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グリュックスブルグ王室異聞
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グリュックスブルグ王室異聞
橘外男
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 6 of 14

ヨアンネス少年

はたして事件は、初めから非常な困難を見せてきた。調べれば調べるほど、いよいよ混沌として、手懸りが掴めぬ。厳密な検査を施してみたが、頸飾りの偽物からは何の異なった指紋も現れぬ。もちろん、例の隠し金庫の扉からも、指紋なぞは何ら検出されなかった。

とすると、当夜の召使たちの証言というものが、事件に重要な鍵を握ってくる。

が、その召使たちの証言すらも――召使というより、むしろこの場合は家族というべきであったろうが、事々に大きな食い違いを見せてくるのであった。まず第一に、その大きな食い違いの一つ……その晩奥様は、気分が悪くて一時別室でお休みになったとか、出合い頭に突然誰かとオブツカリになったようなことは、ありませんでしたか? と聞いてみたのに対して、未亡人はことごとく、否と答えている。殊に最後の問いに対しては気分を害ねたらしく、そんなはしたないことが! とばかりに、ろくろく返事もしなかった。それは前に言ったとおりであったが、しかも調べてみると誰にも逢わぬどころか、当夜未亡人は一人の少年と、控えの間裏手の長椅子で、膝突き合わせて話しているのであった。

少年というのはつい四、五日前に、足を捻挫して歩行には差し支えなかったが、杖を突いているばっかりに当夜宴会へは顔出しせずに、二階南端れの自室に引き籠って目下コペンハーゲン全市の青少年たちの間に大流行を来している模型飛行機の製作に余念もなかった、当主公爵の弟のヨアンネスという十六歳になる子供であった。母が弟と隅の長椅子で話しているところを見たと当主公爵も言っていれば、公爵夫人もまた言っている。

メルタ、エリーザベット、マリーヤの小間使たち、そのほかにも何の話かは知らぬが、大奥様が若様とお二人で、お話なさっていらっしゃるところを見たと言ってる召使が、三人ばかりもいる。殊にその一人の、エーディトという女中は、若様が大奥様のお頸に両手を廻して接吻していらっしゃるところを見たと、ハッキリ証言している。これは事件の大きな決め手ともなるべきことであった。

時間はちょうど食堂が開かれようという間際、奏楽も始まって一番に混雑している頃であったというから、もちろんすでに夫人が夜会服に着換えて、問題の海蛇を帯びていた時ということになる。そのほかには誰かが未亡人に接近していたという事実もないのであったから、もちろん嬢はこの事実を、重く視た。

「奥様! 奥様はヨアンネス様と、お話をしていらっしゃいましたと伺いましたが、その時の模様を、お話し下さいませんでしょうか?」

「アイネス嬢、相手はヨアンネスですよ、子供のヨアンネスと話していたことが、あなたに何の参考になります?」

「でも、一応、お伺いしませんと! ……」

「バカバカしいじゃありませんか、親が子供と話していたことなんぞ……」

と例によって未亡人が不快の色を漂わす。そんな下らんことばかり詮議だてする暇に、なぜ殿下に近付く工夫でもしないんですよ! と詰らんばかりの、この我儘な婦人を促して嬢の聞き得たところは、大体こういうことであった。

当主の公爵、公爵夫人、手伝いに来てくれた、アンドレーセン子爵に縁づいている姪のソールヴェイグ夫人、その母親のフロム夫人、それらの人々ともどもホール入口で客を迎えて、すでに来客たちのことごとくが大広間や控えの間一杯に満ち溢れて、歓談笑声煙草の煙は濛々と、邸の内外にゴッタ返している時であった。もっと詳しくいえば、御名代殿下も、先程御到着になって、その御接待で天テコ舞いしている時であった。

