前書き
ここに提供する各章はとりとめも無いので本と呼ぶのは気が進まないものであり実験室や現場で発疹チフスの研究をしているあいだに暇を見つけて書いたものである。世界中で感染症を追い回していると感染症は何世紀も人間の何世代にもわたって存在し発展し放浪しているので生物学的な個人として伝記を書くことができると思うようになった。発疹チフスはとくに他の多くの感染症にくらべて伝記を書くのに向いている。昆虫および動物界で異常とも言うべき寄生サイクルを行うからでありこのような顕著な事実は最近10年ほどに明らかになったものである。細菌学者が寄生の進化を研究するのにこの感染症は他の感染症に比べて適している。さらに人間との悲劇的な関係においてこの病気以上のものは無くペストやコレラもこれには及ばない。
戦争と実験室の両方で感染症を取り扱っていて感染症の災害が文明の興亡において国家の運命に如何に影響するかますます感銘を受けてきた。このことは歴史家や社会学者が殆ど完全に無視してきたことであった。この局面についての各章はまだ予報に過ぎない。われわれに不足している知識を持っている将来の歴史家がこれらの要素の重要性に注目して人類の過去の歴史の理解に付け加えるのにこれらの章は彼らを刺激するのに役立つであろう。
私は医学史に何らかの創造的な貢献をしたと主張する気は無い。知られている情報はすべて取り入れることにして、シュヌラー、ヘッカー、オザナム、ヒルシュ、ヘイサー、チャールズ・マーチソン、その他の仕事を自由に使わせて頂いた。古代および中世の文献を利用するにあたって私の貧弱な古典語の知識は同僚のガリック教授およびランド教授、友人のルンド博士の寛大な善意、およびハーバード大学古典学部のマーフィー氏の熱心な興味によって強化された。ジョンズ・ホプキンスのシゲリスト教授、ハーバードのメリマン教授、アメリカ陸軍のヒューム少佐、その他多くの方々との会話および文通によって重要な場所で貴重な援助が得られた。助言および激励を与えてくれた賢明で親切な友人ウィーラー教授にとくに感謝する。この本は科学書では無いので最近の研究については引用を行わず誰も無視しないように誰の名前も述べなかった。
文学的な興味で書いた章とか注について何も弁解する気はない。全般的な説明に重要と私は思っているが多くの人たちは不必要と思うかも知れない。しかしこの本は専門家がゴルフ、釣り、ブリッジ以外のことに興味を持つべきでないと主張しようとするアメリカ人の態度にある意味で抗議するものである。アメリカ国民の見解によると専門家は「ブタの背中のシラミ」のように仕事に専念すべきものとされている。この著作によって私は細菌学者とみなされないようになる危険がある。このような危険を犯す価値はある。しかし1日は24時間からなり働ける時間は10時間で睡眠時間は8時間しかない。
知的な職業は僅かな例外を除くと一般的な理解能力を高めるものであって人の心を厳しくギルド的に分類するのは誤りであり芸術と科学には共通なものがあるので相互に敬意を表することが有用であると考えている。ヨーロッパ人は古くからこのことを評価してきた。しかしこの本がこの点で貢献するとは敢えて主張しない。とにかくこのことに興味を持ち書くことに楽しみと休息を持ったので書き続けてきた。
H. Z.