Chapter 1 of 3

村にはみるものがいくらでもあった。鍛冶屋、仕立屋、水車小屋、せんべや、樽屋。それから自転車屋など。それらはなんというすばらしい見物だったことだろう。それらの一つ一つが、半日立ちつくして見物していても、けっしてあかせないだけの魅力を持っていたのである。そしてまたなんどみてもそこで行なわれている細かい仕事はじゅうぶんわれわれを楽しませてくれたのである。

でだれでも子どもならば、鍛冶屋がどうして火をおこし、どうして鍬をうつか、仕立屋がどんなふうにミシンをまわし、どんな工合にエプロンのポケットをぬいつけるか、またせんべやのじいさんが、せんべをさしはさんだ、うちわようのものをどんな順序で火の上でひっくりかえすか細かいところまでよく知っていた。おそらくそれらの職人たち以上に。もし職人のかわりにその仕事をさせてもらえるなら、どんなに子どもたちは手ぎわよく、一つとしてまちがいを起こさないで仕事をやってのけたことだろう。

だがおとなたちはちっともそれを信じてくれない。子どもをまるではえかなんぞのように思っている。なかなか手つだわしてさえくれないのである。遊んでいる金槌をこっそりにぎったりすると、鍛冶屋のおやじは油汗で黒く光っている額にけわしいしわをつくっていうのだった。

「あぶねえ。子どもはあっちいいって遊ぶんだ!」

ときにはどうした風のふきまわしでか職人が手つだわせてくれることがある。たとえばふいごをおさせたり、つながったせんべを細かくくだかせたり。そんなときの喜びはまたかくべつである。何しろおとなの仕事にたずさわっていることになるのだから。しかしこの喜びも、ちょっとしたおとなの気持ちの変化でたちまちおじゃんになってしまう。おとなはちっとも子どもの気持ちを理解してくれないのである。

正九郎はつくづく思うのだった。――自転車のパンクなおしをはじめからしまいまでやってみたいなあと。自転車屋の戸口にしゃがんで、自転車のパンクしたところがつくろわれている工作をみていると、正九郎ののどはこくりと鳴るのだった。まるでうまいものを山ほどみせつけられたように。しかしそこの主人がどんなに気むずかしいおじさんであるか、正九郎はよく知っていた。彼は頭がはげていた。首が太くて、あまった肉が大きいしわをつくっていた。眉毛が針金のようにあらくて、いつもおこったような顔をしていた。そしてあまり口をきかなかったが、たまに口を開くと、かみつくように短いことばをうちつける。村の人たちは、あれで金さんはいい人だといっていた。が正九郎は獣のようにおそれていた。一度戸口のしきいの溝にはまった小さい微塵玉をほじっていて、頭上から彼にどなられたとき、眼の前に雷が落ちてきたように正九郎はおじけてしまったのである。こんなおじさんだからどんなにのぞんでいても、パンクなおしを手つだわしてくれとはいえないのだった。

だがものごとは万事うまくゆく。ある日ついに正九郎の宿願は達せられることになった。

正九郎はその日学校から帰ってくるとあらいたての白ズボンにとりかえさせられた。ごわごわして、あらいたての布だけが持っている快いにおいがぷーんとする。そればかりか、戸外に出ると六月のつよい陽光にまばゆいほど光るのである。近所の板塀やいけ垣には、麦わらが立てかけてほしてある。めんどりが鶏小舎でひくく鳴いている。村ははしからはしまで静かだ。そこで正九郎は何もすることがない。でもこんなとき、何かがきっとやってくるものだ。正九郎はちゃんと知っている。

まったくである。それはこんなふうに正九郎の耳にささやきながらやってきた。

「おい正九ン、ええことがあるぞ。」

正九郎は加平の顔をしげしげとみてききかえした。

「なんだい。」

加平のいうところによると、自転車屋の金さんとおばさんは、今日、金光教の何かで朝からよそにいき、小僧のやあ公がひとりでるすばんをしているということだった。こいつはすばらしい!

正九郎と加平はふたりの泥棒のようにひそひそと話した。すべての計画がさっさと運んでいった。まるでとんとんびょうしであった。なあに、やあ公をさそい出すくらいわけのないことはない。やあ公はくいしんぼうだ。そこで、いっぱいみのったびわの木が、加平ン家の畑のくろでやあ公を待っているといえばとんでいかぬわけがない。あいつほんとにくいしんぼうだから。だがあの金色によくみのったびわを腹いっぱいたべられると思うと正九郎はやあ公をちっとばかりうらやまずにはいられなかった。

ふたりはもう自転車屋に達しない前に、計画は実現されてしまったように感じていた。つまりふたりはもう、自転車のパンクをなおすやり方ばかりを考えていた。しかし戸口まできてみると、なかなか、これからがたいへんだということを感じさせられた。正九郎はなんだかいつものそこと様子がちがうような気がした。ふたりは戸口に面してたったとき、道のまん中でしばらく躊躇した。

加平の方がすこしばかり勇敢だった。うさぎなんか平気でしめころすお父つあんの子だから、そう思いながら、正九郎は加平がどんどん店の中へはいっていくのをみおくっていた。何かたいへんなことがはじまったような気がした。正九郎はもうあらゆる欲望をすてて、このまま帰ってもいいと思った。

だが按じたほどのことはなかった。はいっていった加平は、そこにねそべって忍術本を読んでいたやあ公と話し出したのである。みればやあ公はいつもの、あの心安いやあ公である。うたがいも何もいだいていない友だちのやあ公である。正九郎も安神してはいっていった。

やあ公は二つ返事で店をふたりにあずけた。何しろやあ公ときたらくいしんぼうなんだから。

「そいじゃたのむぜ。お客さんがあったらすぐよびにきてなあ。」

正九郎はうんとうなずいただけだが加平はこんなふうにつけくわえた。「火の見の横んとこで帽子をふるから、それみたらこいよ。」

Chapter 1 of 3