その人波を縫って、母親の姿を探しているらしい杖を突いた、ヨアンネス少年の顔が入口に見える。丈だけはほぼ当主とおっつかっつだったが、やっと長洋袴になったばかりの子供。殊に出席しないはずだったから、服も着換えてはいない。キチンとした短衣やネクタイは着けているが、それは学校の制服でそんな装をして――装はともかくも、足を曳きずって杖なんぞ突いて、この盛装綺羅びやかなお客様の中へ出て来られては困る。

「何ですね、そんな恰好をして! 何の用ですよ?」

と未亡人は、今貰った花束を抱えたまま飛び出して来た。

「僕ね、お母様……ちょっと僕、お願いがあるの」

そこも人でウヨウヨしているが、その大廊下をちょっと折れると、溜りがある。溜りというよりも、小窓を切ってカーテンをかけ、油絵を飾って植木を並べて、天鵞絨張りの腰掛けがあるから、壁龕というのが当っているであろう。角の長椅子には、婦人連が笑い興じているが、壁龕には誰もいない。

「いけませんね、そんな恰好をして出て来ては! 何の用ですよ、お母様は忙しいじゃありませんか!」

と未亡人は、そこへ掛けた。膝を触れ合わんばかりに、少年も掛ける。

「お母様! まだ足りないものがあるの、どうしても僕、発動機をもう一つ、買わなくちゃ! お金をもう少し欲しいの、お金が、足りなくなっちまったんですもの」

「なんですよ、そんなバカバカしいことを今! 後だって、いいじゃありませんか」

「ううん、だってもうでき上りかけてるんですもの。発動機さえ入れれば、もう明日学校へ、持って行けるんですもの。もう一万クローネばかり、頂戴よ。……サーラに、買いに行かせるんだから」

「大奥様は、おいででございませんかしら?」

と、小間使のエーディトが探しに来た。

「アノ……大奥様……若奥様が、お呼びでいらっしゃいますけれど……」

それではいよいよ開宴であろう。気が急いていたから、ヨアンネスの言葉をハッキリとは覚えていない……発動機がもう一つ要ると言ったのは、頭に残っているが……たしかサーラに買いにやるんだからと、言ったような、言わなかったような……。

「さあさ、お母様は忙しいんですよ、お前の相手はしていられない……ではね、今そんなことを言ったって、ここには何にも持ってないじゃありませんか! ユーワンのところへ行って、お母様がそう言ったからって、出してもらっておいで」

ユーワンは、例の頬鬚の執事であった。

「じゃ僕、そうしましょうっと! お母様、有難う、有難う……やっぱり僕のお母様だった!」

と嬉しそうに少年は、両手を廻して未亡人の頸を抱いた。そして頬に接吻をする……。

「ほらほら、イヤですね、髪が崩れるじゃありませんか、もういい、もういい、わかりましたよ……」

突き当りの扉を開けると、お客たちの前を抜けずとも、二階へ上る階段がある。

「お母様、有難う……有難う」

と少年の顔が、薄暗い扉の向うで笑っている。

「では皆様方、食堂を開きましたから、どうぞ!」

とユーワンの声が聞えてくる。賑やかな奏楽の音が、耳を打ってくる。早く行って御名代殿下のお手を執らなければならぬ。未亡人はそのまま、殿下のおいでになる控えの間へ急いで来た……。

これが渋々ながら苦い顔をした未亡人から聞き得た顛末であった。

「失礼なことを伺いますが、その時何かいつものヨアンネス様と、お変りになっていらした感じでも、なさったでしょうか?」

「……別段に……」

「もう一つ……では、ヨアンネス様はそういうことが、たびたびおありでしょうか? そういう時に、お小遣いを貰いにおいでになると、いうようなことが……?」

「わたし共では子供に別段、小遣いといっては渡してありません。入用なものがある時、その都度都度に召使に、買いにやることにしています。執事に言えばいいのでしょうが、金額が張ると思ったから、一応わたしの許しを受けに来たのでしょう」

