十 ある晴れた日に
四月とはいってもまだ寒さの名残りは午後の浜べにみちていた。砂の上に足をなげだしていた大石先生は、思わず立ちあがって、はたはたとモンペのひざをはたいた。そのうしろ姿へ呼びかける者があった。
「先生、そんなとこで、なにしておいでますか?」
西口ミサ子であった。
「まあ、ミサ子さん」
はでな花模様の銘仙の袷にきちんと帯つきで、ミサ子はこれからどこかへ出かけそうなかっこうに見えた。あらたまったあいさつのあと、きゅうに親しさをみせて、
「先生にお目にかかりたくて、いま、学校へゆくところでしたの」
そういってから、もう一度あらためて腰をこごめ、
「先生、このたびはまた、ふしぎな御縁で勝子がお世話になることになりまして、どうぞよろしくお願いもうします」
そのゆっくりとしたものいいぶりや、ていねいなものごしは、二十年前の彼女の母親にそっくりであった。しかしミサ子のほうは、さすがにあっさりと生地をみせ、なつかしそうにいった。
「先生がまた岬へおいでるというのを聞いて、わたし、うれしくて涙が出ましたの。母子二代ですもの。こんなこと、めずらしいですわ、ほんとに。でも先生、お達者で、よろしかったこと」
「おかげさまで。でも、みんな、いろんな苦労をくぐりましたね」
それには答えず、あたりを見まわしながら、ミサ子は、
「先生が怪我をしたところ、ここらへんでしたかしらん?」
なつかしそうな目をしていった。
「そう、でしたね。よく思いだしてくれたこと」
「そりゃあ忘れませんわ。ときどき思いだしては早苗さんと話していたんですもの。わたしらのクラスは、岬に学校がひらかれていらいの変わりものの寄り集まりらしいって。ほら、あのとき、先生とこまで歩いていったりして」
そういいながら、はるかな一本松に目をやり、ちょうど近づいてきた大吉の舟を、けげんな顔でながめた。舟はもう目の前にその姿を見せていたのだ。そのほうを、顔をふってしめしながら、大石先生は笑顔でいった。
「ミサ子さん、あれ、わたしの息子ですよ。ああして毎日、わたしを迎えにきてくれますの」
それを聞くとミサ子は驚きを声に出し、
「まあ、そうですの。それで先生、浜においでたんですか」
もう三日つづいている大吉の出迎えを、ミサ子はまだしらなかったのだろうか。昔からあまり人とまじわらない家風をミサ子もうけついでいるようにみえた。しかし時代の風はミサ子の家の高い土塀をも忘れずにのりこえて、彼女の夫をもさらっていったまま、まだ帰らぬ兵隊のひとりに加えていた。だが目の前に見るミサ子は、くったくのない娘のように大らかに、昔ながらの人のよい顔つきでにこにこしていた。そまつなモンペから足をぬくことができないでいる村人のなかで、彼女ひとりは大家の若奥さまなのだ。永い年月の昨日から今日につづくさまざまな苦労を、どのようにしてミサ子はくぐってきたのであろうか。終戦のときには、西口家の倉庫にも、軍の物資が天井まで積みあげてあるという噂もあったが、ほんとうかうそかさえも分からずにすぎている。その物資でミサ子の家はふとっているという噂も聞いたが、ミサ子の顔つきには、そんな悪のかげりはみえなかった。
今も彼女は大石先生と肩をならべ、大吉の舟のひとゆれごとに本気な心配をみせた。
「この風では、子どもには少し無理ですわ、先生。あ、あぶない!」
大吉の小さなからだは櫓といっしょに、海にのめりこみそうに見えたりする。そのけんめいさは、小舟とともに大吉の小さなからだにあふれていて、見ているこちらもしぜんに力んできた。おかでは寒くさえあるのに、大吉は汗みずくにちがいなかった。
「自転車は、もうお乗りにならないんですか、先生」
ミサ子から声をかけられてもそれに耳をかすゆとりもなく、大石先生は、波にもまれる大吉を小舟もろともたぐりよせたい気持で見ていた。ミサ子はかさねて、
