五
竜之助と、薩州の壮士と、棒を持った変人と、三人の姿を山科の奴茶屋の一間で見ることができました。三人まるくなって、酒を酌みかわしながら、薩州の壮士曰く、
「不思議な流儀もあったもんじゃ、えたいが知れん、俺も一刀流の道場はたんと廻ってみたがな」
棒を持った変人は竜之助に代って、
「うむ、この人の剣術は一流じゃ、てこずらぬ者は珍らしいよ、関東の剣術仲間では音無しと名を取ったものでござる」
「なるほど音無し、音無しに違いはない、なんにしても珍らしい、関東には変ったのがある、ハハハハ」
高く笑う。
「西国にもずいぶん変ったのがござるようじゃ、貴殿のお差料などもその一つ」
「うむ、これか」
壮士は、座右の長い刀を今更めかしく取り上げて、
「主水正正清じゃ」
「拝見致す」
型の如く鞘を払って、つくづくと見る、相州伝の骨法を正確に伝えた薩摩鍛冶の名物。竜之助もまた傍からじっと見て、
「なるほど」
「国の習いで、抜けば鞘を叩き割るのが、血を見ずに鞘へ納まったは今日が初め、まあ仲裁ぶりに愛でて不祥するわ。時に貴殿のは」
竜之助の武蔵太郎、これも如法に見納めて、
「切れそうだ、だいぶ血を嘗めとるな」
「今日も一つ、嘗め損うた」
「それはこっちの言うことじゃ」
二人は面を見合って笑う。壮士のは、明けっ放しの笑い方、竜之助のは苦笑い。
「なんにせよ、二つの獲物を取って押えたのは俺が棒の手柄」
商人体の変人は、座敷の隅の棒を横目で見ながら言い出すと、壮士は、
「あれは何だ、不思議な棒だな」
「このごろ大阪の相撲どもが、毛唐の足払いと名づけて拵えよる、それを一本貰うて来た」
「ドレ、見てやる」
壮士は、立ってその棒をさげて来た――これは力士小野川が水戸烈公の差図により、次第によらば攘夷のさきがけのためとて、弟子どもに持たせた樫の角棒。
うちとけて三人は飲み合って、最初になすべきはずのを、いざ別るる時になって名乗り合ってみると、壮士の言うには、
「拙者は薩州の田中新兵衛」
田中新兵衛は飄然として、どこへか行ってしまった。
あとに残ったのは竜之助と、かの変人、実は変人でも愚物でもない、水戸の人で山崎譲。新徴組の一人で、香取流の棒をよく使います。竜之助とは江戸時代からの知合いで、はからずあの場へ来合わせて仲裁を試みたもの。
田中去って後、竜之助と山崎とは水入らずの旧知で、
「時に吉田氏、その後の雲行は、いよいよ穏かでないぞ」
「うむ、そうか」
「清川八郎が手で、新徴組の大部が江戸へ帰ったことは聞いたか」
「それは聞いた、横浜の毛唐を打ち攘う先鋒とやら」
「清川は食えぬ奴、なんというても新徴組第一の人物」
「そうかも知れぬ」
「毛唐を打つというも、実は江戸で事を挙げる、新徴組をダシに使うて幕府を覘う奴じゃ」
「なるほど、あいつは放っておいたら、えらいことをしかねない」
「芹沢、近藤、土方など、幾度もあいつが首を覘うたが、運が強い」
「うむ」
「ところが、天運めぐりめぐって、ついこの間、首尾よく清川を討ち止めた」
「ナニ、清川が殺された?」
「いかにも。芝の赤羽橋で、速見又四郎、佐々木只三郎らの手で、見事にしてやられた」
「やつも、千葉の高弟で手は利いていたはずだが」
「佐々木も速見も聞ゆる使い手じゃ、多勢で不意をやられてはたまるまい」
「うむ――そうすると新徴組は瓦解たか」
「壊れはせぬ、二つに割れた。最初、江戸から京都へ上ったのは総勢二百五十人、それは大方、今いう清川が手で江戸へ帰って、残るは芹沢と近藤を頭に十四人」
「うむ、僅か十四人――」
「それが中堅となって、新たに新撰組というのを立てた、もとの新徴組の返り新参もある、諸国から腕節の利く奴も集まる、壬生の南部屋敷に本営を置いて、芹沢鴨と近藤勇を隊長に、土方歳三と、新見錦山と南敬助とが副将じゃ」
「そうか」
「拙者もこんな風をして、浪人どもの捜索と、腕の利いた同志を探しに歩いている。よい所で行き逢った、早速壬生へ行こう」
「待て、待て」
竜之助は、直ちに壬生へ走せつけることについて、多少考えねばならぬことがある。
「芹沢と近藤との間柄はどうじゃ、二人とも無事に組んでいけるかな」
竜之助に言われて、山崎は眉根を寄せ、眼を光らかして、
「それだそれだ、そこの雲行きが危ないて」
「危ない?」
「どのみち、雨となるか風となるか、組の中にも芹沢派と近藤派とは、油と水じゃ。困ったものじゃて」
「生国から言えば同じ武蔵、拙者は近藤派によしみが深い、しかし、芹沢には義理がある」
竜之助は思案の体です。
「うむ、拙者も生国は水戸じゃ。芹沢とは同国なれども、人物は近藤が一段上と思う」
山崎は、新撰組両隊長の器量を一寸ばかり比べてみて、
「どうも、近藤派の方が、人望があるようじゃ、芹沢は乱暴でいかん、近藤は目先が見える、芹沢は人に嫌われる、近藤は人に怖れられる……ゆくゆく新撰組は近藤のものであろう、なりゆきに任せて、拙者は黙って見ている」
芹沢鴨は水戸の天狗党の一人です。芹沢鴨とは変名で、実は木村継次という。同じ水戸の山崎が見て、団扇を近藤に上げるところより見れば、双方の相違がおのずからわかるとも言える。
「いずれにしても、拙者は、これより壬生へ行くことは見合わせ、ほどよき宿をとって、ひそかに芹沢と会いたい、そうして身の振り方をきめる」
「そうか、まあゆっくり都見物でもするがよい、隊へ入ると気が忙しくなる」
「芹沢に、拙者が上って来たと伝えてくれ、近藤、土方には知らせたくない」
「よし、そう言おう。宿はどこへ取る」
「左様、目立たぬよう、然るべきところはないか、周旋を頼む」
「六角堂の鐙屋というのを拙者は知っている、それへ紹介しよう」
「よろしく頼む」
こんな話をして酒を飲み合い、微醺を帯びてこの茶屋を出ると、醍醐から宇治の方面へ夕暮の鴉が飛んで行く。
「それはそうと吉田氏、京都へ入ったなら、滅多に刀は抜かぬがよいぞ、血の気の多いのがウヨウヨいる、今の壮士のような奴が」
「あの命知らずには驚いた」
「しかし、あんなのは珍らしい、全くの命知らずじゃ。そうそう、何と言ったかな、あいつの名前は」
「薩州の田中新兵衛と聞いた」
「田中新兵衛……そうか、覚えておくことだ、あんなのが好んで暗殺をやる。去年、四条磧で九条家の島田左近を斬ったのも、まだ上らぬのじゃ」
「暗殺が流行るそうだな」