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四国遍路日記
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四国遍路日記
種田山頭火
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 2 of 4

2

夜はおそくまで執筆(一室一人一燈のよさだ)、昨夜をとりかえしたような気がした。

先日から地下足袋が破れて、そのために左の足を痛めて困っていたところ、運よくゴム長靴の一方が捨ててあるのを見つけた、それを裂いて足袋底に代用したので助かった、――求むるものは与えらるということ、必要は発明の母という語句を思いだしたことである。

寒い地方の人がまろい、いいかえると、温かい地方の人間は人柄がよくない、お修行しても寒いところの方がよく貰えると或る修行遍路さんが話した、一面の道理があるようだ。

行乞していると、今更のように出征の標札――その種類はいろいろある、地方によって時節によって異るが――その標札が多いのに気がつく、三枚も並べてあるのにはおのずから頭がさがる。……

安宿では――木賃宿では――遍路宿では――

□一人一隅、そこに陣取って、それぞれの荷物を始末する。□めいめいのおはちを枕許に(人々の御飯)。□一室数人一鉢数人一燈数人。□安宿で困るのは、便所のきたなさ、食器のきたなさ、夜具のきたなさ、虱のきたなさ、等々であろう。○安宿に泊る人はたいがい真裸(大部分はそうである)である、虱がとりつくのを避けるためである、夏はともかく冬はその道の修行が積んでいないとなかなかである(もっとも九州の或る地方のようにそういう慣習があるところの人々は別として)。

(夕食)        (朝食)

莢豆と芋との煮付    味噌汁二杯

南瓜の煮付       大根漬

大根浅漬

御飯もお茶もたっぷり  たっぷり

犬二題

□四国の犬で遍路に吠えたてるとは認識不足だ、犬の敵性。□昨日は犬に咬みつかれて考えさせられ、今日は犬になつかれて困った、どちらも似たような茶色の小犬だったが。□“しぐるるや犬と向き合つてゐる”

四国をまわっていて、気のつくのは空家が多いことである、ベタベタビラを張られた空家が見すぼらしく沿道に立ちならんでいる!

阿波の着倒れ、土佐の食い倒れ、というそうな。

阿波では飲食店、土佐では酒を売る店が多すぎる!

土佐は南国暖国、秋のおわりに、豆苗が伸び、胡瓜がたくさんぶらさがっている、よい国だ。

今度、四国を巡遊して、道路がよくなっていることを感じたが、橋梁が至るところに新らしく美しいのを観た。

米が二度出来るのは安芸郡――この地方である、伊尾木は殊に温暖で収穫も多いらしい。

(十一月七日)

草の実こんなにどこの草の実

ここで泊らう草の実払ふ

牛は花野につながれておのれの円をゑがく

途上即事

ついてくる犬よおまへも宿なしか

石ころそのまま墓にしてある松のよろしさ

旅で果てることもほんに秋空

ほろほろほろびゆくわたくしの秋

一握の米をいただきいただいてまいにちの旅

“自適集”

十一月八日 晴――曇、行乞六里、伊尾木橋畔、日の出屋で。

五時前に眼が覚めた、満天の星のひかりである、家人の起きるまで読んだり書いたりする。

ゆっくりして七時すぎてから立つ、ところどころ行乞、羽根附近の海岸風景もわるくない。

奈半利貯木場、巨材が積み重ねてある、見事なものだ、奈半利町行乞、町に活気がないだけそれだけ功徳も少なかった、土佐日記那波の泊の史蹟である。

奈半利川を渡ると田野町、浜口雄幸先生の邸宅があると標札が出ている、それから安田町、神の峯遥拝、恥じないではいられない、大山岬、狭いけれどよい風光である、澄太君を考えたのは自然であろう。

四時頃、都合よく伊尾木で宿につけた、同宿は同行一人、おばさんはよい人柄である、風呂も沸かしてもらえた、今日こそはアルコールなし、宿に米一升渡して、不足十二銭払ったら、剰すところ銭九銭米二合だけなり。

今日の功徳は米六合と銭六銭だった、よく食べよく寝た、終夜水声。

同行さんから、餅やら蜜柑やらお菜やら頂戴した、感謝々々。

(十一月八日)

木の実おちてゐる拾ふべし

あとになりさきになりおへんろさんのたれかれ

(野食)

