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一本刀土俵入 二幕五場
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一本刀土俵入 二幕五場
長谷川伸
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 3 of 6

第二場 利根の渡し

利根川渡し場。秋草がところどころに咲いている。川には葦がところどころ茂っている。渡し船が岸を出て、もう艪に代っていて、船首の方は葦に隠れ見えなくなっている。

船夫が艪を押している。客が数人乗っている。どこかで「おうい――おうい」と呼ぶ声がする。

船夫  (陸の一方を向いて、手を振る)駄目だ駄目だあ。ちょッくら待っててくれ、行って帰ってくるからよう。

渡し船が去ってしまう。

駒形茂兵衛、途中で食い物にありつき、前よりは健かになっている。

茂兵衛 おうい――おうい船頭さん――おうい。(駈けてくる)はあッ、行ってしまった。(陸揚げをした庭石らしいのに腰かけ、川を見ながら、懐中から食べ物を出す)川を渡って安孫子まで一里ぐらいだと、飯屋の人がそういった、安孫子から小金まで三里、そうは歩けない。いやあ、歩かなくちゃいけないんだ、歩こう歩こう。小金から松戸へ二里だっていった。松戸から葛西、千住まで四里。そうすると、あす中に親方の処まで行けるぞ。(食べ始める)

子守子が――前のとは違う――負うた子を風車であやしながら来る。

子守子 (子守唄をうたって、茂兵衛の傍を通る)茂兵衛 (水が欲しくなり、川端に行き、水を掬んで飲む)

弥八が升、北、良を引連れ、そッと忍び寄ってくる。

子守子 (びッくりして、一方に避け、怖々見ている)弥八  (升公等を制し、先頭になって、そッと茂兵衛の背後に寄る)えッ。(打ち据えんとする)茂兵衛 (偶然、立つ)北公  (棒を棄て)野郎ッ。(諸手で、押そうとかかる)茂兵衛 (引ッ外し、北公を背後から送り出す)北公  (川の中へ翻筋斗打って落つ)弥八  さっきから手前を探していたんだ、どこを間誤間誤してやがった。茂兵衛 銭を貰ったから、飯屋さんに寄っていたんだ。升公  道理で、船頭に聞いても見かけなかったという筈だ。良公  引揚げちゃあなくって丁度よかったな、弥あちゃん。弥八  手前をここで叩ッ挫くからそう思え。茂兵衛 それよりも川へ落ちた人、いいかなあ。あの人泳げるのか。良公  (茂兵衛に)こ奴ちッと変ってやがらあ。弥八  人を舐めてやがる。野郎ッ。(打ってかかる)茂兵衛 何をする。(腹に耐えが出来ているので負けてはいないが、良と升とに左右から組まれ、負けそうになる)弥八  (得物で茂兵衛を打たんと振りかぶる)子守子 (怖々今まで見ていたが思わず)人殺しいッ。弥八  えッ。(慌てて振り向く)茂兵衛 (良公、升公が「人殺しい」の叫びにぎょッとする隙に乗じて振り払い、落ちていた得物を拾って、二人を叩き倒し、弥八に向う)弥八  (得物を投じ、長脇差へ手をかける)抵抗いすると、素ッ首を、叩き落すぞ。茂兵衛 お前が何もしなければ、わしだって何もしない。弥八  そうは行かねえ。茂兵衛 やるぞ。弥八  (じりじり下がる)茂兵衛 お前。さっきの姐さんをどうもしなかったか。弥八  お蔦の阿魔か。あんなすべた。(又さがる)茂兵衛 すべたじゃあない。弥八  すべただ、大すべただ、父なしッ子を生みやがって。茶屋女の癖にだらしのねえ。茂兵衛 そんな人と違う。弥八  違うもんか。そこらにいる子守ッ子に聞いてみろ。背中の赤ン坊は今年の春、あの阿魔が生んだめそッこだ。茂兵衛 嘘をつけ、あの人が父なし子なんか生むものか、そんなことをいうと、こん畜生め。(弥八に打ってかかる)弥八  (争ってみたが敵わず、殴られて逃げる)憶えてろッ。(去る)

良公、升公はそれを見て、弥八より一足先に逃げ去る。

茂兵衛 憶えてろというのはお前達のことだ。腹がくちくなればだれだって強くなるんだ、よく憶えとけ。子守子 お角力さん、強かったねえ。茂兵衛 え。ああ子守さんか、お前、見ていたのか。子守子 ああ、始めから見ていたの。茂兵衛 怖かったろう。わしが悪いのではなかったんだ。そう思っておくれ。子守子 それは判ってるよ。船戸の弥あ公火事より怖い。馬鹿で無法で臍曲り。そういってあたい達うたってるのだもの。茂兵衛 川へ一人落ちたっけが。子守子 ありゃいわしの北さ。もうどっかへ泳いで逃げちゃってらあ。茂兵衛 泳ぎを知ってれば、安心だ、なあ子守さんその子、どこの子だ。子守子 家の里ッ子。茂兵衛 本当に、安孫子屋のお蔦さんの生んだ子か。子守子 そうさ。(赤ン坊が泣き出したので、茂兵衛から離れて、あやしつつ歩いて行く)茂兵衛 (子守子に)なあ、その子、父なしッ――。(いいかけてやめる)子守子 (子守唄をうたって行きかける)

いわしの北公、葦を分けて、そッと這いあがる。

茂兵衛 (云いやめてそらす眼に北公が見つかる)北公  (泡をくって、蛙の如く、川へ飛び込む)茂兵衛 おい。(といったが間に合わぬ)子守子 (水音に驚き唄をやめて振り返り、何事もないと思いうたいつづける)茂兵衛 (石に腰かけ、食い残りを頬張り始める)

行々子が遠くで、近くで、交み代りに鳴いている。

Chapter 3 of 6
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