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遺愛集 02 遺愛集
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遺愛集 02 遺愛集
島秋人
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 11

昭和三十六年

この年より「毎日新聞」に投稿する。

吉田好道先生

お手紙只今読みました。夕点検を了えたばかりの一段と静まり返えっている獄舎です。眼の前に先生のお顔がある様に感じました。久し振りで教務室で注意され、さとされた様な思いです。僕はありがたいと思い今ペンを動かして居ります。

奥様とのお面会はとてもうれしいひと時でした。一回目は少し後に別れる事が悲しいと感じまして帰房してから奥様も悲しい思いを残されて帰られたのではないかと何か申しわけない気持で悔いました。

昨日の午後に又「面会だ」と云われ「本当ですか?だれ?うそ云うなよ面会は昨日会ったばかりだ」と云い返えし、「柏崎から来たんだお前が特別面会時間の許可を云って居た人だ」と云う看守の言葉に或るいは岬町の叔母が来てくれたのかと思いながら服も着代えずせきたてられて来ましたら奥様である事を教育課の主任さんに知らされびっくり致しました。

二回目の面会は一回目の時より気が楽で自身でも明るい思いでお会い出来、時間はみじかかったけど笑顔でお別れを云えて後にはまったくよろこび以外のものがなく良かったと心から思いました。あまりにもうれしいので、うれしい事は歌には詠めず布団の中で夢の様なよろこびにひたっていました。僕の心の底に明るい笑顔の奥様の面影を残せたとよろこんで居ります。まったく二度も会えるとは思って居らず、今頃は汽車の中だろうなあーと考えていたのです。面会が一回切りであったら僕の心に切ないお別れの時の思いが強く残ったかも知れませんでした。二回目は奥様もきっとよろこんで下さったと思います。心のほぐれた状態でお話も出来たし、初めから最後のお別れの時まで楽しく過ごせたことを心より感謝致して居ります。

僕は先生の所にめいわくであったかも知れないし苦しい思いをお掛け致したかとも思いますがお手紙を出して良かったと勝手に思って居ります。

死刑囚と云われ、又歌を詠む様になってから未知の方から今日まで幾通かのお手紙をいただき、現在もいただいて居る方もありますが奥様ほど僕の心に近づいて来て下さり、理解し教えて下さるお手紙はありません。僕が死刑になった後、遺してゆくものをお読みいただく事が出来たらいかに奥様のお情によって僕の心が変化したかおわかりと思います。

奥様は僕に短歌をあたえて下さいました。国民学校の時より低能あつかいをされて来た人間が社会の中へ入って行っても決しておとっては居ないと云う事を短歌によって知り、宗教を信仰できない僕の心の灯となっている短歌を奥様はあたえて下さったのです。

面会時間は一般の被告は五分、死刑囚のみ三十分なのです。奥様との第一回の面会は一時間でした。が後に次の面会が待っていたため惜しい思いでしたが仕方ないです。二回日は三十分なのですが四十分であったのです。百分間の面会によって僕はまんぞく致して居ります。多くのぎせいのお蔭によるものと深く感謝して居ります。

今日は役所からカーネーションの赤とピンク一本づついただいて目の前にいけてあります。ピンクの花の色をみて昨日の奥様の羽織りを憶い出しています。僕は死刑囚でありますが幸せでもあります。差入れもたくさんいただきました。今日まで食べたものは丸子揚とチューインガム一枚とみかん二個、みかんは僕は病院に居る時から皮ごと食べています。特に拘置所では生野菜をほとんど食べさせていただけないのでビタミン不足の体ですから皮も薬と食べます。一個二十五円もするんだと聞いてもったいないと思いました。後リンゴ二個みかん二個グリンピース一袋ガム五枚残っています。その他お金五百円、歯ブラシと五十円の歯みがき粉とノート三冊いただきました。過分なおくりものでした。

奥様は思ったより小さいのでびっくりしましたし、若いし、美くしい人でした。(本当です)特にやさしい方なので僕はうれしかった。良い印象が残りました。

それから奥様にもお伝えして下さい。公判日一月十一日と僕は云いましたが昨日奥様との面会の時に土屋先生の事から公判日の事の話しが出て日が違っていましたが帰房してもう一度公判通知を読みましたら一月二十六日十時三十分からです。何で十一日とまちがったのか僕はわかりません。十五日間もうけた様です。

