか変だと妹の義女もつれて行く。同じ様な白拍子二人、すっかりで四人、一つ車にのって西八條の御館へ行く。入道は、先の内よばれた所よりズット下った所に坐をとって置かれた。「コレはマア何と云う事だろう。そして何のおとがめでこんなに、坐敷さえ下げられて、マア何と云うつらい事だろう。それにつけても今日自分は何しに来たんだろう」と思うと又悲しさがこみ上げて来る。そのけしきを人に見られまいと顔をおさえる袖の下からも涙があまってながれた。仏御前、「ここは先の中御呼入になった事のない所でもございませんもの。ここに御呼び遊ばせ。それでなければ私が出て御目にかかりましょう」と云ったけれ共入道が「何々」と云ってさからうのでどうする事も出来ない。其の後入道があって「どうだネ義王、その後何か変った事もあったかネ。仏があんまり退屈そうだから何か今様一つ歌ってくれ」とおっしゃるのでこうやって来たからには、入道殿の云いつけと云えばどうしてもきかなくてはならないものだと思って落る涙をおさえて今様を一つ歌った。

月更け風おさまつて後、心の奥をたづぬれば仏も元は凡夫なり、我等も思へば仏なり、いづれも仏性具せる身をへだつるのみこそおろかなれ

と二三度うたいすましたので、人々はみんな可哀そうに思った。入道相国は「よくうたった。又舞も見るのだけれ共一寸さしつかえが出来た。これからは呼ばないでもふだん来て舞をまい、今様でもうたって仏をなぐさめてくれろ、ヨイカ」とおっしゃる。義王館にかえっても障子の内に身を伏して泣くよりほかはない。

親の云いつけにそむくまいと思って又苦しさをしのんでいやな所に行けば坐敷さえ下げられた苦しさ、なお此の世に生きて居たら、又、此のような苦しい事を見ききしなければならないだろう。こう云うついでに火の中か水の底へでも入ってしまいたいと悲しんだ。姉が身をなげ様と云うと妹の義女も身をなげ様と云うので母の閉は「ホンニうらむのももっともだけれ共この間までは入道殿はそれほど情知らずの人とは一寸も思われなかったんで、いつもいつも教えさとしてやった事が今となって見ればほんとうに悪るかった。姉が身を投げると云えば妹も身をなげようと云って居るのにこの年とった私一人のこってどうしたらいいだろう。だから私も一所に身をなげる外しかたがない。もしまだ死ぬ時も来ない親に身をなげさせるのは五逆罪であろう。ミダ如来は西方浄土を荘厳し一念十念をもきらわず十悪五逆罪をもみちびこう」と云う。

