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俳句はかく解しかく味う
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俳句はかく解しかく味う
高浜虚子
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 14

3

木々の芽や新宅の庭とゝのはず    子規

春になって庭に在るいろいろの木がそれぞれ芽を吹いた。この家は建築して間もない新宅の事とて、その庭もまだ十分に手入が出来ておらず、いろいろの木がそれぞれ思い思いに芽を吹いて、さなきだに余り整っていない庭が益々整わぬ形を示したというのである。古い庭であって見ると、多年刈り込まれたり手入をされたりした庭であるために、たとい木の芽が吹いたにしても、そう「庭整はず」というほどの不恰好さは示さないのであるけれども、まだろくろく庭師を入れたというでもなく、手当り次第に雑木を植えたというに過ぎない庭であるから、枯木の間はさまでになかったものも、芽を吹いて見ると、いよいよその不恰好さが目に立つようになったというのである。

水仙にたまる師走の埃かな    几董

師走となると何かと多忙である。商人はもとよりの事、普通の家であっても、おしつまって来るほどに匆忙として日は暮れる、床の間に生けてある水仙――もしくは鉢に植えてある水仙――も、その多忙のために余り顧みる人がなくって、いつの間にか埃が葉にたまっているというのである。花を生けるというのも、水仙の鉢を置いてそれを見て楽しむというのも畢竟閑があっての上の事で、多忙となるとなかなかそういう悠長なことに時間をつぶしている隙がない、けれども埃はそういう人の匆忙に頓着なくいつでも物の上に降りる。それが水仙の花の上に降りたところに師走の急がしさが思われるのである。水仙の鉢でも花生けでもどちらでもいいと言ったが、普通ならば夙くにもう花も変えて生けかえるべきものを、いつまでも水仙を生けたままで擲って置いてあったものとすると、水仙の鉢とするよりも花生けとする方がより多く適切なように考えられるのである。

除夜年ひとつ老いゆく宵の化粧かな    几董

大三十日の晩の句で、今宵寝ればまた一つ年を取るというその宵に化粧をする女を咏じたものである。察するところこの女はもうそろそろ老という事を気にしはじめる三十代の女を言ったものであろう。十代の子供々々した女ではもとよりなく、二十代の若々しさでもなく、三十代になって女としてはそろそろもう老境に入りかけたというような女が、大三十日の晩に宵化粧をする、その女の目出度い元日を待ちながらも、また一歳年を取るという淋しい心持を言ったのである。老いそめた女の化粧はなお一点の美くしさを留めながらも、化粧をするという事その事がやがて一つの淋しさを思わしめる。この句もその心持を言っておるのである。

たのみなき若草生ふる冬田かな    太祇

若草といえば、これから先きだんだん茂って春の草になって行くものであるが、それがまだ冬田にちょいちょいと生いそめたところを見ると、その若草はいつまで茂るべき未来があるかを疑わねばならぬのである。冬田は、二作田であればやがて打ち耕されて畑になるか、そうでないにしてもそのまま打ち棄てられて顧みられないはずであるが、其処へ生える若草は他の地面に生えるものに比べると、まことに頼み少ない心持がする。その冬田に生えた若草を見た時の作者の心持を言ったのがこの句である。あるいは十月に返り花が咲くようにまだ冬の初めの田の面に、日当りのいい処などに、若草が生えておるが、これはやがて来る寒さや、雪や霜やに忽ちいためられて枯れてしまわねばならぬものである、其処に生える若草は頼みないものである、という風に解釈されぬこともないのであるが、しかしやはり前解の方が適切であろうと思う。

鼠追ふや椿生けたる枕上    田福

夜鼠が出て来て枕もとをごそつかすので、寝ていながらしっしっとそれを追うた、その枕もとには椿が生けてあるのだ、というのである。鼠が出る位であるから恐らく灯火は消されてしまってあるので、全くの闇夜であろう。目には文なしで、唯枕もとに荒るる鼠の音が聞こえるばかりであるが、その闇中にも自ら目に描き出さるるものは昼間生けて置いた、あの美くしい椿の花である、とそういうのである。鼠が出てあばれるような殺風景な闇の中に一点の椿を点出して来て色彩を添えたところがこの句の価値である。鼠が椿の花をひっくりかえすであろうからそのために追うたのだとか、何とかいうような解を試むる人があったら、それは無用の弁といわねばならぬ。枕上は「まくらがみ」とよむか、あるいは「まくらもと」と読むか、いずれでもよかろうと思う。

