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新らしき祖先
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新らしき祖先
相馬泰三
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 4 of 5

四

幾年かして、欣之介の仕事はやはり一向いゝ成績をあげ得なかつた。

ある夜、彼は父の部屋へ呼ばれて行つた。そして、そこから長いこと出て来なかつた。部屋の戸を締め切つて、父と子とは、夜が更けて家の人がみんな寝静まつた後まで、何やら頻りに話し合つてゐた。

それから一ヶ月ばかりして、林檎林で、十数年前の最初の犂返へしの日以来見たことのない賑やかな騒ぎが初まつた。二十人ばかりの日傭人がそこへ入りこんで、林檎や葡萄や実桜の樹を片つぱしから伐り倒してゐるのだ。樹は何れも衰へて痩せてゐたが、まだ枯れては居なかつた。幹に鋸を入れてゴリ/\やる度び、それにつれて梢の方で落ち残つてゐる紅葉した葉がカサ/\と鳴つた。そして、今切離されたばかりの生々しい傷口を持つた切株は一つ/\、自分の場所から退去されるのを拒みでもするかのやうに、それを掘り抜くのにひどく骨を折らせた。しかし、三四日するうちに、そこには何もなくなり真裸な、穴だらけな、醜態な土地が残された。

畑の中央部に在つた可愛らしい小さな家も無論取こぼたれた。それを取囲んでゐた薫はしい香を放つ多くの草花は無造作に引抜かれて、母家の庭の隅つこへ移し植ゑられた。

この騒ぎの最初の日、欣之介は自分の家に留つてゐるに堪へない気がして、朝から隣家の病身の大学生のところへ出かけて行つた。友達は以前から見るとまた一層弱つてゐた。この分ではとても長くは生きられない、などと自分から言つて嘆息していた。そして、落胆して、悲観してゐる欣之介に対しても寧ろ「君などは身体がいゝんだから、これからだつて何をしようとも好きだ。」と云つて羨しがつてゐた。

そこへ、午後になつて、小学校の教師が学校の帰りだと云つて訪ねて来た。

「今、お宅へ伺つたら、こちらだといふ事でしたから。……一寸畑の方をのぞいて来たんですが、まあ、何と言つたらいゝんでせうかね。僕等のやうな弱い心臓を持つた者には、とてもあゝした痛々しい光景を立止つて見てゐるに堪へませんな。」こんなことを言ひながら、二人の間に置いてある火鉢の上へ白堊の粉のついた手を差翳した。

この人は――運命はこの人にだけ何時も心地よい微風を送つてゐるやうであつた――その後間もなく互ひに思ひ合ふ人が出来、やがて願ひが叶つて結婚の式をあげ、今では既に二人の幼い者の父親でさへある。しかし、彼の物を言ふ調子は昔と少しも変らなかつた。

「だが、今度のことだつて考へてみれば――、僕は思ふんです――あなたにとつては全く何の損失でもありませんよ。たゞ、徒らに悩ましい青春が去つただけです。ほんとに事をなさるには、これからです。」

欣之介は物をいふ元気すらないと云つたやうに、妙に真面目な顔をして、黙つて沈みこんでゐた。

秋の末のことで、霙でも降つて来さうな空合ひであつた。林檎林のところ/″\に焚火がされてゐた。その火が、三人の話してゐる大学生の部屋の窓からチラ/\見えた。そこから起つて来る日傭人たちの明つ放しの高笑ひ混りの話声が、意地悪く欣之介の耳について離れなかつた。

欣之介から取上げられて再び小作人たちの手に委ねられた裏の畑地は、何事も起らなかつたもののやうに、間もなく、以前と少しの変りもない旧の姿に復つて行つた。こま/\した幾つかの小さな畑に区劃され、豆やら大根やら黍やら瓜やら――様々なものがごつちやに、風も態もなく無闇に仕付けられた。小作人たちは其処で再び彼等独有な、祖先伝来の永遠の労苦を訴へるやうな、地を匍ふやうに響く、陰欝な、退屈な野良唄を唄ひ出した。そして、その周囲の物懶げな、動かし難い単調が再びそこを蔽ひ尽してしまつた。

永い一日の間に、ほんの一寸した雲の切目から薄い日の光が、ほんの一寸の間ぱーつと洩れて来た。と思ふともう消えてしまつた。欣之介の傷ついた心には、その後の曇天が以前にも増して一層暗欝に一層厭はしいものに感じられた。彼は、世に容れられない不遇の詩人のやうに徒らに苛々した。悩ましい、どうしようもない、悲しい一日々々を重ねた。しかし、彼の内部に一度巣くつた憧憬は、やがてまた新らしい形となつて頭を擡げ初めた。

「此地でない、どこか他の処に広々とした、まだ何者にも耕し古るされてゐない新鮮な沃野が拡がつてゐる。そこには旧るくさい不自由な式たり、何とも知れず厭な様々な因縁――邪魔をするものが何もない。思ひのまゝに力一ぱいに仕事をすることが出来る!」

青年の心は再び新らしく呼び起された。彼の机の上に、オーストラリア、カリフォルニア、テキサス、ブラジル……さういふ国々の土地に関したことを書いた書物が幾冊か取集められた。それ等の書物の中に、方々の耕作地や、牧場や、山林や、港やの写真が沢山載つてゐた。その中の一つには、人間の背丈の三倍もあるやうな高さの綿花の木が見渡す限り涯もなく繁つてゐる図があつた。と、他の一つに――これは何処かの港の図で――何か袋につめた収穫物が大きな丘のやうに積み重ねてある。それを大勢の人足共がその周囲に集つて端から/\と運び出してゐる。人足共の蟻の行列の末は埠頭に繋いである大きな汽船の中へと流れ込んでゐる。……

ある年の夏の初め、欣之介のゐる離家の横手にある灰汁柴の枝々の先端へ小さな粒々の白い花が咲き出した頃の或る日暮方、革紐で堅く結へた白いズックの鞄が一つ、その灰汁柴の藪蔭に置いてあつた。が、誰もそれに気づくものがなかつた。そして、その翌朝、下男の庄吉が庭掃に出た時には、それはもう失くなつてゐた。

その日から、欣之介の姿はそのあたりに見ることが出来なかつた。

Chapter 4 of 5
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