「雨や風の日は、舟はむりでしょう。自転車のほうが、かえって早いでしょうに」
「ええ、でもねミサ子さん、自転車なんて、きょう日は、買うに買えないでしょ。もしも買えるとしても、ふところが承知しない」
舟から目をはなさずにいいながら、以前でさえも月賦で買ったことを思いだした。それをしてくれた富子という自転車屋の娘は、そのあと結婚して東京でくらしていたのだが、はがきさえも品切れがちの戦争中に消息もたえ、そのままになっている。東京の本所で、やはり自転車屋をしていた彼女一家が、今どこにどうしているか、おそらくは三月九日の空襲で一家全滅したのではなかろうかと考えだしたのは、戦争も終るころだった。わが身のあわただしい転変に心をうばわれ、人のことどころではなかったのだ。
K町の富子の父たちの住んでいた家はいまも自転車屋であるが、どんないきさつからか戦争中に店主がかわって、今では、いつ見ても貧相な感じの年とった男が一人、きたない古自転車をいじくっているだけだった。そこでも、あととり息子が戦死したのだ。新らしい自転車など、どこにあるのだろう。だのにミサ子は、しごくかんたんにいった。
「先生、もしも自転車をお買いになるんでしたら、ご相談にのりますから」
それがどういう意味なのか問いかえすひまもなく、大吉の舟はきゅうに速力をまして近よってきた。陸地のかげにはいって、風がなくなったのであろう。大吉は母親にだけにっと笑って、そっぽをむいてすましていた。水棹を押していつもするように舳を砂浜によせ、母親の乗りこむのをまっている大吉の横顔に、いつもとちがったことばがいち早くとんできた。
「さ、坊ちゃん、つかまえてますから、あがってらっしゃい」
おどろいてふりかえる大吉に、こんどは大石先生が笑いかけ、
「大吉、ひと休みしたら?」
だまってかぶりをふる大吉へ、かさねて、
「ちょっとお母さん、この方に、お話があるの。だから、そのあいだだけ待って」
大吉はおこったような顔をして、だまって浜にとびおりた。大きな石にとも綱をとるのをまって、
「大吉も、ここへおいで」
大吉もいる前で、ミサ子に自転車の話をききたいと考えたのだが、もうそのことは忘れたような顔をしているミサ子と、大人っぽく膝をだいて沖を見ている大吉とにはさまれて坐ると、どうしたのか自転車のことは口に出したくなくなった。どんな方法がミサ子にあるというのか。いずれは、おたがいの心をよごすほかに道がないことがわかるように思えたからだ。重くるしくだまっていると、それをほごすように、ミサ子は気がるに話しだした。
「早苗さんと、こないだ話したんですけど、わたしらのクラスだけで、先生の歓迎会をしようかって」
「まあうれしいこと。でも、歓迎していただくほど、わたしが役だちますかどうか。ここへくるまでは、昔のまま元気なつもりでしたのにね、きてみると泣けて泣けて。泣けることばかりが思いだされましてね……」
そういってもう涙ぐんでいる先生だった。それをいそいでぬぐい、思いさだめたようすを声のひびきにこめて、
「しかしまあ、うれしいことですわ。クラスの人、何人いますの」
「男が二人、女が三人。でも女のほうは小ツルさんやマッちゃんも呼ぼうと、いってますの」
「マッちゃんて、川本松ちゃん?」
「え、ながいこと、どこにいたやらわからなかったのが、戦争中にひょっこり、もどってきたんですの。ほんのちょっと居ただけで、またどこかへ出てゆきましたけど、マスノさんが所を知ってるそうです。マッちゃん、きれいになって先生、みちがえそうでしたわ」
そういいながら、ミサ子の顔に異様な表情が走ったのを、わざと気づかぬ顔で大石先生は、おとといの教室を思いだしていた。
――ちさとさんは、お父さんもおじいさんも大工さん?
――ううん、大工さんは、おじいさん。
――松江さんて、お姉さんでしょ?
