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新「花里の花魁え、一寸(ちょい)とおかおを」
花「あゝ今行くよ、ほんとにうるさいことねえ」
客「情人(いゝひと)が逢いにきたとよ、早くいって顔を見せてやるが好(よ)いわ、のう花魁、ハヽヽヽヽ」
花「御冗談ものですよ、私のようなものに情人なんかゞあるもんですか、ほんとにモウつく/″\厭になった」
新「花魁、花魁え、お手間はとらせませんから」
花「あいよ、今参りますよ」
と客に会釈して立てば新造は耳に口よせ、
新「お初会の名指(なざし)です」
花「そう、何様(どんな)人だえ、こないだのような書生ッぽだと御免蒙るわえ」
新「ナニ美男(いゝおとこ)さ、風俗(なり)は職人衆(しゅ)ですがね、なんでも親方株の息子さんてえ様子ですわ」
と新造に伴なわれまして引附(ひきつけ)へまいりますと、三人連の職人衆(しゅう)でございますが、中央(なか)に坐っているのが花里を名ざして登楼(あが)ったんで、外はみなお供、何うやら脊負(おんぶ)で遊ぼうという連中、花里花魁自分を名指してくれたお客を見ますると、成程新造の申しました通り美男子(いゝおとこ)で、尋常(たゞ)のへっぽこ職人じゃアないらしく思われます。あゝ好いたらしい若い衆(しゅ)だと思うと見ぬ振をしてじろり/\顔を見るもので、男の方では元より名指して登楼るくらいでげすもの、疾(とっ)くに首ッたけとなって居(お)るんでございます。軈(やが)てお引けということに成っても元より座敷は塞(ふさ)がって居りますから、名代部屋へ入れられ、同伴(つれ)もそれ/″\収まりがつきました。
花「一寸(ちょい)とお前さん、御免なさいよ、直ぐ来ますからね鼠にひかれちゃアいけませんよ、ホヽヽヽヽ」
客「全盛な花魁だから仕方がねえや、まア寛(ゆっ)くり行っていらッしゃい、屹度留守はしていらアな」
花「まことに済まない事ねえ、何うか堪忍して頂戴よ、生憎(あいにく)お客が立(たて)こんでるもんだから、寝て仕舞ってはいやだよ」
客「ハイ/\、天井の節穴でも数えているからいゝてえば」
花「いま新造衆(しゅ)に小説本でも持(もた)せてよこすからね、屹度寝てしまッちゃ厭よ」
嫣然(にっこり)いたして吸付(すいつけ)煙草一服を機会(しお)に花魁は座敷を出てまいります。若い職人風の美男子(いゝおとこ)も、花里の全盛なのは聞きつたえておりまするし、殊に初会のことでげすから、左様(そう)打ちとけて話をすることもない。今夜はこれきり寝転(ねこか)しかとは思っていますが、同伴(つれ)の手前もあることで、帰るとも申し悪(にく)いのでもじ/\いたしている。寝ようと思っても引切(ひっき)りなしに廊下にひゞきます草履の音が耳につき、何うしても寝られるものでありません。すると座敷の障子がスーとあきますから、さて来たなと思いますと左様(そう)でない、有明の油をさしに来たのですから、えッ畜生(ちきしょう)だまされたかと腹は立ちますが、まさかに甚助らしいことも云われないので、寝たふりで瞞(ごま)かしている。いよ/\今夜は寝転(ねこか)しに極った、あゝ斯様(こんな)ことなら器用に宵の口に帰った方がよかったものと、眼ばかりぱちくり/\いたして歎息(たんそく)いたしています。花里の方でも初会ながら憎からず存じまする客でげすから、早く廻ろうとは思ってますけれど、何を申すも大勢な廻しのあることで、自儘(じまゝ)に好いた客の傍(そば)へばかり行っていることは出来ませんもんですから、漸(ようよ)う夜明になってこの座敷へまいりますると、うと/\しています様子。
花「何うも済まなかったこと、堪忍して下さいよ、あら厭だ、狸なんかを極めてさ、くすぐるよ」
と脇の下へ手を差し入れて、こちょ/\/\。
客「フヽヽヽヽム、酷(ひど)いね花魁、あゝあやまった/\もう、フヽヽヽヽム、そんなに苛(いじ)めなくもいゝじゃないか、あやまったッたてえばよ」