秋あたたかく蠅も蚊もあつまつて

短日暮れかかる笈のおもさよ

脚のいたさも海は空は日本晴

秋もをはりの蠅となりはひあるく

仲がよくないぢいさんばあさん夜が長く

十一月九日 曇――雨、行程三里、和食松原、恵比須屋。

四時半起床、雲ってはいるが降ってはいない、助かった! という感じである、おばあさんが起きるまで日記をつける、散歩する、身心平静、近来にないおちつき、七時前出発、橋を二つ渡るとすぐ安芸町、午前中行乞、かなり長い街筋である、行乞しおえると雨になった、雨中を三里あまり歩いて和食町、教えられた宿――町はずれの、松林の中のゑびすやにおちつく、ほんによい宿であった、きれいでしんせつでしずかで、そしてまじめで、――名勝、和食の松原、名産、和食笠。

夕方、はだしで五丁も十丁も出かけて、一杯ひっかけて(何といううまさ!)、ずぶぬれになった、御苦労々々々。

晩食後、同宿の行商老人と共に宿の主人から轟神社の神事について聞かされた、どこでもたれでもお国自慢は旅の好話題というべしである。

今日は大降りだった、とある路傍のお宮で雨やどりしていると田舎のおかみさん二人もやってきた、その会話がおもしろい、言葉がよく解らないけれど、腰巻の話、おやじの話、息子の話。

今日の功徳はめずらしくも、銭二十八銭、米九合余。

(夕食)   (朝食)

菜葉おひたし そうめん汁 米一升渡

そうめん   いりこ    内五合は飯

梅ショウガ  梅干    不足金

十三銭也

(十一月九日)

水音明けてくる長い橋をわたる

朝の橋をわたるより乞ひはじめる

朝のひかりただよへばうたふもの

高知へ

日に日に近うなる松原つづく

十一月十日 晴、朝寒、行程八里、高知山西。

――よう降った、夜明けまで降りつづいたが、朝はからりと晴れわたって、星がさえざえと光っていた、――助かったと思う、幸福々々(宿もよかった、ほとんど申分なかった)。

七時出立、松原がよろしい、お弁当のおもいのもうれしかった、赤岡町まで二里半、途中行乞(功徳は銭七銭米六合)。

午後はひたすら高知へ強行した、申訳ないけれど、第二十八番、第二十九番は遥拝で許していただく、風が出て来たが、ほどなく凪いで、のどかな小春日和になった、御免からは路面舗装、身も心も軽い、思いかけなく、電車から降りた母子の方から拾銭玉を頂戴した(この十銭が私を野宿から助けてくれた!)。

いそいだけれど暮れて高知着、まず郵便局で郵便物を受取った、いろいろ受取ったけれど、期待したものはなかった、がっかりした、お札所横の山西屋に泊る、名を売っているだけ客扱もよく客人も多い、おいしい御飯をたべ風呂に入って、ぐったり寝た、アルコールなし。

米八合渡して(内五合は飯米)不足金二十銭払った。

┌米八合渡 内五合は飯米┐

└金十三銭払      ┘

(夕食)     (朝食)

焼魚       味噌汁二杯

菜葉ひたし    削節

沢庵漬      たくあん二片

さしみ      味噌汁二椀

蓮の煮付     菜葉の煮たの

漬物       漬物

金がある時は金のない時を考えないけれど、金のない時は金のある時を考える、……私たちのようなものの痛いところだ。

かけだし夫婦はすぐ解る! と宿の人々がいう、なるほど、そうだで。

落日いろいろ

大洋、都市、田園、山中。

(十一月十日)

墓地はしづかなおべんたうをひらく

梅干あざやかな飯粒ひかる

行乞即事

あなもたいなやお手手のお米こぼれます

まぶしくもわが入る山に日も入つた

高知城

お城晴れわたる蔦紅葉

銅像おごそか落つる葉もなく

土佐路所見

重荷おもけど人がひく犬がひく

十一月十一日 晴、滞在。

七時――十二時、市内行乞(米四合、銭五十五銭)。

人さまざま世さまざま、同室四人、みなへんろさん、私もその一人。

身心のむなしさを感じる。

高知城観覧、その下でお弁当をひらく、虱をとる、帰宿して一杯、そして一浴、鬚を剃った、ぽかぽか――ぼうぼう。――

十一月十二日 よき晴れ、滞在。

八時から十一時まで行乞、銭四十七銭米八合。

高知はやっぱり四国の都会、おせったいの意味で、みかん、かし、いも……をいただくことが多い、午後は曇る、降ったら困るな、一杯ひっかける!