――ううん、お母さん。大阪におるん。洋服おくってくれたん。
松江そっくりの黒い目をかがやかせた川本千里であった。それについて、ミサ子に聞く気はおこらなかった。しかし、別のことできかずにいられないことがあった。
「それよりか、富士子さんはどうしてるか、わかんないの?」
ミサ子は松江のときの表情をいっそう強めていった。
「あの人こそ先生、かいもく行方不明ですわ。なんでも戦時中、成金さんにうけだされて出世したという噂もありましたけど、どうせ軍需会社でしょうから、今はどうなりましたか……」
知らずしらず顔色に出たミサ子の優越感にも、人生の裏道を歩いているらしい松江や富士子のことにも、わざと目をそらすかのように大石先生はうつむいて、じぶんにでもいって聞かせるように小声でつぶやいた。
「生きていれば、また会うこともあるけれど、死んでしまっちゃあね」
ミサ子もしんみりと声をおとし、
「ほんとですわ。死んで花実が咲くものか……。コトやんが死んだのは、ごぞんじですか?」
だまってうなずく先生に、ミサ子は立てつづけて、
「ソンキさんのことは?」
おなじようにうなずく先生の目に、またも涙はあふれていた。磯吉が失明して除隊になったと早苗から聞かされたとき、早苗といっしょに声をあげて泣いた先生であったが、あのときの悲しみは今も心の底に沈もっている。早苗が見舞いにゆくと、磯吉は眼帯をした顔を膝につくほどうつむきこんで、いっそ死んだほうがよかったとしょげきっていたという。質屋の番頭をこころざしていた彼が、貧しい実家にかえっての立場を思うと死にたかった磯吉の気持もさっしられて、泣いたのだが、今はもうちがってきている。その後の磯吉が、町のあんまの弟子入りをしたと聞いて、彼のそのおそがけの出発にほっとしていたからだ。たった一つの生きる道、その暗黒の世界を磯吉はどのように生きぬくであろうか。しかしミサ子は、じぶんの心の貧しさをさらけだすようなことをいった。
「生きてもどっても、めくらではこまりますわ。いっそ死ねばよかったのに」
だれが磯吉をめくらにしたか、そんなことはちっとも考えてはいないようなミサ子のことばに、もう逃げてはいられないとばかりに、大石先生はいった。
「そんなこと、ミサ子さん、そんなことどうしていえるの。せっかく立ちあがろうとしているのに。ことにあなたは同級生よ」
叱られた生徒のようにミサ子はあわてて、
「でも、でも、ソンキさんは、人にあうと死んだほうが、ましじゃ、ましじゃというそうですもの」
じぶんの考えの浅さに目がさめたように、あかい顔をしてミサ子はいった。
「それを、気のどくだと思わないの。死にたいということは、生きる道がほかにないということよ。かわいそうに。そう思わないの」
「そりゃ、思いますとも。かわいそうですわ。なんといったって同級生ですもの。でも、だいたい、わたしたちの組はふしあわせものが多いですね、先生。五人の男子のうち三人も戦死なんて、あるでしょうか」
ならんでいる大吉に肘をつつかれて、大石先生はきゅうに気がついてふりかえった。六、七人の子どもが、三人のすぐうしろを、みだれた半円形にとりまき、珍らしそうにながめていた。きゅうにふりむかれて子どもらは、飛びたつ鳥のように走りだしたが、走りながら叫んだ。
泣きみそ せんせ
泣きみそ せんせ
すぐうしろの丘の共同墓地のほうへ逃げてゆくのを見ると、
「ちょっと、お墓へまいりましょうか、ミサ子さん」
「え、水もらっていきましょう」
ミサ子はすばやく立って小走りに、道ばたの家へはいっていった。まもなく手桶をもって出てくるのを見ると、大石先生はあごをしゃくって墓地のほうをしめしながら、
「すぐそこ、ほんの十分かそこらだから、まっててね。お母さんの教え子の墓まいりなんだから。いっしょに、きてもいいけど」
なんとなく不服らしい大吉を残して、二人はならんで歩きだした。
「まあ、ノッポになったことミサ子さん。あんた一ばんちっちゃかったでしょう」
「いいえ、コトやんです。そのつぎがわたしでしたわ。……先生、コトやんの墓」