あながちにくれなゐならぬ紅葉哉    橘仙

紅葉は紅いといったところで、穴勝に紅ばかりではないというそれだけの句である。穴勝というような俗語を使って「くれなゐならぬ」というような雅語を継ぎ合わせたところにこの句の手際はあるのである。紅葉と一概に言うけれども黄色もあれば、同じく紅いなかにもいろいろ濃淡がある、そのさまざまの色を織り交ぜた美しさを想像せしめるところもまた一方の働きとせねばならぬ。

古寺に狂言会や九月尽    雁宕

狂言会というようなことは今でもある。狂言は大概能の間に挿んでやるものであるが、時によると狂言ばかりを催おすことがある、それを狂言会というのである。ああいう滑稽を主とするものであるけれども、もと品格のいいものである上に、その狂言のみが続けて演ぜられるという事が、かえって淋しみを人に起させるのである。場所というと古寺、時候というと秋の末の九月尽、いずれも荒廃したような淋しい感じを起さしめる中に、狂言会を催おすというのである。

又或日扇遣ひ行く枯野かな    暁台

夏炉冬扇という言葉がある通りに、冬日扇は必要のないものとなっているのであるが、それが或日村里を通っていると、汗ばむほどに暑さを覚えたので、また扇を遣いながら行ったというのである。「又」の字は夏遣うた扇をまた冬になっても遣ったという意味である。冬といえば寒いことになっているけれども、小春という言葉もあるようになかなか春めいた暖さを感ずることもあるので、そういう時に荷物でも肩にかけながら歩いていると相当に暑さを覚えるのである。それが町中とか山路とかいうのでなくって、枯野であるところに、殊に日の周く照っている暖さを思わしめるのである。また「或日」という初五字が働いているのである。

出代や稚心に物あはれ    嵐雪

嵐雪の句にはこういう優しみのある句が多いといわれているのである。出代というのは三月に年季奉公の男女が入り交る古来の習慣がある。今までいた奉公人は新らしき奉公人と入り交るために、長々の恩義を謝して暇を貰うて出て行く。新らしい奉公人はその古い奉公人の為し来ったことを少し見習って、その古い奉公人の出て行ったあとは自分で凡ての事に当るようになる。竈も昔の竈、七輪も昔の七輪、戸棚も昔のままの戸棚でありながら、其処にいる人間の変ったのを見ると、何となく、ものになじまぬようなうら淋しい心持のあるものである。それが大人であってもそうであるが、ことに子供で見ると、親しみなじんでいた昔のものが去って、なじみの薄い新しいものが来たのであるから一層もの淋しい心持がする。その上、そのなじみのある昔の奉公人のしみじみと主人に暇乞をして出て行くのを見ていると、まだ凡ての情の十分に発達していない稚いものでもさすがにあわれを覚える、その者をつかまえてこの句にしたのである。出代の句には前説明したように新旧の交代したことを咏じたもの、新らしく這入って来た男女のおかしみなどを咏じたもの等があるが、主としてこの句のように出て行く旧い傭人の方のあわれを叙したものが最も多いのである。