月に幾ら幾らと小遣いをあてがって、それを始末して物を買うなぞということは、平民共の習慣ですよ! といわんばかりに、五月蠅げな答えであった。

「御職業柄でしょうけど、アイネス嬢! ヨアンネスはわたし共の子供ですよ、そんなことまでお聞きになるのは、ちいっとお門違いじゃありませんかね?」

焦点が……焦点が……その焦点が外れてるぞ! といわんばっかりに、未亡人の顳がピクピクするから、ひとまず問答もこれで打ち切らざるを得ぬ。

少年の学校から帰って来た時刻を見計らって、

「坊っちゃん、小母さんがいいお土産を持って来ましたよ」

と、ケニョン会社特製模型飛行機用の、極上のガソリン発動機を持って嬢がヨアンネス少年の部屋を訪れたのは、翌る日の正午頃であった。相変らず少年はその辺を、機械工場のように取っ散らかして、部分品の取り付けに余念もない。思いも寄らぬ人の訪問と、思いもかけぬ贈り物にびっくりして、当惑したように顔を赧めて、モジモジしながら手を動かしている。

未亡人の話では、発動機さえ取り付ければ、今日にもでき上るような話であったが、まだまだそこまで進んでる様子もない。さすがに幾万クローネという大金をかけて、血道を挙げてるだけあって模型とはいいながら、両翼の全長は一メートル半くらいもあり、五哩くらいはわけなく飛んで行きそうな、精巧極まる玩具であった。

「坊っちゃんの今お拵えになっているのは、何の飛行機ですの?」

「…………」

「独逸旅客機に似てますけれど、違いますかしら?」

「ルフト・ハンザは、翼がここから付いている……僕、端典旅客機を作ってるんです」

「そうそう、スカンディアでしたね。まあ、随分よくできてること」

「小母さんはいつから家へ来てるの?」

とややあって、少年が不思議そうに聞く。

「小母さんは、坊っちゃんのお家の人じゃ、ないんですのよ。坊っちゃんお聞きになったことがある? 坊っちゃんのお家で、ちょっと紛失ったものがあって、それを調べに来てるんですのよ」

「……ああ頸飾り……」

「まあそんなものですわ。……でも坊っちゃんのお家には、大切なものね。小母さんはそれを探しに来てるんですけれど、坊っちゃんその話詳しく、お聞きになったことある?」

「僕知らないや! 僕に関係ないもの……」

と少年が頭を振る。

「そうね、坊っちゃんには、何にも関係がなさそうね。……あ、そうそう、今度来る時小母さん坊っちゃんに、またいいもの持って来て上げましょうね? 坊っちゃん、何がお入用? やっぱり飛行機の道具?」

すくすく生い立ったといわんばかりの、子供である。大柄だから丈だけは高く、大人並みになっている。

「僕要りませんよ。知らない人から何か貰うと、叱られるもの」

「小母さんは別よ、小母さんは坊っちゃんのお母様から頼まれて、御用をしてるんですから、叱られませんけれど……でも、いいわ、そんなこと! 小母さんが何か持って来てからにしましょうね。それよりも、忘れていましたけれど坊っちゃん、お足もうよろしいんですの? こないだはお出にならなかったんですってね。その飛行機を、お作りになっていらしたの……?」

「だから、こんなにでき上っちまったんですよ」

と少年の頬に、得意の色が泛ぶ。

「でも……発動機買っていい? って、お母様のところへいらしたんでしょう? その発動機は、もう付いたんですの?」

「もう疾っくに、入っちゃってますよ! だから僕、大笑いしちゃったんですよ。お母様ばかりじゃないや、発動機なんて先から持ってるのに、お兄様もお義姉様も……マリーヤだって、エーディトだってみんなでそんなバカなことばかり言ってるから、だから僕みんな頭どうかしてるんだって、レギイネ先生と大笑いしてるんですよ」

と少年は笑って、首を竦めて見せた。レギイネ先生というのは、あの晩遅くまで少年に手伝っていてくれた家庭教師の老婦人であった。

「そう……それじゃ坊っちゃんは、お母様のところへ発動機のことなんか、お話にいらしたんじゃありませんね?」

「行きませんよ! もう持ってるんだもの、行く用なんかありゃしないや」

と母夫人が立派に認め、当主公爵も公爵夫人も、メルタ、エリーザベット、マリーヤ、エーディトら大勢の召使たちまで、ハッキリと目撃していることがここでまったく覆されてしまった。