道ばたから二足三足はいったところに、そのコトエの墓はあった。雨風にさらされ、黒くなった小さな板屋根の下に、やはり黒っぽくよごれた小さな位牌が一つ、まるで横になって寝ているように倒れていた。生前のコトエが使っていたのであろうか、浅い茶碗に茶色の水が半ば干からびていた。それになみなみと水をそそぐそのわきで、大石先生は位牌をとって胸にだいた。これだけが、かつてのコトエの存在を証明するものなのだ。俗名コトエ 行年二十二歳 ああ、ここにこうして消えたいのちもある。医者も薬も、肉親のみとりさえもあきらめきって、たったひとり物置きの隅で、いつのまにか死んでいたというコトエ。――もしもわたしが男の子だったら役にたつのにというて、お父さんがくやむんです。わたしが男の子でなかったから、お母さんは苦労するん……
男に生まれなかったことをまるでじぶんや母親の責任であるかのようにいった六年生のコトエの顔が浮かんでくる。希望どおり彼女が男に生まれていたとしても、今ごろは兵隊墓にいるかもしれないこの若いいのちを、遠慮もなく奪ったのはだれだ。また涙である。
「去に。めずらしげにつきまわらんと」
そういったミサ子の叱り声で、子どもたちに見られていることに気がついた。
「ほんとに、いよいよ泣きみそ先生と、思うでしょう」
そういって笑うと、ミサ子もいっしょに笑いながら、うながすように柄杓をさしだし、
「先生、さ、お水」
いつのまにまつったのか、摘み花のマユミの葉が茶碗に青くもりあがっていた。兵隊墓は丘のてっぺんにあった。日清 日露 日華 と順をおって古びた石碑につづいて、新らしいのはほとんど白木のままの朽ちたり、倒れているのもあった。そのなかで仁太や竹一や正のはまだ新らしくならんでいた。混乱した世相はここにもあらわれて、罪もなく若い生命をうばわれた彼らの墓前に、花をまつるさえ忘れていることがわかった。花立ての椿はがらがらに枯れて午後の陽をうけている。きちんと区画した墓地に、墓標だけがならんでいる新らしい兵隊墓。人びとの暮しはそこへ石の墓を作って、せめてものなぐさめとする力も今はなくなっていることを、墓地は語っていた。
それは大石先生の心にもひびくことであった。同じような夫の墓を思いながら、あちこちと春草の萌えだした中からタンポポやスミレをつんで供えると、二人はだまって墓地を出た。もう泣いてはいなかったが、うしろからぞろぞろついてくる子どもたちは、あいかわらずよびかけた。
「泣きみそ せんせえ」
すると、うてばひびくように、大石先生はふりかえりざま答えた。
「はァいィ」
おどろいたのはミサ子だけではなかった。子どもたちのやんやと笑う声をうしろに、先生も笑いながら、まだ知らぬらしいミサ子にいった。
「どうも、へんなあだ名よ。こんどは泣きみそ先生らしい」
若葉の匂うような五月はじめのある朝、大石先生は校門をくぐるなり、一年生の西村勝子の待ちかまえていたらしい姿に出あった。
「せんせ、ゆうびん」
ほこらしげに勝子は、一通の手紙をつきだした。
――たまの日曜日、先生も御用の多いこととおさっしいたしますが、どうぞどうぞお出かけくださいませ。一度御相談してからと思っていますうちに、だんだん麦も色づきだしましたし、麦刈りが近づくにつれ、しだいにむつかしくなりそうでしたので、大いそぎ私たちでとりきめました。この日ですと、たいていの顔がそろうはずですから、どうぞお出かけくださいますよう……
例の歓迎会の案内である。ミサ子やマスノの名も書いてあったが、早苗の字なのは、はじめからわかっていた。読みおわった先生は、勝子にむかって、
「お母さんに、先生が、ハイっていってたといってね。わかった。ただね、ハイっていえばいいの」
だが、ひとりじぶんの机の前に腰かけると、さて困った、とつぶやいた。というのは、ちょうどその日にあたるあさっての日曜日には、少し早いが八津の年忌をしようと、昨夜大吉たちと約束をしたばかりなのであった。いなりずしでも作ろうというと、
「わあっ!」
と、並木はからだごと歓声をあげ、大吉は大吉で兄らしい思慮をめぐらしていたのである。
