Chapter 1 of 13

終戦と同時に、ニセコの観測所は、当然閉鎖の運命にあった。

親元の技術院が解散して孤児になったこの研究所は、まず解体するより仕方がない。それにこの研究所の使命であった航空気象学の問題も、もう我が国では用が無くなった今日、それを一つ育て上げてみようという天邪鬼の篤志家も、今日の情勢ではまず求められない。

技術院の方は、戦争がすんだから戦時研究は中止、従ってその施設は取り壊し、という風に話は極めて明瞭であるが、私たちにしてみれば、過去五年間にわたって、苦心して作り上げた研究所を、そのまま壊してしまうのは、ちょっと忍びないところがある。

いろいろ考えた末に、結局この研究所を、農業物理の研究所として更生させようではないかという案に落著いた。ちょっと考えてみると、少くも我が国の農業には、化学はかなり取り入れられているが、物理学はほとんど入っていないような気がする。農業物理という言葉もあり、大学にはそういう講座もあるが、その方面で主に採り上げられている問題は、耕地整理とか暗渠排水とかいうような農業土木の問題か、そうでなければ、農具の創案改良という風な農業器械学の方面の題目が多いようである。それらと全くちがった意味で、農業に物理学を導入することが、少くも可能ではあるであろう。

農学部の先輩の先生の話では、農業は天地人の綜合芸術で、そのうち天が八十パーセントを支配しているということである。八十パーセントというのはもちろん言葉の文であろうが、農業を支配する最大の要素が天候であることには疑問の余地が無い。昨年のように、肥料も人手も不足で皆が心配した年でも、天候がよければ稲は平気で伸び、立派に平年作近い収穫をあげている。ところが今年は、特に北海道の米作は三分作とか四分作とかいう惨憺たる状態である。夏中暑い日がほとんどなく、所によっては、六月に霜が降りたというような天候では、品種の改良も栽培の技術も、全く歯が立たないのも無理はない。米ばかりではなく、豆類も皆無に近い所が沢山あり、馬鈴薯も大分悪かった。

こういう年、いわゆる冷害の年に、増産をするには、天候の方に少し遠慮をして貰うのが一番早道である。冷害の年でなくても、飛躍的の増産をはかるには、何とかして幾分でも天候を支配する方法を考えてみる必要がある。天候を支配する試みなどというと、すぐ一笑に附されてしまうのであるが、品種の改良や肥料の研究にあれだけの注意を払いながら、ほんの一部の学者の研究を除き、一般には天候に対しては絶対無抵抗の態度を持しているように見える。

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