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後の業平文治
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後の業平文治
三遊亭円朝
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 8 of 22

8

十六

樹(き)の枝に縛り付けられて居ります三人の囚人(めしゅうど)は気絶して居(お)るので、文治は冷水(れいすい)を吹掛けて介抱して居りますると、後(うしろ)の方に当ってわア/\という騒がしい声、振向きますと、表に待たして置いた罪人の内七八人の逸雄(はやりお)が踏込(ふんご)んでまいりまして、最早(もはや)平林を刺殺(さしころ)してしまいました。文治は恟(びっく)りして、

文「えゝこれ何事じゃ、役人を殺すくらいなら今まで苦労は致さぬぞ、最早これまでなり」

と身支度して切腹の様子でございます。

一同「旦那、何を為(な)せえます、あなたは何も知らねえ事、素々(もと/\)こちとらが始めた仕事です、仮令(たとえ)何(ど)の様な事が有ろうとも決して旦那に御迷惑は掛けません、さア斯(こ)うなるからは仕方がねえや、遣(や)る所まで遣付(やっつ)けろ」

文「此の上尚お徒党を組んで乱暴な振舞をしては上(かみ)の御法に対して済むまいぞ、先(ま)ず一同控えろ」

一同「何(なん)の、何(ど)うせ晩(おそ)かれ早かれ命の無(ね)え身体だ、それ遣付けろ」

文「まア/\暫く」

と制して居ります処へ、江戸より送りの役人を始め地役人(じやくにん)一同表の方へ駈付けてまいりました。切腹と覚悟したる文治は、諸役人の姿を見るより門外に飛出し、後(あと)に続く罪人一同を制しながら、ピタリと両手を支(つか)えて、

文「え、恐れながら文治申上げ奉ります、只今不法の振舞、皆私(わたくし)が仕業(しわざ)でござります、御吟味の上お仕置を願います」

時に江戸役人は、

「其の方共一同静かにいたせ、文治とやら、只今不法の振舞は其方(そち)一人(いちにん)であると申すか」

文「御意にござります」

役「然(しか)らば其の方を召連れ吟味致さねばならぬ、一同の者、文治の吟味中、謹んで居(お)ろうぞ、立ちませえ」

と文治一人(いちにん)を連れて役所へまいりますと、続いて地役人一同も引上げました。これは江戸役人の頓智(とんち)で、死物狂いの囚人を残らず召捕(めしと)ろうと致しますと、どんな騒動を仕出来(しでか)すかも知れませぬ故、一時其の場を治めるために態(わざ)と文治一人(いちにん)を引立てたのでございます。さて江戸役人島役人立会いにて、文治を白洲へ引出し、吟味いたしますと、全く平林が非道の扱いに堪(た)え兼て、囚人一同徒党を組んで暴れ出したという事が分りました。そればかりではございませぬ、平林という奴は誠に横着(おうちゃく)な奴で、平生罪人の内女の眉目(みめ)好(よ)き者がありますと、役柄をも憚(はゞか)らず妾(しょう)にするという、現に只今でも一人(ひとり)囲い者にして男児を設けたということでございます。それに引換えて文治の罪状送書(おくりがき)を見ますと、下(しも)のような裏書(うらがき)があります。

「右の者思召有之候(おぼしめしこれありそうろう)に付、遠島中軽々しく取扱い申すまじく候事、町奉行公用人某印」

としてあります。さア其の頃の事でございますから、町奉行公用人の裏書は中々幅の利いたものでございます。一同顔を見合せましたまゝ別に評議もいたしませぬが、以心伝心で文治に十分の利を持たせ、結句平林は自業自得、殺され損ということに落着(らくちゃく)いたしました。尚(な)お別席に於て諸役人一同評議の上、文治を呼び出して、「今日(こんにち)より右平林の後役(あとやく)は其の方に申付けるによって役宅に住(すま)い、不都合なきよう島内囚人(しゅうじん)の取締を致せ、下役人一同左様心得ませえ」との有難き言渡しでございます。文治は恐入って両三度辞退いたしましたが、お聞済(きゝずみ)がございませぬから、余儀なくお請け致しました。文治は上々の首尾にて白洲を引取り、何(ど)うなる事かと心配して居りました徒党の囚人(めしゅうど)一同に向いまして、

文「各々方(おの/\がた)お悦び下さい、拙者は軽くって切腹、重くって縛り首と覚悟してお白洲へまいりしところ、上(かみ)のお慈悲を以て罪をお免(ゆる)し下されたのみか、勿体なくも平林殿の後役を不肖(ふしょう)文治に仰付(おおせつ)けられました、一同左様心得ませえ」