「お母さんお母さん。八津の墓にもいなりずしもってってやろう。ぼく、明日学校の帰りにK町のやみ市であぶらげ買ってきとく。お母さんお母さん、あぶらげ何枚たのむん? お母さんお母さん、やみ市でも大豆持っていくん? 何合もっていくん? お母さんお母さん、ぼくたち、今日から瓶で米つこうか――」
こんなときやたらお母さんお母さんとかさねていうのが大吉のくせであった。よほどうれしかったのだ。それをのばすといったら、どんなにかがっかりするだろう。年忌とはいっても、時節がら客をまねいたり、坊さんをよんだりするのではない。いわば、いつも留守番をしたり、送り迎えをしてくれる二人の息子をなぐさめるための計画であり、久しぶりに月給をもらったひそかな心祝いでもあった。それを八津に結びつけたのは、八津と同い年の一年生を見るにつけ、八津が思いだされたのでもあったし、ミサ子といっしょに仁太や竹一たちの墓へまいったりしたことからの思いつきでもあったろう。
その日先生は家へ帰ってから、二人の子どもの前で話しだした。
「なあ、君たち、こまったことができたんだけど、あさっての日曜日、お母さん用事ができたの。八津の年忌、一週間のばそうよ」
「いやっ」
「いやだっ」
二人はま正面から反対した。
「そう。こまったな。お母さんの昔の教え子がね、歓迎会をしてくれるというのよ。歓迎会って、よろこんでむかえてくれる会よ。それをことわるわけには、いかんだろ」
「いやっ。やくそくしたもん」
いつも留守番の時間の多い並木はひるまずそういったが、大吉はさすがにだまっていた。しかしその顔には、失望の色がはっきりあらわれていた。
「そうよ。おまえたちと約束したから、お母さんこまったのよ。いっしょに考えてよ、並木も大吉も。お母さん、歓迎会にいかないで、家にいたほうがいい?」
そして、手紙をよんで聞かせた。二人ともだまりこんで、顔を見あわしていたが、やがて並木は、ぶつぶつとつぶやいた。
「やくそくしたもん。ぼくらのやくそくのほうが、さきだもん。民主主義だもん」
民主主義に思わずふきだしたお母さんは、それと同時に一つの考えがうかんだ。
「じゃあね、これはどう。八津の年忌はのばすのよ。そして、あさっては本村へピクニックとしようや。お母さんの会は水月楼よ。ほら、香川マスノって生徒のやってる料理屋。そこで、歓迎会がすむまで、おまえたち、本村の八幡さまや観音さんで遊ぶといい。お弁当は、波止場ででも食べなさいよ。そうだ、釣竿もってって波止場で釣りしたっておもしろいよ。どう?」
「わあっ、うまい、うまい」
並木がまたさきに歓声をあげ、大吉もさんせいらしい笑顔でうなずいた。
日曜日は朝から曇っていた。ふりさえしなければ、一本松から一里の道を歩くにはかえって都合がよかった。歓迎会は一時からというので、十二時にはもう家を出た。以前ならば十五分ほどバスにのればゆけた道を母子はてくてくと歩きだした。珍らしいことなので、出あう人がきいた。
「おそろいで、どちらへ?」
返事をするのは並木ときまっていた。並木は少しふざけて、
「ぴくにいくんだよ」
それはピクニックというのをわざとそういったのであるが、だれにも通じなかった。ききかえすものもなかった。それがまた、二人にはおもしろくてたまらなかった。向こうから知った人の姿があらわれるたびに、
おそろいでどちらへ、
と二人は、母子三人だけに聞こえる声でいう。すると、かならずそれはあたった。
「おそろいでどちらへ?」
「ぴくにいくんです」
並木はすごく早口でいって、とっととゆきすぎた。大吉がおっかけていって、二人はしゃがみこんで笑う。こんなことは生まれてはじめてなので、二人はうきうきしていた。何度も同じことをくりかえしているうち、もうたずねる人もなくなったころには、隣りの村にさしかかっていた。本村にさしかかり、お母さんと別れねばならぬ場所が近づくと、さすがのきょうだいも少し不安になったらしく、かわるがわるきいた。
「お母さん、ぼくらのピクニックのほうが早くすんだらどうしよう」