義王「ほんとうに死ぬ時も来ない親に身を投げさせるのは五逆罪うたがいがない」と云って身をなげるのを思いとどまって二十一で様をかえてしまった。妹の義女も一所にと約束した事だから十九だのに様をかえてしまった。母の閉は「あんなに盛の二人の娘が様をかえるの世の中に私が年をとった白髪をつけて居ても何にもならない」と云って四十五で様をかえてしまった。三人は嵯峨の奥の山里に念仏して往生必定臨終正念と祈った。こうやって居て春がすぎて夏も来た。秋の風が吹き初めると星の沢山の空をながめながら天を渡る梶の葉におもう事をかく頃となった。ものを思わない心配のない人でさえもくれて行く秋の夕べの景色はかなしいだろう。まして心配のある人の心の内がおしはかられて可哀そうである。西の山の端に入りかかる日を見ては「あすこいらはきっと西方浄土でしょうからいつか私達もあすこに生れて心配なしにすごすことが出来るでしょう」それにつけても昔の事の忘れられないでいつもつきないで出るのは涙許りである。日は段々たそがれたので三人の人達は一つ所にあつまって仏前に花や香をそなえあかりをほそほそあげながら念仏して居た所に閉じ塞いだ柴のあみ戸をホトホトとたたく音がした。三人の人達は念仏をやめて「これはきっと私達のような無智文盲な物の念仏して居るのをじゃましようと云って魔の来たのにちがいない。しかしもしもそんならばあんな竹のあみどをおしあけて入る事はぞうさないでしょうに、早くあけよう、助とたのみにするのは仏一つ、たとえ命をとられるとも、この頃たのみ奉る念仏をして心しておこたってはいけませんよ」と云って三人は手をとりあって閉めきった竹の編戸を思いきってあけると魔なんかではなく思いがけない仏御前が出て来た。義王は走り出て仏の袂にとりついて「こんな所でお目にかかるのはほんとうに夢の様でございます事、昼でさえも人のまれな山里へ今何うして来らっしゃったのでございますか」と云ったらば仏御前「今更、あの時の事を云えば新しい事の様ですけれ共又、申さなければ考えて居ない様ですから申しますよ。元から私は推参のもので望のない仰をこうぶって遠く出たのを貴女の御口の御かげで召されたとは云え、すぐに貴女の御ひまをお出されになった事をうかがって一寸も人の事とは思われずいつか又自分の身の上もこうでしょうと思ったのにまして障子に書いておおきになった『いづれか秋に会はではつべき』と云うのもうなずかれましたが又いつだったか貴女の呼ばれて今様をおうたいになった時坐敷さえさげられた事が心苦しくてもうもう口で云われないほどでございました。あれからあとはどこに居らっしゃるともききませんでしたが上のごろここに居らっしゃると云う事を聞き出して、今の御身がうらやましくて、どうか御暇を下さいませ下さいませと申しても一寸も御許し下さいませんの。どうしようかとよくよく考えて見れば此の世での栄花は夢の又夢のようなはかないもの、たのしんだり栄えたりしても何になりましょう。一度死んだ人の身は又と再びうけにくいもので又仏教に入るにも一度入りそこなえば又入るじきがない、ホッと吐き出た息のまだ入らない内、パッと云う間に死んでしまうのは、かげろうや稲妻なんかよりもはかないものだと思うとどうしても心がとまらないのでどうしようと思って居ると今日の昼頃に思いがけないよい時があったので逃げ出してこのようになってまいりましたんですよ」とかついで居る衣をどけたのを見るとあんなにはなやかに栄えて居た姿とあべこべに尼の姿になって出て来て「日頃の罪はこの姿にめんじておゆるし下さいませネ、もしゆるすと云って下さるなら皆様と同じ庵室で念仏して御一所に後の世の幸を祈りましょうし、まだゆるさないとおっしゃるならばこののちどこへでも足にまかせて迷って行ってどんな岩のかどでも苔の上でも松の様にたおれてしまうまでも念仏してみだ三尊の来迎にあずかりましょうから」と涙をとめどもなく流して云ったので義王「マア、お恥しい、私は貴女の心の底のそれほどまで御きよいのを一寸も知らないで、今日まではこれほどまでお思いになる方とは一寸も存じませんでしたのに、今までの事はみんな浮き世の仕業でございますもの。もう必して人のうらみなんかは思いはいたしません。自分の身のつらさを知るはずだのにどうかすると貴女の事が忘られないで心にかかって今の世も後の世も御仏に仕える事はじゅう分に出来かねるように思われて居りましたのに貴女は何にも後に思をひかれないでとしもまだ十七だと云うのにこの汚れた世をそむいて清い世の中をおねがいになるお心こそほんとうの道心者でいらっしゃいますよ。私が二十一で様をかえたのも人はめずらしい事に云い又自分でもそう思って居りましたけどいま貴女の出家にくらべて見れば事のかずにも入りませんものネ、昔の事なんかなんでもう思うもんですか、サア、みんな一所に行いすましましょうネ」と四人同じ庵室の中に念仏して共に後世の幸をいのったけれ共おそい早いはあったけれ共おしまいには皆同じ様に往生の望をとげたときいて居る。その後入道は仏の行方がわからなくなったので、手に手をわけてさがさせて見たけれ共見つからなかったので浄海は「仏はあんまり美くしかったんでてんぐが取ってつれて行ってしまったんだろう」と云って居た。其の後半年許りたってからそこに居ると云う事が聞き出されたけれ共そんな風になったものを今更と云ってもうたずねさせなかった。それだもんで後白河法皇の長講堂の過去帳にも義王義女仏閉等のが尊霊と一所に書き入れられたと云うことである。

海の花

南の国のいつも蒼い色をして居る内海に一匹の人魚が棲んで居ました。その長い黒髪やふくよかな乳房、よく育った白くて長いうでなどをもったその姿はこの海の女王として恥かしくありませんでした。細くそろってたえず銀色の光をはなして居るうろこをしっかりとまとって、赤いさんごの林の間、青こけのむした大岩の間、うす紅の桜海老、紫に光る海魚等の間を黒髪を長く引いて遊んで居る様子はこの内海をかざる花でした。けれども海の王の年を経た海蛇はなぜかこの人魚の陸近く遊ぶことをゆるしませんでした。まだ若い何事によらず血をわかす女人魚はまだ一度も見たことのない陸と云うものをいろいろに想像してはなつかしがって居ました。或る時、春の日の光りの暖かさが海の底までしみ通るような日にこの美くしい女人魚は陸をあこがれながらこの美くしい姿を思うままにうらやませながらとある岩の上に泳ぎつかれた体をやすませて居りました。そのまっくろな可愛い形をして居る瞳をクルリクルリと動かせながら四辺を見て居ましたがフト先を見るとそこには陸の上の人影や草木の色や家の色までがすいて見えて居ました。「オヤ」女人魚は驚きと喜のまぜこぜになった小さい声を出して叫んで自分の目をうたがうようにジッとそこを見つめて居ました。

Chapter 4 of 5
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