一同夢かとばかり暫(しば)し呆気(あっけ)に取られて居りましたが、

一同「え旦那、貴方(あなた)へお取締役を申付けたのでござんすかえ」

文「如何(いか)にも」

一同「それじゃア嬉しいなア、流石(さすが)にお役人様にゃア眼が有らア、時に私(わっち)どもが徒党の罪は何(ど)うなったのでござんすか」

文「そち達は好んで徒党いたした訳でない、平林の非道に堪(た)え兼て起った事ゆえ、今度に限り其の罪を宥(ゆる)すとの事じゃ」

と聞くより一同雀躍(こおどり)して、

「えっ無罪、え、も勿体(もってえ)ねえ、旦那様お有難う存じます、天道様(てんとうさま)は正直だなア」

と一同手を合せ大声を上げて泣出しました。文治も共に涙に暮れて居りましたが、稍(やゝ)あって声を和(やわ)らげ、

文「えゝ各々少し文治がお前達にお頼みがあるが、快く聞済(きゝす)んでくれるか」

一同「そりゃア旦那様、何事かは存じませんが、私(わっち)どもの命を助けて下すった恩人の仰しゃること、何事によらず承わりましょう」

と一同静まり返って居ります。

十七

文「うむ、聞済んでくれるか、頼みと云うは外(ほか)ではない、只今御吟味中に一寸(ちょっと)小耳に挟(はさ)んだ事だが、先役人(せんやくにん)の妾(めかけ)に子供が有るそうじゃな」

と云いかけますと、三四人の荒くれ男が思い出したように立上り、面相変えて駈出しました。

文「これ/\待てっ」

三人「何(なん)ですか」

文「何(なん)だじゃない、仮令(たとい)夫は非道な扱いをしたにもしろ、女子供に罪はない、その婦人と子供に少しでも手を出す者は棄置かぬぞ、夫が殺されて見れば嘸(さぞ)その女子供が難儀するであろう、義として助けなければ成らんから、拙者を其の妾の宅へ案内してくれぬか」

一同「えっ、旦那、あんな奴を助けるのですか、私(わっち)やア面(つら)を見るのも小憎らしい」

文「いや、坊主が憎けりゃ袈裟(けさ)までというのは人情だが、そこが文治が一同への頼みじゃ、何(ど)うか気を鎮めて聞済んでくれ」

×「然(しか)し旦那、彼女(あいつ)め以前江戸にいる時分にゃア、同じ悪党仲間で随分助け合ったものですが、此の島へ来て平林の妾になってからは、一緒になって非道なことを為(し)やがって、義理も人情も知らねえ悪婆(あくば)でござんすぜ、何(ど)うで生かして置いたからって為になる奴じゃアありやせん、寧(いっ)そ今から往って是までの意趣返(いしげえ)しに……」

一同「そうとも/\遣付(やっつ)けろ」

文「それをする位なら、こうして一同へ手を下げて頼みはせぬ、まア己に任してくれえ」

×「旦那の仰しゃる事だから一言(いちごん)でも背(そむ)きたかア無(ね)えが、本当に彼奴(あいつ)ア憎らしいからなア」

文「それだから頼むのじゃ、何(ど)うぞ其の宅へ案内してくれ」

×「別段案内にゃア及びますめえ、先刻(さっき)二三人廻して縛(くゝ)って……」

文「何(なん)だ、縛(くゝ)り上げて置いた、無法なことをするなア、そんなら仕方がない、兎も角此処(こゝ)へ連れて来てくれぬか」

暫く経ちますると、「助けて/\、何(ど)うかお慈悲を/\」と叫び狂う婦人を連れてまいりました。数多(あまた)の罪人が揃(そろ)って居りますのを見て、その婦人は色を失って居ります。文治は遠くより声をかけまして、

文「これ/\手荒いことをするな、是(こ)れへ/\」

お瀧という妾は恐る/\文治の傍(そば)へ坐りました。

文「お前は何(なん)という名じゃ」

瀧「瀧と申します」

文「今日のことは嘸(さぞ)お前も立腹したであろうが、何事も成行(なりゆき)じゃ、諦めなさい、さて今日の始末は定めてお聞及びであろうが、お前が夫の平林氏(うじ)が非道の扱いに堪兼(たえかね)て、一同の囚人(めしゅうど)が徒党を組んで既(すで)に屋敷へ押懸けようと云うところを、此の文治が止めたが、つい過(あや)まってお前の夫を殺してしまったのは誠に気の毒の事であった」