不一一月十三日夜記中村覚

うす赤き冬の夕日が壁をはふ死刑に耐へて一日生きたり

やさしき旧師の妻の便り得て看守に向くる顔の笑みたり

日に二通厚き封書をたまはりて素直に昏れる灯の下に読む

亡き母に呼ばれし呼び名が師の妻の便りにありてなつかしく読む

拭きこみし木肌まぶしき春の日に生きるうれしさまぶたよりわく

極刑の罪負ふもののわれらにて孤独をいとひいさかひを避く

名も知らぬ草に触れつつつぶやきに聴き入る如く囚徒われゐる

獄の土に生れし生命の草の芽に愛深くありぬ指にさぐれば

恋うたと聴くにかなしき琉球の少女が唄ふのど自慢の歌

車窓過ぐる故郷見をれば幾度もガラス拭きくるる老いし看守は

まみつむり死刑囚われは野の花の幾つかおもひ春の唄きく

獄窓の陽の日増しにぬくし金盞花いとしみ見れば花粉ふきゐし

眼をつむりにはかめくらとなりて聴くガラスを知らぬ盲ひし児の詩

世のためになりて死にたし死刑囚の眼はもらひ手もなきかも知れぬ

チューリップひとつ咲きたり走りよる死刑囚等のといき集めて

手のひらを重ね己れをいとしみつ死刑囚として卒業歌きく

幾度か寝返りうちて許されし友を思へり死刑囚われは

悔いに冴え眠りそびれしわれの眼にいたはる如く児童図画あり

触れてみる夜の獄壁いつになく何か親しくうれしき日なり

助からぬ生命と思へば一日のちひさなよろこび大切にせむ

たまはりし処刑日までのいのちなり心素直に生きねばならぬ

素直にて昏るる日のあり被害者のみたまに詫びて夕餉いただく

たまはりし花をかざりて被害者の命日の夜を深く詫びたり

被害者に詫ぶべき言葉なき文を綴りては捨て処刑待つのみ

処刑受けお詫びとなさむ心ぬち生きたき思ひ日日にあり悔ゆ

若妻の心こもれる差入れの座布団干せる友は死刑囚

同囚の祈りむなしく幼児持つ友の死刑は確定となる

かなあみを叩き呼ぶ児に泣きながら父となりゐき若き死刑囚

白き花つけねばならぬ被害者の児に詫び足りず悔いを深めし

幸せを祈りわが撒く食パンの白きを雀らおどおどと食む

換気孔の小さき穴より撒きおきしパンを雀は集ひ来て食む

たましひを洗はるる如く見てをりぬひなをやしなふ嘴うつすさま

二階より死刑囚われ見てをりぬパンを食み食ふ七羽の雀

おくふかく薄草色のひそみゐて咲く白百合の清しかりけり

風塵にさからふ如く立哨の動かぬ看守見てゐてさびし

降りしきる雨音のみを思ひつつ獄窓に来たれば夜の灯美し

手に触れてみたき思ひのつのりつつ死刑囚の瞳に雨の輪みてゐる

生野菜ほしき囚身にひさびさの小雨に濡れて夜の草匂ふ

愛に飢ゑし死刑囚われの賜りし菓子地に置きて蟻を待ちたり

手のひらの小さき虫がくすぐりて死刑囚われに愛を悟らしむ

あじさゐの花のひとつに移りつき朝鮮バチの羽根のひかりぬ

セロハンの袋に入れしゴキブリがひと夜かさかさ音たててゐる

死刑囚の佇ちゐる影をよこぎりて虫がらはこぶ白昼の蟻は

餌をはこぶ蟻につき来てあみ塀にさへぎられたり死刑囚われは

ころがりて死んだまねするてのひらの虫を放てりわれは死刑囚

獄草履鳴りをひそめてわれ歩くはばかる事なき庭を歩むに

幾重にも獄廊鉄扉に閉ざされて湖底の如く夜は更けてをり

死刑囚に耐へねばならぬ余命あり淋しさにのむ水をしりたり

死刑囚のわが焦燥の如くありあがくとも見ゆる蛾の一つ

生存の尊さ悟り死囚われ薄羽かげろふてのひらに眺つ

たはむれて薄着の肌を叩きあふ心ゆ親しき死囚の二人は

同囚のわれになぐさむるすべなくて別れし友の空房のぞき見つ

獄窓の白昼の明りみつめゐて部屋黒く見ゆるさびしき横臥