「そしたら水月の下の浜で、石でも投げてあそんどればいい」
「本村の子が、いじめにきたら」
「ふん、並木もいじめかえしてやりゃあいい」
「ぼくらより強かったら」
「かいしょうのない、大きな声でわあわあ泣くといい」
「笑われらァ」
「そうだ、笑われらァ。泣き声がきこえたら、お母さんも水月の二階から手たたいて笑ってやらァ」
「お母さんの歓迎会、浜の見える部屋?」
「たぶんそうだろう?」
「そんならときどき顔出して見てなあ」
「よしよし、見て、手をふってあげる」
「そしたら、大石先生とこの子じゃと思うて、いじめんかもしれん」
並木に大石先生といわれたことで、大石先生は思わずにやりとなり、
「へえ、大石先生か、このお母さんが……」
岬では泣きみそ先生といわれているといおうとしてやめた。別れ道へきていた。そこから二人は八幡山へ登るのだった。十間ほどもいってから、大吉が叫んだ。
「お母さん、もしも、雨降ってきたら、どうしようか?」
「あんぽんたん。二人で考えなさい」
水月まではもうあと十分たらずだった。まっすぐに歩いてゆくと、向こうから早苗とミサ子が子どものように走ってきた。
「せんせえ」
ろくにあいさつもしないで、両側からとびついてきた。
「先生、めずらしい顔、だれだと思います?」
早苗がいった。
「めずらしい顔?」
「一ぺんにあてたら、先生を信用するわ。な、ミサ子さん」
二人はいたずらっぽくうなずきあって笑った。
「ああこわい。信用されるかされないか、二つに一つのわかれ道ね。さてと、めずらしいといわれると、さしずめ、ああ、ふたりでしょう、富士子さんに松ちゃん?」
「わあ、どうしよう!」
早苗は子どものように大声をあげた。
「あたったの? 二人ともきたの?」
「いいえ、ひとりです。ひとり。あてて? わあ、もうわかったわ。いるんだもん」
三人はもう水月の前にきていた。見ていたのか玄関には小ツルやマスノをまん中にして、ずらりとならんでいたのだ。黒めがねの磯吉にどきんとしている大石先生の肩へ、いきなりしがみついて泣きだしたのは、マスノの横に立っていた、どことなくいきなつくりの着物をきた女だった。
「せんせ、わたし、松江です」
名のられるまえに、先生もすぐ気がついた。
「まあ、ほんとに珍らしい顔。よくきたわねマッちゃん、ほんとに、よく。ありがとうマッちゃん」
松江はしゃくりあげながら、
「マスノさんから手紙もらいましてな、こんなときをはずしたら、もう一生仲間はずれじゃと思うて、恥も外聞もかなぐりすててとんできました。先生、かんにんしてください」
それこそ恥も外聞もなく泣きだすのをみると、マスノはわざと衿がみをつかんでひきもどしながら、
「これ、マッちゃんひとりの先生じゃありませんぞ。さ、いいかげんで、上へ行こう、行こう」
やっぱり海に向かった座敷だった。
「ソンキさん、こんにちは」
先生は磯吉の手をとって、いっしょに階段をあがろうとした。
「あ、先生、しばらくでした」
「七年ぶりよ」
「そうですな。こんなざまになりましてな」
磯吉は、ちょっと立ちどまってうつむいたが、ひかれるままに先生とならんで階段をあがった。曇っていた空は少しずつ晴れまを見せ、ま昼の太陽は海の上にぎらぎらしていた。二階はまぶしいほどのあかるさなのに、山に面した北窓のほうは今にも降ってきそうな、奇妙な空模様である。しかし、八畳を二つぶっとおした部屋に、さわやかな風はみちわたり、肌にこころよくしみとおるようだった。
「ああら、眺めのいいこと、ちょっとォ……」
てすりのそばからだれにともなくふりかえった小ツルは、きゅうに口をおさえてあとをいわなかった。磯吉を見たからだ。そのまの悪さをすぐに、ふっ消すように、マスノはれいのゆたかな声で、
「さ、先生はここ。ソンキさんとならんでください。こっちがわがマッちゃん。ふたりで先生をはさんで、堪能するだけしゃべりなさい。あとはめいめい勝手にすわって」
投げだすようにいってはいるが、それはじつに思いやりのあるマスノのはからいであることを、先生はひそかに感じた。
