(1)あの世の入口に関する幌別の酋長談
おれには父さん母さん大きい兄さん小さい兄さんがあった。おれは末っ子で、みんなに可愛がられ、何不自由なく暮らして、今はあちらこちら走り使いにやられるほど大きくなった。ところが、父さんも、母さんも、兄さんだちも、何の病気か、ほんの二、三日寝こんだかと思うと、ぽっくりと死んでしまって、おれはたちまち独りぼっちになってしまった。村の人々は独りぼっちのおれをなにくれとなく慰めてくれ、何かうまいものがあればいちばん先におれに届けてくれた。
ところで、おれには叔父がひとりあって、村の上手を支配していた。たいへんな長者だが、ひどく意地の悪い人で、おそろしい欲ばりだという評判だった。ただひとりの肉親の叔父だから、ときどきその家の戸口まで行ってみるのだが、ふり向いてくれようともしなかった。たいして近い親類でもない連中ですらあんなに親切に世話してくれているのだから、まして肉身の叔父とあれば、父さんや兄さんだちになりかわって、沖漁から山狩から舟掘り網つくり彫刻などについて、いろいろ教えてくれてもよさそうなものだが、何ひとつ教えてくれようともしなかった。
その叔父が、ある日何と思ったか、にこにこしながらやって来て、おれを山狩りにさそった。叔父のことだからどうせろくな考えではあるまいと、心の中で神々に祈りながらついて行くと、ずっと山奥に大きな穴があった。叔父はあちこち見やって誰もいないのをたしかめると、おれに向ってこう言った――
「これ、わしのかわい甥よ、おまえこの穴から先に入ってみなさい。わしもすぐ追っかけて行くから……」
後から追っかけて来るなんて、どうせうそにきまっていると思ったが、勇気をふるい起しておれは穴の中へ入って行った。穴はどこまでも長く続いていて、おれの行く手が明るくなると後が暗くなり、後が明るくなると行く手が暗くなる、という状態をくりかえしながら見て行くと、とつぜん思いもかけない美しい村に出た。
見れば海はひろびろと凪ぎわたっている。沖には弁財船が岩礁のように浮んでいて、そこと岸辺の間を荷揚げの小舟が行ったり来たりしている。その岸辺にはおびただしい家数を持った村が展開していて、奥の家々は森の中にまぎれこみ、前の家々は海にまでせり出して来ている。村はずれに大きな川がしらじらと光っていて、何の魚であろうか、下方の群を川底の砂がこすり、上方の群を日光がこがしている。村へ入ろうとする所に大きな土饅頭、小さな土饅頭が重なりあうように列をなして並んでいる。そのそばに男の墓標女の墓標が林立している。奥の方から、若い男女が下りて来ておれのそばを通るのに、ちっともおれの方を見ない。あらぬ方ばかり見て通る。ときどき、おれがまだ小さい頃、村で見たことのある病死した男や女が通りかかるのだけれども、やはりおれの方を見ずに、あらぬ方ばかり見て通りすぎるのである。ただ犬だけは、おれに向って猛烈に吠える。するとその連中はふしぎそうな顔をする。
海辺に黒々と人だかりがしているのでそこへ行って見ると、舟から荷物を揚げるのを大勢の人々が見物しているのであった。その連中のなかに、思いもかけず、父さんや母さんがいた。昔よりずっと若く元気でにこにこしながら荷揚げするのを見ている。誰ひとりおれの方を見るものがない。父さん、母さんと言って飛びつきたいのをがまんして見ていると、いま着いたばかりの荷揚げ舟の中から、思いもかけぬ兄さんだちが、これまたすこぶる若く元気な様子で上って来た。おれのそばを通っても気づいた風もない。
その間も犬どもは絶えずおれに吠えかけている。すると村の老人たちは戸口に出て来て、何かぶつぶつ言いながら灰をぱっぱっとそこらへまきちらす。おれはふしぎに思ってそれを見ていると、大きい兄さんがそばへ来て、あらぬ方を見ながら、こう言った――