「部屋の外へなんか一足だって僕出ませんよ、第一食堂だって行かないや。ロヴィーサがここへ運んで来て、僕レギイネ先生と一緒に、食べたんですもの、ロヴィーサだってよく知ってる」

ロヴィーサは、当夜ここへ食事を運んで来た小間使である。

「じゃ、坊っちゃんのお笑いになるの無理ありませんわね、みんな何をいってるんでしょう、オホホホホホ」

とさりげなく調子は合わせたが、大分少年が馴染んできたのを見ると、ここで方向を換えた。

「でも、もしかすると坊っちゃんのお友達で誰かそんな真似をして、悪戯した人があるかも知れませんわね? 坊っちゃんのお友達みんな飛行機作ってらっしゃる?」

「みんな作ってるよ、英国旅客機だってジェットだって、スカンディアだってジャンジャン拵えてるよ」

「その中で、坊っちゃんより上手に、作ってるお友達あります?」

子供の気に入るように楫さえ取っていけば子供は造作なく馴染んでくるものである。

「僕一番上手ですよ、……だけどゲイエルの方が、ちょっと僕より上手かな?」

「坊っちゃんのお友達で、坊っちゃんの真似をして、お母様のところへ行ってお小遣い頂戴なんて、びっくりさせる悪戯っ子あります?」

「僕の友達なんて、みんな僕のお母様を怖がってるから、誰も口なんて利きゃしませんよ」

「だけど……偶にはそんな悪戯っ子だって、いるでしょう?」

「そんなバカな奴、一人だっていやしませんよ」

と到頭少年は、笑い出した。

「第一お母様なんて、大きな眼球してピリピリしてるんだもの、怖なくて誰も、寄っ付く奴なんかいませんよ」

「そう……どこにだって、悪戯っ子はいるんだけれど……じゃ、坊っちゃんのお友達には、そんな悪戯っ子なんかいないのねえ……」

少年が頷く。

もう一度方向を転換してみる。

「時に坊っちゃんは……レギイネ先生はお好き?」

「そりゃ、好きさ!」

「先生は厳ましい?」

「勉強は厳ましいけれど、遊ぶ時は一緒に遊んでくれるから、僕大好きだよ」

「坊っちゃんは、ウソなんかお吐きにならないでしょうけれど……吐いたら厳ましい?」

「知らない……そんなこと一度もないから、僕知らない……」

「おやおや……坊っちゃんとお話してると面白いもんだから、わたしうっかりして随分坊っちゃんのお部屋で、長居しちゃった。御免なさいね……じゃ今度来る時、何かいいもの、持って来て上げましょうね」

それで少年の部屋を出たが、この少年がウソを吐くような子供か吐かぬ子か、彼女がその足で少年の登校している中学校に受持ちの教師を訪ねて行ったのは、もちろんであった。

「あの少年の、学業成績はごく普通でしてね、取り分け優秀という点は、別段ありません。かといって、できないという側ではもちろんないのですが……そんなことよりも、あの少年はいかにも物事すべてが、貴族的におっとりしてましてね、およそウソなんぞ吐くような、そんなヒネクレタ性質や才走ったところなんぞ、微塵もないですね。やはり、生まれは争えません。その点名門の子弟として、典型的な素質だと思っています」

これが受持ち教師の観察であった。してみれば、当夜一歩も部屋の外へは出なかったというヨアンネス少年の言葉には、充分信を置いてもよろしいであろう。が、少年に信を置くとなれば、発動機を買う許しを得に来て、お母様有難う有難うと頸を抱いて接吻して行ったと主張している母夫人や、当主公爵夫妻、その他の召使たちの証言は、一体これを、何と解釈したらいいであろうか?

Chapter 6 of 14
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