君見よや我手入るゝぞ茎の桶    嵐雪

これも嵐雪という人の凡てもののやさしみをいうのに長けておる例証としてよく挙げられる句である。男世帯などを聯想する句で、友人が尋ねて来て、晩飯でも一緒に食おうとする時に女房か下女でもあるならば、そのものが膳立をしてくれるのであるけれども、そういう女気は勿論のこと、下部も小僧もない、唯物草太郎の男が一人で自炊をしておるのであるから、漬物を出すのも自分でせなければならぬ。君と言ったのは其処に来会わせておる友人に言ったので、君見てくれたまえ、僕は漬物桶に自分で手を入れるんだぞ、というのである。茎の桶というのは、冬三河島菜のような菜を漬ける、それを茎の桶というのである。寒い冷めたい臭い茎の桶に自分から手を突込むというところに佗びしい心持もあるが、同時に何処やら得意なところもある。『鉢の木』の謡に佐野の源左衛門が「あゝ降つたる雪かな」と貧乏人のひだる腹を抱えながら雪の降って来るのを興じているが、それと同じことで、むさくるしい男世帯でも、その茎の桶に手を突込むところに、自分で興味を見出して多少得意なところがある、それは優にやさしいというようなみやびた情ではないが、滑稽を帯びた軽みのある情味がある。嵐雪の句のやさしみというのは主としてそういう点である。余事ではあるが、嵐雪というのは芭蕉の主な弟子の一人で、其角と並称せられ、芭蕉の門人に其角、嵐雪ありと言ったと言われおる男である。

灌仏や捨子則ち寺の児    其角

灌仏というのは、四月八日の釈迦の誕生日に寺で灌仏会というものを修じ、参詣人に甘茶などを配るのである。これはその灌仏の日に寺に一人の児がいるのが人の目につく。さてあの児さんはどうした児さんかと人が目を峙てて見るがそれが則ち何年か前にこの寺の門前に棄ててあったあの捨子なので、寺の和尚は仏の道に携っておる慈悲から、それを拾い上げて育てたのが、あんなに大きくなって児になったのだというのである。あるいはこの句を解して、自分が寺の門前に子を捨てて置いたのじゃが、何年か経って恐る恐る灌仏会にその寺に来て見るとちゃんとその子が成人して寺の児になっている、という風に取る人があるかも知れぬが、それは少し穿鑿に過ぎているであろう。灌仏の日は甘茶を酌んで参詣人に渡したりするために、寺の人も世話して皆総がかりで働いておる、参詣人も多い、そこで多くの参詣人が、「あの児さんが捨子じゃそうな。大分大きくなったものだ。」などと人に交って端近く立働いているその児を見て評するというような句と解する方が至当であろう。「捨子則ち寺の児」というような磊落な句法が其角の長処で嵐雪の句のやさしみとは大分趣を異にしておる。

もどかしや雛に対して小盃    其角

雛に向いて、「さあお雛様召し上れ」とか何とか言って女の子などが小さい盃をその前に置き、それに白酒でもついでおる光景か、それとも雛の祭ってある前に団居して小さい盃で人々が酒盛りでもしている光景か、いずれにでも解されぬことはない。あるいはまた団居して多勢の人がいるのでなくって、美くしい雛を眺めながら、その家の主人か誰かが、小盃でちびりちびりと飲んでおるのかも知れないのである。作者はどれか或一つの意味で作ったのであろうけれども、もともと十七字で文字が少ないために十分の叙述が出来ず、解する方では三通りにも四通りにも解することが出来るというような場合が随分沢山ある。それは俳句として不完全といえば不完全であるが、事実そういう場合がよほど多い。唯その場合に考えねばならぬことは、かく意味が違った場合に、その句の趣味に変化を来たすかどうかという事である。たとえば、この句の如きに在っては以上三通りの解釈が出来るにかかわらず、いずれにしてもこの句の生命は「もどかしや」という初五字に在るので、そんなに雛に対して小盃をいじっていたりするのを大酒飲みである其角が見ていると、もどかしくって――じれったくって――仕方がない。そんな真似のような事をしておらずに、大盃でぐびぐびと引かけたらよかろう、というのである。そこで雛に対して小盃という光景は強いて解すれば二、三様の解を得るけれども、要するに、それを見てもどかしがるところがこの句の生命であるから、それらの不明瞭な点があるにかかわらず、この句の趣味の上には何の影響もないのである。これも「もどかしや」という豪放な主観が其角の特色である。雛などに対してはとかくやさしいことを言いたがるものであるが、其角は、「面倒臭い、もっと大盃でやっつけろ」というような乱暴なことを言ったのである。嵐雪の雛の句には次のようなやさしいものがある。

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