Chapter 1 of 8
プロローグ
奇談クラブの席上、その晩の話し手天野久左衛門は、こんな調子で始めました。
「これは実に今日の常識や道徳から見れば不可思議極まる事件だが、芸術至上主義に対する、一つの反逆でもあると思います。筋にはなんの誇張もなく、全く切れば血の出るような本当の話ですが、この話の中から、興味以上のものを汲みとって下されば、私の満足はこの上もありません」
そういい乍ら、天野久左衛門は、五本の指を櫛にして、乱れかかる前額の髪を掻き上げます。名前は昔の武者修業のように古風ですが、本人は七つ下りの茶色の背広に、ボヘミアン襟飾をした、芸術家らしい青年です。
美しい会長吉井明子夫人外三十人余りの会員は、真珠色の光りの中に、静まり返って、その幻怪不可思議な話を待ちました。