歯みがき粉残り少なくなりをりて獄に病む身の朝はさびしき

熱ありて触るる畳に甘えつつ死刑囚の身の半裸ころがす

獄灯の下に病みゐて時をりの排水管の音に聴き入る

絞められて声をあげ得ぬわがあがき夢と覚ましてまた眠りたり

息たゆる苦しき夢ゆのがれむとあがきてゐたり眠りの中に

その夜荒き壁に触れては耐へてゐぬ死刑囚われのあふれくるもの

にくまるる死刑囚われが夜の冴えにほめられし思ひ出を指折り数ふ

死ぬことはさみしきものか一つ灯の華輪にひそむ虹をみつめつ

殺さねばならぬわが身か獄の夜の壁の白きをみつつ更けたり

声あげて悔いゐることもなぐさめか死刑囚に無き更生のみち

師の妻より賜ひし浴衣獄の夜に時をり覚めて触れては見入る

賜りしお盆の花はわづかなる陽の射す方にみな向きて活く

移送の日に汽車のガラスを拭きくれし老いし看守に暑中見舞ひ書く

浴衣着て土に絵を描く死刑囚のむぎわらばうしの影の幼き

濯ぎ終わる流しの底に獄灯が月の如くに映りてゐたり

信じ得ぬ思ひに見つむ獄庭の朝顔の花ピンクに咲きて

新聞を配りゐし頃なつかしみ朝顔の咲く獄庭をみつめし

葉の影にひっそり咲ける朝顔の紅のいのちは夕までたもつ

老看守まともに笑顔みせくるるうたがはれぬ日のわれはうれしも

帰りえぬ身となりはてて蝉のこゑ聞きし日のこと日記にのこす

昏れ方の虫の音ききつつ老い父のひと日の疲れ獄におもふ

賜れど分つ人なし獄の夜ふたつの梨を並べ置き寝る

仰向きに寝ては病む身に聴きをりぬ土うつ雨の冷き音を

台風のあとやはらかく陽のさして朝顔の花はあわれ咲きたり

一匹のあきつの飛ぶに死囚われ愛しきまでに子のころ憶ふ

今宵より夜間筆記の許されて自由得しごとくうれしくてならぬ

いつしかに畳に朝日さすほどに秋となりゐき死刑因の部屋

金網に触るる位置までより添ひて受くる秋陽はまみにまぶしき

たどりきて寝返りうちぬ死刑囚の憶ひの内に母の死があり

甘ゆべき母のなき獄青布の夜具をかぶりて悲しみに耐ふ

母のなきわれは亡母恋ひ夜を更かし獄に遠き汽笛ききたり

老い父に刑死の後のかなしみを詫びつつ冴えし虫の音聴きゐる

仲秋の月を見たくて獄窓の曇ガラスを濡らし拭きたり

月させどわが獄窓はみな磨ガラス濡らして拭けば光やや増す

のがれ得ぬ死刑と思ひ仰ぐ獄窓樹の間の月の清く更けたり

めいわくをかけし質店の広告あり死刑囚として故郷の新聞読めば

死刑囚となりて思へばいくらでも生きる職業あると悟りにき

わが罪に貧しく父は老いたまひ久しき文の切手さかさなる

図書館に時をり行きて老いし父死刑囚われの短歌見るといふ

わが罪を証人台に泣きたまひ泣きたまひつつ詫びくれし老父

父よりは背丈伸びたり送り来し古ジャンパーをまとひてみれば

独り身の老父のジャンパー袖口に繕ひしあとありて切なし

独り身の老父が洗ひて繕ひし古ジャンパーを獄にまとひぬ

過ぎし日の老父の姿をまねてゐぬ冬の日向に死因となりて

まみ細め換気孔よりもるる陽を格子にのばり顔に当てゐき

ひと日着て残る体温いとしみつ青さ薄れし囚衣たたみぬ

駅よりの家への路を憶ひつつ死刑囚として初雪を聞く

久々にあくびなど出づ白き息いつまで吐ける死刑囚われに

握手さへはばむ金網目に師が妻の手のひら添へばわれも押し添ふ

死刑囚の言葉少くなさむとも意識はしつつさびしさに詠む

新しき年迎へ得て死刑囚のわれも友もみな顔輝けり

Chapter 3 of 11
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