「先生を、一年生みんなでおむかえしたつもりですの。ですから……」
ちらりと磯吉を見て、マスノもやはりあとをいわずに床の間を指した。そこにはハガキ型の小さな額縁にいれた一本松の下の写真が、木彫の牛の置物にもたせかけてあった。早苗がかんたんではあるが、あらたまった挨拶をすますと、マスノはまたまを置かずにいった。
「さ、あとは無礼講でいきましょうや。昔の一年生になったつもりで、なあ、ソンキ」
きちんとかしこまった磯吉はにこにこしながら膝をさすった。さっきから、きっかけをつかもうとあせっていた松江は、先生にすりよっていって、その顔をのぞきこむようにしながら、
「せんせ、千里がお世話になりまして。それ聞いたときわたし、うれしいてうれしいて。わたしはもう先生の前に出られるような人間ではありませんけど、でも、たとえどんなにけいべつされても、わたしは先生のこと忘れませんでしたの。あの弁当箱、今だって持ってますから、大事に」
そういって、ハンカチーフを目にあてるのを見ると、マスノはまぜかえすような調子で、
「なーにをマッちゃんがまた、酒ものまんうちにひとりでくだまいてるの。やめた、やめたそんなぐち。先生の前でいうこっちゃないわ。昔にかえって!」
ぽんと松江の肩をたたくと、松江はむきになり、しかし陽気さをくわえていった。
「だから昔話してんのに。なあ先生、わたし、あの弁当箱、戦争中は防空壕にまで入れて守ったんですよ。あの弁当箱だけは、娘にもやりたくないんです。わたしの宝でしたの。今日もお米入れて持ってきたんですよ、先生」
それを聞くと吉次が、あ、そうじゃ、といいながら、国民服の脇ポケットから小さな布袋をとりだし、
「はい、うら(私)の食いぶに」
と、マスノのほうへさしだした。
「ええじゃないかキッチン、おまえ、魚もってきてくれたもん」
どうやら今日の会はもちよりであるらしいと思いながら、大石先生はしきりに松江の話を聞こうとした。松江のいう弁当箱とはいったいなんだろうと思ったからだ。防空壕にまで入れた宝の弁当箱とは。
先生はあの百合の花の弁当箱のことをすっかり忘れていたのだった。
「マッちゃん、弁当箱って、なあに?」
小声できくと、松江はとんきょうな声を出し、
「あら、先生、忘れたんですか。そんならもってくる」
とんとん音立てて階段を走りおりていったと思うと、やがてまたとんとんかけあがってきた松江は、みんなの前に、からの弁当箱を、赤ん坊のするあるまいあるまいでしてみせ、
「どうですこれ、わたしが五年生になったとき先生にもらったんですよ皆さん。どうです、どうです」
わあと歓声があがり、
「先生、見そこないました。先生がマッちゃんだけにそんなひいきをしたの、知らなんだ、しらなんだ」
マスノの抗議にまた笑声があがった。しかし、先生は涙ぐんでそれを見ていた。
見せられて思いだしたその弁当箱に、いちども弁当をつめて学校へはこなかった松江のことが、修学旅行のとき、桟橋前の小料理屋で、てんぷらうどん一丁ッと叫んでいた松江の姿が、久しぶりに生きて動いて、いま目の前にいる松江とむすびつこうとしている。かわいそうだった松江、そのかわいそうさをくぐってきたことをじぶんの恥のように卑下しているような松江……。
ぼつぼつ料理が運ばれ出すと、松江はいち早く立ちあがった。ビールとサイダーを両手にもって、なれた手つきでついでまわる。それを見さだめてからマスノがいった。
「さ、先生のために、乾杯!」
マスノはまっさきにコップを干した。松江がつぐのをつづけて干してから、大きなためいきをし、
「ああ、ここに仁太やタンコがおったらなあ。そしたらもういうことないですな先生。ソンキにタンコにキッチンに仁太と、人の好いのがそろとったのに。竹一じゃとて、上の学校へいきだしてからは少しすましとったけど、人間はよかった。わたしらの組、お人好しばっかりじゃないですか。それが、男はみんなろくでもない目にあい、女は海千山千になってしもた。小ツやんや早苗さんじゃとて、やっぱり海千山千よ。ただその筆頭が、わたしとマッちゃんかな。でもやっぱり、人はわるうないですよ。苦労しただけ、もの分かりもええつもりです。ミイさんのような賢夫人や、小ツやんや早苗さんのオールド・ミスのおえら方にはできんことも、わたしらはするもん。なあマッちゃん、大いにやろう」