と腹這になれば、花里は煙草をつけて煙管(きせる)を我手で持ったまゝ一吸(ひとすい)すわした跡を、その儘自身ですい、嫣然(にっこり)いたし、
花「オヽ寒くなったこと、もう浴衣(ゆかた)じゃア、明方(あけがた)なんか寒くて仕様がないわ」
この職人体の美男子(いゝおとこ)は何物でございましょうか、花魁も初会惚(しょかいぼれ)でもしているらしく思われます。さて職人体の好男子(いゝおとこ)でございますが、あれは例のお若さんが根岸の寮で生みました双児(ふたご)、仕事師の勝五郎が世話で深川の大工の棟梁へ貰われてまいった伊之吉でございます。光陰は矢の如く去って帰らずとやら申しまして、月日の経ちますのは実に早いもので、殊に我々仲間で申しあげるお噺(はなし)の年月、口唇(くちびる)がべろ/\と動き、上腮(うわあご)と下腮が打付(ぶっつ)かります中(うち)に二十年は直ぐ、三十年は一口に飛ぶというような訳、考えてみますれば呑気至極でげすがな、お聞遊ばす方(ほう)でもそれで御承知下されて、お喋りする方でも詰らないところは端折(はしょ)って飛して仕舞うと申す次第で。大芳棟梁のとこへ貰われてまいった伊之吉、夫婦が大層可愛がって育て、おい/\と職を仕込みますが、実(まこと)に器用な質(たち)で仕事も出来て来る。多くある弟子達にも気うけは至極よろしく、若棟梁/\と立てられて、親の光りで何(いず)れへまいりましても引けは取らない。職の道にかけても年が若いから巧者こそありませんが、一通りの事は何をもって行っても人に指図(さしず)がしていかれる。それですからます/\評判はいゝ。大芳の若棟梁は今に立派なものになんなさる、親方さんも好(い)い養子をもらい当てゝ仕合せだ、あゝ甘(うめ)え塩梅しきに行(ゆ)けば実子がなくっても心配(しんぺえ)することはないなどと申して居ります。伊之吉は仲間にも顔が売れてまいれば追々交際(つきあい)も殖(ふえ)る上、大芳棟梁もとより深川の変人、世間向(せけんむき)へ顔を出すなどは大嫌いでございますから、養子の伊之吉が人の用いもよく、用も十分に足りていくので、自分が出懸けねばならぬところがあっても、伊之やお前(めえ)往って来てくんねえな、と代理をさせるのでます/\交際(こうさい)はひろくなり、折にはこれから人々と共に遊びに行(ゆ)く事もあるが、決して色に溺れるてえ事なんかはありません。左様(そう)斯ういたしておるうち、品川の噂がちら/\耳に這入り、玉和国楼の花里という花魁の評判が大層もないので、伊之吉も元より血気の壮者(わかもの)でございまするし、遊びというものが面白くないとも思っていませんから、ふらり内弟子のものと共に品川へ参り、名指(なざし)で登楼(あが)って見ますと、成程なか/\の全盛でげす。それで取まわしがいゝ、誠に痒(かゆ)いところへ手の届くようにせられましたから、何うも捻(ひね)りぱなしで二度(うら)を返さずにおくことが出来なくなる。後朝(きぬ/″\)のわかれにも何(なん)となく帰しともない様子があって、
花「折角斯うして来て下すったのに生憎立てこんでいてねえ、何うも済まないんです、此の儘帰すもまことに気がかりでならないけれど、無理に引きとめておいてはお家(うち)の首尾もありましょうし、またね、あの女(こ)にも申し訳がありませんから、私は我慢して辛抱しますが、お前さんはこれに懲々(こり/\)してもう二度と再び来ては下さるまいね、ですが可愛そうだと思ったら何うかお顔だけでも」
と言さして後(あと)はいわず、嫣然(にっこり)笑いました花里の素振は何うも不思議でございます。伊之吉も何(なん)となく別れて帰るが辛くなりましたが、左様(そう)かといって初会で居続けするも余(あんま)り二本棒と笑わるゝが辛く、また一つには大芳夫婦への手前もありますから、その朝は後(うしろ)がみを引かれる心地いたして、思い切って支度をするうちに、連(つれ)のものも、さア帰ろうと促しますので、