夜は市街を散歩する、明日の行乞場所を視察しておく、歩いても歩いても何を視ても何を視てもなぐさまない。

十一月十三日 晴、滞在。

晴れてありがたかった、へんろの旅には何よりもお天気がありがたい、うすら寒い。

八時――十一時行乞、いやでいやでたまらないけれど、食べて泊るほどいただくまで、――三時まで行乞、かろうじて銭三十四銭米五合、頂戴して帰る、一杯頂戴してほっとする。……

同宿同室一人ふえる、若い易者だ、なかなかのリクツヤらしい。

――銭一銭米一合残っているだけだ!

ひなたまぶしく飯ばかりの飯を

まぶしくしらみとりつくせない

老木倒れたるままのひかげ

街のある日のあるところ

ハイヒールで葱ぶらさげて只今おかへり

今日の太陽がまづ城のてつぺん

道べり腰をおろして知らない顔ばかり

旅のほこりをうちはらふ草のげつそり枯れた

旅の旅路の何となくいそぐ

十一月十四日 晴――曇、滞在。

寒くなつた、冬が近づいたなと思う、沈欝やりどころなし、澄太君からも緑平老からも、また無相さんからも、どうしてたよりがないのだろう、覚悟して――というよりも、あきらめて――ままよ一杯、また一杯。……

今日はよく辛棒した、七時――十一時、そしてまた十二時――二時、市内行乞、五十二銭の銭と八合の米を貰って帰って来た。

毎夜、御詠歌の稽古が熱心につづけられる、御詠歌というものはいろいろの派があるけれど、所詮はほろりとさせられるところにそのいのちがある。

銭はなくてもゆとりがある!

いろ/\さま/″\

木賃宿は、多くの人は御飯四合貰う(女は三合)、それを三度分にする人もあるし、二度で食べてしまう人も少くない、だいたい流浪者はお昼をぬかす二食が普通だ。

私は五合食べる、大食の方だが、いつも三度に食べるのだから(お弁当を持って出るので)、あたりまえかも知れない、もっとも四国の宿の御飯は他の地方のそれよりも正確で、量が多いことは間違はない。

高知で眼についた看板二三――

安めし、これは適切だ、安宿も適切(木賃宿は普通だが、簡易宿、経済宿はかえっておもしろくない)、かん安売、これはどうかと思う、かんは棺である。

十一月十五日 秋晴、滞在。

早起、身心軽快、誰も愉快そうだ、私も愉快にならざるをえないではないか。

八時から十一時まで行乞、なぜだかいやでいやでたえがたくなって、河原に横ってお弁当を食べたり景色を観たりしても、気分がごまかせない、あちらこちらを無理に行乞して二時帰宿、一杯ひっかけた、財布に五銭、さんやに一合しかない、行こう行こう、明朝はどうでもこうでも出立しよう、絶食もよし、野宿もやむをえない、――放下着、こだわるな、こだわるな、とどこおりなく流れてゆく、――それが私の道ではないか!

今朝、同室のおへんろさん二人出立、西へ東へ、御機嫌よう、御縁があったらまた逢いましょう。

新客一人、野宿のお遍路さんらしい。

――水のように、雲のように。――

今日の功徳は銭三十三銭、米五合也、食べて泊って、そして一杯ひっかけて、煙草も買ったので、残るところは……心細いといえば心細い、その心細さで明日からは野に臥し山で寝なければならないだろう、三度の食事もあまりあてにはなるまい!

十一月十六日 晴――曇、行程八里、越智町、野宿。

暗いうちに起きたが出発は七時ちかくなった、思いあきらめて松山へいそぐ、――高知では甲斐なくも滞在しすぎた、さよなら、若い易者さんよ、老同行よ、さよなら高知よ。

途中処々行乞、伊野町へ十一時着いて一時まで行乞(道中いそいだので老同行を追いぬいたのは恥ずかしかった、すまなかったと思う)、銭三十四銭米六合戴いた、仁淀川橋、土佐紙などが印象された。

Chapter 2 of 4
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