一同「なアに、そりゃア己(おい)らが殺したんだ」

文「まア/\静かにしてくれ、さア私(わたし)ゃアお前のためには夫の仇(あだ)、その仇の此の方(ほう)がお前を呼付けて斯様(かよう)なことを申したら定めし心外に思うであろうがな、何事も是までの因縁と諦めて、一時(いちじ)此の場の治まりの付くよう勘忍してくれ、然(しか)し其の子供が成長して私を仇と狙(ねら)うなら、其の時は又快く打たれてやろう、それまでは何事も私(わたし)に任せてくれんか、その内子供が十五歳になって親の後役(あとやく)を継ぎたいという志があるならば、必ず譲るように計らってやろう、それ故お前も昔は音に聞えた悪党、残念では有ろうが善(よ)く/\謹しんで赦免の日を待つが宜(よ)かろう、何(ど)うだ」

瀧「えゝ、お有難う存じます、私(わたくし)は決して貴方(あなた)をお怨(うら)みは致しませぬ、何(ど)うぞお慈悲をお願い申します」

文「よし、そういう了簡なら、お前の身は此の文治が引受けて助けてやる、これ一同、此の後(ご)この婦人に対して少しにても無礼を致すと其の分にゃア棄置かんぞ、さアお瀧殿、平林の屋敷の有金(ありがね)は勿論、衣類其の外(ほか)入用(いりよう)の品は何(なん)なりと持って行きなさい」

もう是までの運命かと半ば諦めて居りますお瀧は、文治の情(なさけ)で一命を取留めた其の上に、只今の情厚き言葉に悪婆(あくば)ながらも感じたものと見えまして、

瀧「お有難うございます」

と泣伏して居ります。罪人どもは、

「旦那、金や衣類を遣(や)るなんて、そりゃア余(あんま)りお慈悲が過ぎらア、せめて其れだけは……」

文「あゝ、そう/\、気の毒ながら米は其の儘文治が受取ります、明日(みょうにち)は後役(あとやく)引受(ひきうけ)の祝いとして、一同の者へ赤飯(せきはん)を振舞ってやるぞ」

いや罪人どもは赤飯と聞いて悦んだの何(なん)の。

一同「へえ/\お有難う存じます、旦那様、寿命が延びます、辱(かたじけ)なく存じます」

文「一同今日は是にて引取りませえ」

とそれ/″\役人へ引渡しました。いやもう囚人(しゅうじん)どもは明日(あす)の赤飯を楽しみに喜び勇んで引取りました。思えば罪のないものでございます。此のお瀧と申します婦人はもと八丁堀の碁打(ごうち)阿部忠五郎という者の娘でございます。是にてお話が一寸(ちょっと)後(あと)へ戻ります。

十八

えゝ、大伴蟠龍軒は丁度秋のことでございますが、自分の屋敷に居りまして、手を拍(う)ち、

蟠「これ/\お瀧か、一寸(ちょっと)お出(い)で」

瀧「はい、何(なん)ぞまた旨い仕事でもありますか」

蟠「いやお瀧今日は御殿女中になって貰わにゃアならん」

瀧「おや、御殿女中とは俄(にわか)の出世だねえ、まア」

蟠「旨くやると今日こそ金になるぞ」

瀧「そりゃア有難いね」

蟠「緑町(みどりちょう)の口入屋の婆(ばゝ)アを頼んで置いたが、髪は奥女中の椎茸髱(しいたけたぼ)に結(ゆ)ってな、模様の着物も金襴(きんらん)の帯も或る屋敷から借りて置いた、これ/\安兵衞、緑町の婆アが来たら是れへ通せ」

安「へえ、婆アは先刻(さっき)から仲の口で独語(ひとりごと)を言ったり居眠りをしたり、欠伸(あくび)の十もした時分で」

蟠「そうか、此処(こちら)へ通せ、おゝ婆アか、久し振(ぶり)だな、何時(いつ)も達者で結構々々、何(ど)うだ近頃は金儲(かねもうけ)でも有るかな」

婆「いゝえ、此の頃じゃア金儲けどころじゃアございません、不景気なせいか田舎から奉公人が皆無(かいむ)出て来ませんし、また口も好(よ)い口がございませんで困り切って居ります、私(わたくし)どもで此の商売を始めてから斯(こ)んな商売の閑(ひま)なことはござんせんねえ」

Chapter 8 of 22
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