●遮光器
石器時代土偶中には其面貌實に奇異なるものあり。元來是等土偶は身体全部悉皆比例正しく出來居るものには非ざれど數個の土偶に於ては兩眼に當る部分殊に不恰好に大きく作られたり。左に數例を掲ぐ。(圖右の下及び第一回圖右の方下の隅を見よ)
一、陸奧國西津輕郡龜ヶ岡發見 佐藤蔀氏藏
二、同前 理科大學人類學教室藏
三、陸奧國二戸郡小烏谷村發見 同前
四、同前 同前
五、羽後國南秋田郡御所野發見 同地某氏藏
是等土偶は眼の部何れも横長き橢圓形の輪廓を有し、其中央に一條の横線存在す。輪廓全体を眼とすれば横線を瞳とせざるべからず、横線のみを眼とすれば輪廓は何なるや考へ難し。何れとするも能く解したりとは言ふべからず。然らば此奇異なる面貌は何を示したるものなるか。未開人民の現状を調査すれば大に發明する所有るなり。シベリヤ東北の住民、アメリカ極北の住民及びグリーンランドのエスキモは眼の部分に細き横線を截り透かしたる眼蔓樣のものを用ゐる事有り。是太陽の光線が積雪の表面或は海水の表面より反射し來つて眼を害するを豫防せんが爲なり。其原料には獸の皮と木との別あれど余は是等を總稱して遮光器と言ふ。奇異なる面貌の土偶は疑ひも無く遮光器を着けたる形なり。輪廓は遮光器の周縁にして、横線は透かしなるのみ。コロボツクルの用ゐたる遮光器の原料は何なりしや、明言し難けれど面の彎曲に適ふ樣に作られたると、橢圓形の部の周縁に縫ひ目の如き凹みの存するとの二つに由つて考ふれば恐くは獸の皮なりしならんと思はる縁の部のみは布にて作りしものも有りしにや、第二例に於ては此部に布目の痕を付けたり是等の遮光器は左右兩端に在る紐を以て頭に結び付けられたるものの如し。之を用ゐしは男子ならん。そは此所に述べたる如き面貌の土偶は乳房の部の膨れ方甚少きを以て察すべし。光線反射の眼に害有る男女に從つて差有るの理無し。女子は如何にして眼を保護せしや。今後女子にして遮光器を着けるが如き形の土偶發見さるる事有るやも知らざれど、余は前項の覆面が充分遮光器の用を爲せしならんと考ふるなり。覆面の眼の部には小き孔ありて此所より外を見たりとすれば、光線の反射が甚く眼を害する事は無かりしならん。
未開人民の現状に由つて考ふれば遮光器の必要は積雪多き時に於て殊に深く感ずるものの如し。余は既に頭巾と覆面との事に付きて言ひしが如く遮光器の存在に關しても當時の氣候寒冷なりしならんとの事を想像するなり。(續出)