そういって松江のコップにビールをついだ。ビールをのんでいるのは二人だけなのだ。小ツルははじめから磯吉のそばにすわりこんで、いちいち食べるものの世話役をしているし、松江は松江で、ここがじぶんの持場だというように、小まめに立ったりすわったりして料理をはこんでいた。昔ながらのおとなしさで、だまってのんだり食ったりしている吉次とならんで、早苗はふきだしながら、先生のほうを見、
「な先生、そう思いませんか。こういうところに出ると一ばん役に立たんのは学校の先生だと」
肩をすくめて笑うと、
「わたしこそ」
と、ミサ子がもじもじしたので、そこで笑いが渦まいた。だいぶ酔ってきたマスノは、磯吉のそばによってきて、コップを手ににぎらせ、
「さあ、ソンキ、あんまになるおまえのために、も一ぱいいこう」
気がつくと、磯吉ははじめから膝もくずさず、きちょうめんにかしこまっていた。
「ソンキさん、みんな行儀わるいのよ。あんたももっとらくにすわったら」
大石先生にそういわれると、磯吉は少しななめにまげた首のうしろに手をやり、
「いやあ先生、このほうがじつは、らくなんです」
質屋の番頭が目的だった彼の十代の日の膝の苦行はもう身についてしまっているというのだ。彼はいま、三十に近くなって、こんどは腕をかためねばならないのだ。もうすでにかたまった彼の腕がどこまで、あんまとして成就できるか。しかもそれよりほかに生きる道はないのである。あんまの師匠は、そういう弟子をとりたがらないのだが、マスノの骨折りで、彼のばあいは首尾よく住みこめたという。その磯吉に、マスノはまるで弟あつかいの口をきき、
「おまえがめくらになんぞなって、もどってくるから、みんなが哀れがって、見えないおまえの目に気がねしとるんだぞ、ソンキ。そんなことにおまえ、まけたらいかんぞ、ソンキ。めくらめくらといわれても、平気の平ざでおられるようになれえよ、ソンキ」
ビールは磯吉の膝にこぼれた。それを手早く磯吉はのみほし、マスノにかえしながら、
「マアちゃんよ、そないめくらめくらいうないや。うらァ、ちゃんと知っとるで。みな気がねせんと、写真の話でもめくらのことでも、大っぴらにしておくれ」
思わず一座は目を見あわせて、そして笑った。ソンキにそういわれると、今さら写真にふれぬわけにもゆかなくなったように、写真ははじめて手から手へ渡っていった。ひとりひとりがめいめいに批評しながら小ツルの手に渡ったあと、小ツルは迷うことなくそれを磯吉にまわした。
「はい、一本松の写真!」
酔いも手つだってか、いかにも見えそうなかっこうで写真に顔を向けている磯吉の姿に、となりの吉次は新らしい発見でもしたような驚ろきでいった。
「ちっとは見えるんかいや、ソンキ」
磯吉は笑いだし、
「目玉がないんじゃで、キッチン。それでもな、この写真は見えるんじゃ。な、ほら、まん中のこれが先生じゃろ。その前にうらと竹一と仁太が並んどる。先生の右のこれがマアちゃんで、こっちが富士子じゃ。マッちゃんが左の小指を一本にぎり残して、手をくんどる。それから――」
磯吉は確信をもって、そのならんでいる級友のひとりひとりを、人さし指でおさえてみせるのだったが、少しずつそれは、ずれたところをさしていた。相槌のうてない吉次にかわって大石先生は答えた。
「そう、そう、そうだわ、そうだ」
あかるい声でいきをあわせている先生の頬を、涙の筋が走った。みんなしんとしたなかで、早苗はつと立ち上った。酔ったマスノはひとり手すりによりかかって歌っていた。
はるこうろうのはなのえん
めぐるさかずきかげさして
じぶんの美声に聞きほれているかのようにマスノは目をつぶって歌った。それは、六年生のときの学芸会に、最後の番組として彼女が独唱し、それによって彼女の人気をあげた唱歌だった。早苗はいきなり、マスノの背にしがみついてむせび泣いた。
●図書カード