「これ、上方の国から来た小さい弟よ、よく聞いてくれ。この村は下方の国という所だ。上方の国で人が死ぬと、その肉体は墓穴の中に入れられ、そこで腐ってしまうけれども魂というものは死なずにこの下方の国へ来てこのように働きながらたのしく暮らしているのだ。しかし上方の国で神のとがめる悪行をした者は、男でも女でも死んでもこの下方の国で暮らすことができず、罰せられる場所へやられて罰せられ、ある者はカエル、ある者はマムシ、ある者はトカゲ、ある者は何か悪い鳥にされて、ふたたび上方の国へ出されるのだ。上方の国から生きたままこの下方の国へ来ると、下方の国の人々にはその体が見えない。ただ犬だけがぼんやりそれを見ることができるのだ。それで先ほどから誰もおまえを見ようとしなかったのである。婆さんたちが灰をまくのは、犬が吠えて眠れないからだ。上方の国で日が暮れると、下方の国では夜が明ける。上方の国で夜が明けると下方の国では日が暮れるのだ。おまえはここでほんの僅かの間見物しただけだと思うのだろうが、じつは十日以上も居るのだよ。われわれがこの神の国に来てからふりかえって見ると、父さんの弟であるあの叔父が、わが家に先祖代々伝わる家宝の金の玉六つの玉、銀の玉六つの玉に目をつけて、それが欲しいばかりに悪魔に願をかけて、われわれをのろい殺したのだった。そしておまえをも殺そうとねらっていたのだが、村の人々が神々に祈って目を離さないので、そのすきがない。そこでいろいろ考えたあげく、おまえを山狩にさそって、山の中のアフンルパにおまえをだまして入らせたのである。アフンルパという穴は下方の国へ入る道をそういうのである。(ahun-ru-par ari a-ye suy anakne pokna-sir un ahun ru ene a-ye-i ne ruwene)死なずに生きたままでこの下方の国へ来た者は、上方の国へ戻ったとしても、長くは生きない。二、三日して死ぬ者もあり、二、三ヶ月して死ぬ者もあり、一年たって死ぬ者もある。と先祖の言い伝えにあるのを知っているものだから、それでおまえをだましてここへよこしたのだ。そして自分は家へ帰って、おまえが帰って来るかどうか様子をうかがっていたのだが、村の人々はおまえが急にいなくなったので、叔父の所へおしかけて、
「村の中央のおれたちが奉仕している少年をどうした? 殺したのならその死体をどこへやった?」
と、今日で十日あまり、毎日休まずに責めたてている。最初はおまえが帰ってこないのを内心よろこんでいたのだが、今は勝手に家宝の金銀の玉を盗むこともならず、おまけに毎日毎日ひまなく責めたてられるので、ゆっくり食事することもできないありさまだ。おまえはもう、上方の国生れ育った国にもどりなさい。生きながら下方の国へ来た者は、上方の国へ戻っても、運が悪くてすぐ死ぬことになってはいるけれども、誰か身がわりの者をよこせば、本人はかえって栄えて、人一倍長生きをするということになっている。おまえは上方の国へ帰ったらすぐ叔父の所へ行って、下の国の美しいこと楽しいことを話し、おれたちが待っているからと告げて、なんとか叔父をだまして下方の国へ来るようにしなさい」
そこで、おれはふたたび犬どもに吠えられながらアフンルパの所へ来て、そこから前のようにおれの行く手が明るくなると背後が暗くなり、背後が明るくなると行く手が暗くなる、という状態をくりかえしながら、とうとう穴を走りぬけておれの村へ帰って来た。
――この話はまだだいぶ長く続く。これから、この少年が叔父の家へ行って、村の人々に責めたてられている叔父をだまして、自分の身代りにアフンルパからあの世へ送りだしてやり、その後で美しい女をめとって、亡き父の後をついでウラシペッ村の酋長になり、村と共に栄えて行くてんまつが、散文物語特有のだらだらとした調子で語られて行くのである。しかし本稿当面の目的はすでに達しられたので、この辺で打ちきることにする。
次ぎに掲げるのは日高国沙流郡平取村字荷菜の平目カレピア婆さんが久保寺逸彦氏に伝えたもので、訳文も同氏の手になる。同氏によれば、これは胆振の有珠か虻田へんの人が、とある海岸の洞穴から下界の国へ迷いこんで帰ってから村人にいちぶしじゅうを物語る、いわば一種の実歴談として信じられているという。