伊「花魁、とんだ御厄介になりました、明日(あす)の晩あたりまたお邪魔にまいりましょう、来てもいゝでしょうかね、ハヽヽヽヽ」
花「本当(ほんと)ですか、本当に明日(あした)来て下さいますか、屹度ですよ、屹度まってますからね」
花里に逢ってから伊之吉の様子が何うも変だ、何(なん)となくそわ/\いたして茫然(ぼんやり)して居ります。お職人衆というものは何事でも綺麗さっぱりいたしたもので、思ったことを腹へ蔵(しま)っておくなんかてえことは出来ません。お名にお差合(さしあい)があったら御免を頂きますが、
八「オイ熊ア、手前(てめえ)大層景気がいゝな、始終(しょっちゅう)出かけるじゃアねえか」
熊「フヽム左様(そう)よ、彼女(やつ)が是(ぜ)ッ非(ぴ)来てくれと吐(ぬ)かしアがッてよ、己(おい)らが面を見せなけりゃア店も引くてえんだ、本ものだぜ、鯱鉾(しゃちほこ)だちしたって手前達(てめえたち)に真似は出来ねえや、ヘン何(ど)んなもんだい」
八「笑かせアがらア、若大将(わかてえしょう)に胡麻すりアがって脊負(おんぶ)のくせに、割前(わりめえ)が出ねえと思って戯(ふざ)けアがると向う臑(ずね)ぶっ挫(くだ)かれねえ用心しやアがれ」
熊「ヘン嫉(そね)め、おたんちん、だがな八公、若大将にゃア気持が悪くなるてえことよ、阿魔奴(め)でれ/″\しアがって、から埓口(らちくち)アねえ」
八「阿魔アッて品川の奴(やつ)か」
熊「そうよ、玉和国の花里てえ素敵もねえ代物(しろもの)よ、夏の牡丹餅(もだもち)と来ていアがるから小癪(こじゃく)に障(さわ)らア、な一晩行って見な、若大将の※待(もて)かたてえものはねえぜ、ところでよ、此方(こっち)の阿魔と来たら三日月様かなんかで、刻莨(きざみ)の三銭がとこ煙(けむ)よ、今度ア行(ゆ)くにゃア二つと燐寸(まち)まで買ってかねえじゃア追付(おっつ)かねえ、これで割前(わりめえ)勘定だった日にゃア目も当てられねえてえことよ」
八「風吹(かざふ)き烏(がらす)の貧(びん)つくで女の子に可愛がらりょうとア押(おし)が強(つえ)えや、この沢庵(たくあん)野郎」
熊「こん畜生(ちきしょう)ッ」
なんかと伊之吉の事から朋友(ともだち)喧嘩が起(おこ)るというようなさわぎ。伊之吉も凝(こ)って品川通いを始めますると、花里の方でも頻(しき)りと呼ぶ。呼ばれますから参る。まいりますからます/\深くなるという次第で、伊之吉が来ると岡焼半分に外の女郎が花里にからかいます。トントン/\と登(あが)るをすが籬(がき)のうちから見て、あゝ来て呉れたなと嬉しく飛立つようですが、他の張店(はりみせ)している娼妓の手前もありますので、花里は知らぬ顔していても眼の早い朋輩が疾(と)ッくに見附けていますから堪りません。
娼「花里さん来たよ、早く側へ往っておあげよ、そんなにシラを切(きら)なくッてもいゝわ、モウ気は部屋へ行ってるんだよ、呆れたもんだねえ、花里さんの抜殻(ぬけがら)さんや、オイ/\」
左右から突(つッ)ついたりなにかいたします。左様(そう)されるとされるほど嬉しいもので、つッと起(た)ちまして裲襠(しかけ)の褄(つま)をとるところを、後(うしろ)から臀(いしき)をたゝきます。
花「あら酷(ひど)いことよ、宵店からお尻をたゝいてさ」
と持ったる煙管を振り上げます。と元よりたゝかぬとは知っていますが仕打は大仰(おおぎょう)なもので、
娼「アヽあやまった/\、親切にお咀咒(まじない)をしてあげて怒られちゃア堪らないねえ、今夜は外にお客がなく伊之さんとねえ」
花「御親切さま、そんなのじゃありませんよ」
娼「うそばかり吐(つ)いてるよ、毎日惚(のろ)けているくせに今夜に限ってさ」
花「そんなことア情人(いろ)のうちさ、女房(にょうぼ)となれば面白くなくってよ、心配でならないわ、ホヽヽヽ」
娼「おや、花里さんにも呆れッちまアねえ、素惚気(すのろけ)じゃア堪弁(かんべん)が出来ぬからね」
花「ハアいゝとも、何(なん)でも御馳走するわ」